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10年の終わり、1年の始まり(4)

◇ ◆ ◇


 ガルシア家の別宅は、王都の中でも富裕層が住む区域にある。

 中心街からは少し離れており、立派なお屋敷が立ち並ぶ。

 すべてのお屋敷には門と庭があり、自然と建物どうしの距離は離れることになる。

 これで地下室でも作れば、外に声が漏れることはないだろう。


 私とアベルは、全身を隠すマントにフード、顔には口元だけを出した白い仮面という怪しい出で立ちだ。

 手には大きめの鞄。

 そして、目立つ髪は全てフードの中に隠している。


 門の前に立っている兵士に見つからないよう、塀を乗り越えて敷地内に侵入する。

 かぎ爪付きのロープさえあれば、片腕が動かなくても、身長の倍程度の塀なら超えられる。

 この10年間で、こういった技術はイヤでも身についた。


「とんでもない公爵令嬢もいたものだ」


 仮面の下で、アベルの口元がにやりと笑う。


 屋敷の間取りはすでに確認済みだ。

 ここを建てた職人に金をつかませ、覚えている限りの図面を描いてもらった。

 職人を探すのにはアベルが人を使ったと言っていたが、かなり苦労をしたらしい。

 建築から9年とのことだが、関わった人間のほとんどが死亡しているか、王都外に出てしまっていた。

 特筆すべきはその死亡率だ。

 なんと調査できた範囲で8割超え。

 建築系の職人にしては高すぎる。

 おそらく、地下室について知る者の口封じだろう。

 結局、地下室の図面は入手できなかった。

 ただし、造り的に不自然な部分があったので、私達が目指すのはそこである。


 裏口に回った私は、針金二本で錠前を開けた。


「片手と口だけなのに、鍵開けだけならオレより早いな」


 私の手際を見ながら、アベルがしきりに感心している。

 無視して扉の中へと進む。


 アベルは私の前をすたすたと歩いて行く。

 普通に歩いているように見えて、足音が全くしない。


「屋内にいるのは、ゲイルとその息子3人のみだ。『愉しむ』時は使用人も帰らせているからな」

「そんなところまで調べてあるのね」

「仕事だからな。さて、ここだ」


 立ち止まったのは、本来あった場所からは横に大きく開いた本棚の向こうにある鉄扉の前だった。

 隠し扉というやつだろう。


 アベルが重たそうな鉄扉を開いた。

 その先は深い階段が続いている。


「ひ、ひ、いやああああ……」


 階下から今にも消え入りそうなか細い悲鳴が聞こえてくる。


「売り物だから壊すなと言っただろう!」

「す、すみません父上。つい……」


 続いて聞こえて来るのは親子の会話。


「くっ……」


 思わず階段を駆け下りそうになった私をアベルが止める。

 彼は小さく首を横に振り、鞄から取り出した香を炊き始めた。

 薄紫の煙が階下へと流れていく。


 麻痺効果のある香だ。

 私とアベルは解毒剤を服用済み。

 しばらく体が動かしにくくなる程度の効果で、意識を奪うこともできない。

 だが、それがよいのだ。


 階段を音も無く下りていくアベルに続く。

 もちろん、私も足音を消してだ。


 階段を中程まで下りると、血と臓物の臭いが漂ってきた。

 その先にあったのは、世にもおぞましい光景だった。


 石造りの床や壁は、長年流された血で黒く染まっている。

 拷問器具と思われる数々の装置も同様だ。

 手首を吊された若い裸の女性が、腹から血を垂れ流し、事切れている。


 そして床には、3人の若い男と、太った中年の男が倒れている。

 中年男がゲイルだろう。

 10年も経ったのと太ったせいか、だいぶ顔は変わっている。

 だが、これまで一度も忘れたことのない顔だ。


「間違いないみたいだな」

「ええ」


 私の雰囲気から悟ったのだろう。

 アベルが口の端を笑みの形に持ち上げた。

 何がそんなに嬉しいというのか。


「な、なんら貴様ら……」


 ゲイルがこちらを見上げ、痺れた舌ですごもうとする。

 私はその顔をつま先で蹴り上げた。


「ごはっ!」


 ゲイルの折れた歯が床にころがる。


「あなたが10年前襲った村のこと、覚えている?」

「な、なんのことだ……」


 露骨にゲイルの目が泳ぐ。


「隠すのね」


 私はでっぷりと太ったその体をひきずって、床に寝かせるタイプの拷問器具にのせ、手足を固定した。

 その間に、アベルが3人の息子達を手早く縛っている。


「な、何をするつもりら!」

「もう一度聞く。あなたが10年前襲った村のこと、覚えている?」

「知らんと言っている!」

「そう、とぼけるのね。アベル、お願い」

「いいのか?」

「そっちの3人は、私が直接手を下さなくてもいい」

「そういう意味で聞いたんじゃなかったんだが。いいね……ますますいいよ」


 アベルはにやりと笑うと、近くにあったなたで、息子の一人の首を簡単に撥ねた。

 首から吹きだした血が、アベルの白い仮面を赤に染める。


ここまでお読み頂きありがとうございます。

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