8.好印象の二人
糖度不足で申し訳ございませんが、もうしばらくお付き合いくださいませ…。
図らずも連れ立って図書館を出た二人だったが、麗良が先程の様子を思い出してクスクスと笑っていると、「申し遅れました」と相手が名乗ったので、麗良もそれに応え「こちらこそご挨拶が遅れて…」と返した。
互いに名乗り合った二人は馬車が来るまでの時間をベンチに座って待つ事になったのだが…
(椅子にハンカチを敷いてくれた上に…座る時にも手を差し出してくださるなんて…ドレスを着てるわけでもないのに、こんな細やかで紳士的なエスコート初めて!
これがこの世界の常識なの?いいえ…レイラの婚約者のキリアンはそうではなかったわ…)
麗良が自分の価値や、目の前の男性の紳士力の高さについて考えていると…
ウィルト・ラムゼイと名乗った彼が話し掛けてきた。
「時にクロシタン嬢…先程の図書館の司書の事ですが…貴女はどの様にお考えですか?」と。
「え?…えぇと…どうと申されましても、わたくしの口からは何とも…。ただ…いらっしゃらない事が多いですとか、本の分類が出来ていない本棚が多いので…司書のお仕事とは?と思わない事もないですが…それ以外は特に…」
「ハハハッ!貴女の仰る通りではありますが、私がお聞きしたいのはそう言う事ではなくて…
何故、その怠惰な司書にあの様な素晴らしいアイデアをタダでくれてやる様な真似をなさるのか、と不思議に思ったのです。
あんな…普段居眠りばかりしている雇われ司書は、即刻上に報告し…そして新しくきた人間や然るべき相手にアイデアを提供して、その上で貴女はきちんとその対価を得るべきだと思ったのですが?」
「ラムゼイ様は…わたくしの心配をしてくださったのだと、そう受け取らせていただきますので、まずは感謝申し上げます。
わたくしも自分への被害が甚大になってしまう様な何かであれば…その様な対処をしたかもしれません。
しかしそんな事はありませんし、あの方にも生活があるでしょうから…。わたくしわざわざ他人様の箸を落とす様な行為はしたくありませんので…」
「なるほど…その様に考えるのですね、ところでクロシタン嬢、『はし』とは一体…」
「っ!あっ…そのぉ…ナイフとフォークの様に食事の際に使う物です。文化の違いと申しますか……とにかく、正直な事を申しますと…なんだかんだとなればわたくしも面倒ですし、あの様な小さなキッカケで図書館がより快適になれば儲け物ぐらいにしか考えておりませんから」
「クロシタン嬢は博識で…慈悲深いお方なのですね…その上、欲も無いとは…。貴女のお考えを聞いて小賢しい己が恥ずかしくなりました…。
私は…将来商人として身を立てねばならぬ身の上なので、つい損得感情が先に出てしまったのです…。それと、先程図書館でも差し出がましい真似をしてしまった事もお詫びいたします」
「そんなっ!ラムゼイ様、おやめください。あの…あの、先程司書の方に距離を詰められた時も、貴方様とお話出来た事も、わたくしとても嬉しく感じておりました!なので…その様に頭を下げられてはわたくし困ります!」
「いや…しかし近しい間柄でもない私が出過ぎた真似をし、自分の浅ましい考えを押し付ける様な発言をした事は事実です」
「いえ、それはわたくしの迂闊な発言を心配してくださった上での事なのですよね?それこそ近しい間柄でもないのに、そうでしょう?
それにラムゼイ様はとても紳士的にエスコートしてくださいました。恥ずかしながら…わたくし男性にあの様に優しく接していただいたのは初めてでしたので、とても感動しましたの。なので…その事だけでも相殺するには十分ですから、どうぞそれ以上ご自分を責めるのはお止めください。ね?」
その麗良の言葉に顔を上げたウィルト・ラムゼイは正に破顔一笑…そんな柔らかな笑顔で「クロシタン嬢の優しさに感謝いたします」そう言って麗良を見つめたのだった。
彼の笑顔は…傾きかけた陽ざしに照らされ、免疫の無い麗良の心を騒がせるには十分過ぎる程に美しく…家路に就く馬車の中の麗良を、激しく悶絶させていたのであった…。
◀︎ ウィルト・ラムゼイ視点 ▶︎
(全く…彼らは何をしにここへきてたんだ?注意するはずの司書がいないからと、騒ぐだけ騒いで…片付けもせずに帰るなど…マナーも何もあったもんじゃないな。
彼女の友人達かと思ったが違った様だ)
(ここの司書は何をしているんだ?何故片付けない、あぁっ彼女が来てしまった。見ろっ諦めて別の場所に座ってしまったじゃないか!)
(おいおい…まさか放課後のこの時間までこのままだったのか?チッ、あの司書また居ないじゃないか。
まぁいい…来るまで本を読んで待っていよう…)
(おや?放課後に訪れるとは珍しい…だが残念、未だあの席はそのまま…って、は?何故彼女が片付けているんだ?貴族女性なのに?そこまでしてその席で本が読みたいのか?
他の席と違い、明るく開放的ではあるが…何がそこまで?あの様な表情の彼女の視線の先には何が映っているのだろう…)
(待て待て待て、知識をタダで渡すつもりか?交換材料にもせず?下手すれば褒賞もののアイデアだぞ?それをなんの見返りも求めないなんて…
こいつ!いつも仕事のしの字も無いくせに、こんな時ばかり…。この女性も何を考えているんだ…)
(ハハハッ…大人しいご令嬢が搾取されるのを心配したが…取り越し苦労だったみたいだ。
クロシタン嬢は司書に対してなかなか辛辣な評価をしているにも関わらず、必要以上の制裁は求めないとは…冷静で穏やかな女性なんだな…。
それに自分を卑下してまで私の心の負担を軽くしてくれようとするなんて…。
参ったな………。
私は…恩を受けたブロワ伯爵家に報いる為、わざわざラファールからこの学園に転入したんだ。
しっかりと学び、一日も早くお役に立たねばならぬというのに…。
この様な感情持つべきでは無い…全ては伯爵家の為に)
ーウィルト・ラムゼイー彼は、親戚であるブロワ伯爵家の当主が跡継ぎを育てるべく優秀な人間を探していた時に声を掛けた人物であった。
その時隣国ラファールで生活していた彼だったが、当主から声を掛けられた彼は、以前資金援助などで恩を受けたブロワ家に報いる機会を得たと、一も二も無く二つ返事でこちらにやって来ていたのだった。
時系列、相関図など、今後説明入れていきます。
分かりづらさや、??、などありましたら、お手数ではございますがお知らせください。最速超特急で対処いたします。




