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10年の終わり、1年の始まり(7)

 ガルシア邸の火事は、地下室での不審火ということで落ち着いたらしい。

 行方不明となったゲイルの妻が、放火の容疑者として捜索されているとか。

 そう疑われるように工作したのは私とアベルだけど。


 ゲイルのしていたことが水面下で客以外にも明るみになったためか、王宮は数日間慌ただしかった。

 だがそれだけだ。

 ゲイルの商売は王宮の貴族達にもかなり浸透していたらしく、彼らが互いにけん制しあった結果、うやむやになったらしい。


 ……というのが、アベルと私の調査結果だ。

 執事と王妃候補という立場は、こういった情報を集めるのに、非常に都合が良い。


 そして私は、今日もリカルド王に抱かれている。


 口づけを交わすたび、10年前から忘れられない肉の味が口内に広がる。

 いっそ乱暴にしてくれればただ痛みに耐えるだけですんだのに、この男は優しく私を抱く。

 それが逆に悔しかった。


「クレア、誕生日おめでとう」


 ベッドで彼の胸に頭を預けていると、突然首にネックレスをかけられた。

 金でできた華奢な鎖の先に小さなルビーのついた地味なもの。

 ただ、シンプルながらも洗練されたデザインで、貴婦人達がつけるごてごてとしたものよりも、ずっと良いものに感じられた。


「本当はもっと豪華なものにしたかったのだが、クレアはこういう方が好みだと思ってな。それに、目立つものは他の王妃候補にやっかまれるだろう」


 私の好みを把握されていたことに、なぜか苛立ちを覚えた。


「ありがとうございます。嬉しいです」


 しかし、笑顔での礼はかかさない。

 せいいっぱい、それでいておしとやかに喜んでみせる。

 はしたないと言われるだろうが、こちらから軽くキスなどしてみせる。


 リカルドは嬉しそうに目をすいと細めた。


 彼に誕生日を教えたことなどない。

 調べようと思えば調べられるだろう。

 だが問題は、今日が『本当の』誕生日なことだ。

 王都に来た後、何度か誕生日について話題に出す機会があった。

 しかしその際は、ウソの誕生日を答えていた。


 そのことに言及されないことに薄ら寒さを覚える。


 これはリカルドから何かしらのけん制だろうか?

 もしかして、私の出自がばれているなんてことは……。

 いや、この髪の色にしても、異国ではそれほど珍しくない地域があるということで、話は終わっている。


「どうした、鼓動が早いな」

「嬉しくてドキドキしているのです」


 そんなたわいのない会話に緊張する自分を奮い立たせるように、私は今日も毒を盛る。


◇ ◆ ◇


「次のターゲットについてこちらでできることは調べ終わりました」


 温室でアベルから告げられたのは、待ちに待った言葉だった。


 ん……?


「こちらでできることは?」

「相手が相手です。執事では立ち入れない場所も多くあります」

「私に何かしろというのね。いいわ、教えて」

「くく……」


 いつも温室での会話は、外から見られても良いように少し距離をとり、目を合わせずに行う。

 しかし、彼の含み笑いはすぐ耳の後ろから聞こえた。

 いつの間に?


 思わず振り返る私に、アベルが軽くキスをした。


「ちょっと……こんなところで」


 誰かに見られたらどうするつもりだ。


「ここでなければ良いのですか?」


 言葉は執事としての丁寧なものだが、その目は暗殺者としての笑み。

 しかしどこか、無邪気さを感じさせる不思議な目だ。


「そういう問題じゃないでしょ」

「大丈夫。近くには誰もいませんよ。これは今日の利子です。早く前回の報酬を払うことですね」

「明日には用意できるからお待ちなさい」

「それは残念です」


 この男、私をからかっているのだろうか?

 まさか国一番の暗殺者が本当に私に惚れたというわけでもあるまいし。


 私はぶんぶんと頭を振って思考を切り替える。


 さあ二人目だ。

 ぬかりなく慎重に。

 みんなの怨みを晴らすのだ。

お読み頂きありがとうございます。

今回でいったんひとくぎりとなります。

好評なようでしたら続編を執筆したいと思いますので、ブックマークや高評価で応援いただけますと嬉しいです。


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