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10年の終わり、1年の始まり(6)


 私はゲイルの逆の膝を砕いた。


「ぐああああ! なぜだ! なぜ私がこんな目に! 『商品』を捌いているのは私だぞ! 客になった者達の証拠だってある! 逆らえるはずがないんだ!」


 どうやらこの男、攫ってきた女達を売った先におどしもかけていたらしい。

 そんなことをすれば、自分が逆に命を狙われるということを考えはしなかったのだろう。

 放っておけば、別の誰かに殺されていたかもしれない。

 間に合ってよかった。


「この中の一人でも情報をくれたら生かしてあげてもいい」

「ほ、本当か!?」


 私は無言で頷く。


「あの時集められたヤツのほとんどは、腕は立つ身よりがなかったり、爵位をもたない平民ばかりだ。だから、名前も居場所もしらない。だけど、こいつだけは……」


 ゲイルが目で指したのは、残り4枚のうち最も暗い表情をした青年だった。

 村を襲った当時、彼が淡々と村人達を殺す様子をよく覚えている。


「たぶんこいつは税務長官のセブリアンだ」


 税務長官と言えば、この国の税金を管理する部署のトップ。

 ある意味、国の財布を握っていると言ってもいい。

 また随分とえらくなったものだ。

 情報が本当ならばの話だが。


「他には?」

「ない! ない! しらない!」


 私は棍棒を振り上げる。


「しらない! 本当だ! 本当だ本当だ本当だ!」

「そう」

「話したぞ! 命は助けてくれ!」

「いいわ。このまま生かしておいてあげる」

「おお! おお! やはり貴様にも私の偉大さが理解できたか! ふひひ」


 最後まで見苦しい男だ。


 私は妻の頭を鞄にしまう。

 ここで見つかるのは少々具合が悪いからだ。


「いいのか?」


 アベルがなぜか不満そうに訊いて来る。

 私がトドメをささないと思ったのだろうか。


「ええ。約束だから、このまま生かしておくわ」


 そう言って私は、ゲイルに背を向け、燭台にあったろうそくを近くの机に倒した。


「ああ、そういうことね」


 アベルは満足げに頷いた。


「お、おいまて。これを外してくれ」

「あなたはそう言った女性達の言うことを聞いてあげたのかしら?」

「お、おい! 約束が違う! 助けてくれるって言っただろ!」

「あら、約束通り殺しはしないわ。運が良ければ生き残れるかもね」

「おい! うそだろ……おい!」


 階段を上った私は、階下からかすかに響く悲鳴を遮るように、鉄扉を閉めた。


「あの状態で死体が出ると面倒ね。きっちり焼いておきましょう」


 私は倉庫から油を運び出すと、屋敷内にまいた。

 最後に、鉄扉の隙間から油を流し込む。


「えげつないことをするものだ」


 アベルが鉄扉から漏れる煙を見て、目を細めた。


「これくらい、村の人達が受けた苦しみに比べれば……」


 私の憎しみはまだ晴れない。


「報酬の話は覚えているな」

「心配しなくてもちゃんと払う。財産を処分するには時間がいるの。すぐに処理をするから少し待って」

「待てんな」

「……何が望み? すぐに払うと言っているでしょう?」


 彼はプロだ。

 お金は好きなようだけど、自分のしたことへの評価として受け取っている節がある。

 だからお金自体にはたいして興味がないと思っていた。

 こんな難癖をつけてくるというのは意外だ。


「利子分はもらうぞ」


 そう言って仮面を取ったアベルは、私の仮面をはぎ取りキスをした。


「ん――っ!?」


 強く抱きしめられ、その腕から逃れることができない。

 舌が口内を這い回る。

 リカルド王の時とは違い、肉の味を思い出すことはない。

 こんな場所と状況なのに、この10年で一番穏やかなキスかもしれない。


 いやいや、何を考えてるんだ私は。


「この仕事が終わればお前はオレのものだ。利子を前払いですませてやったのだからありがたく思え」

「なによその理屈」


 唇を離したアベルは、すぐに仮面をつけて目を逸らせた。


 なにその仕草。

 国一番の暗殺者が照れてる?

 はっ……まさかね。


ここまでお読み頂きありがとうございます。

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