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「その追放、本当に正しいですか?」  作者: 埴輪庭


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第6話「役立たずを追放したい!」

 ◆


 朝。窓から差し込む朝日がカウンターを淡く照らす頃、編成相談窓口に三人の冒険者が姿を現した。


 先頭に立つのは四十代と思しき痩身の男だ。鷹のように鋭い目つきと深く刻まれた眉間の皺が厳格な印象を与える。腰には細身の剣。身のこなしには隙がない。銀等級パーティ「黒鉄の盾」のリーダー、ヴァルターである。その後ろには屈強な体格の戦士と小柄な女弓手が続いている。


 そしてもう一人。三人から少し離れた場所に立つ青年がいた。二十歳前後だろうか。茶色の髪を無造作に伸ばし、どこか気弱そうな顔つきをしている。彼だけがパーティの輪から外れているのは一目瞭然だった。


「いらっしゃいませ、編成相談窓口へようこそ」


 エリーナが声をかけるとヴァルターが一歩前に出た。


「追放の申請をしたい。こいつをパーティから外してくれ」


 ヴァルターの親指が後方の青年を指す。その声には明確な苛立ちが滲んでいた。


「理由をお聞かせください」


「理由だと? 簡単な話だ」


 ヴァルターは腕を組んだ。


「こいつは何の役にも立たない。剣は振れず魔法も使えず、ただ俺たちの後ろで突っ立っているだけだ。唯一できるのは荷物を軽くする魔法くらいのもので、最初はまあ雑用係として使えるかと思って入れたんだが、どうにもその雑用にも最近身が入っていない。なんだか不服そうなんだよ、だったら辞めてもらおうとおもって来た」


 エリーナは青年に視線を移した。彼は俯いたまま何も言わない。


「……承知しました。では記録を確認させていただきます」


 エリーナはまず青年の冒険者証を受け取り、ギルドの登録台帳と照合した。登録名はトビアス。銅等級。登録スキルの欄には「重量軽減」とだけ記されている。荷物や装備の重さを一時的に軽くする、補助系の初歩的な魔術だ。戦闘には直接関係しないが長距離行軍や物資運搬の際にはそれなりに重宝される。


 次に冒険者証から記録水晶を起動させ、直近の活動記録を映し出す。森の中での戦闘シーンだった。ヴァルターが前衛で剣を振るい、戦士が盾で敵の攻撃を受け止め、弓手が援護射撃を行う。そして後方では確かに青年がほとんど何もせず立ち尽くしている。


 しかしエリーナの目は別のものを捉えていた。戦闘中、パーティメンバーの動きがわずかに速くなる瞬間がある。剣の一振りが鋭さを増し、盾を構える腕に力が宿り、矢の軌道が正確さを帯びる。これは重量軽減の魔術では説明がつかない現象だった。


「……なるほど」


 エリーナは水晶を操作し、魔力の流れを可視化させた。すると青年の体から淡い光の糸が伸び、それが他のメンバーたちに繋がっているのが見えた。


「これは……付与魔法ですね」


 その言葉にヴァルターが眉をひそめる。


「付与魔法だと?」


「はい。トビアス様」


「……はい」


 青年が消え入りそうな声で答えた。


「確認ですがあなたのギルド登録スキルは『重量軽減』のみとなっています。しかし今の記録映像には仲間の身体能力を直接強化する魔力の流れがはっきりと映っていました。これは付与魔法です。あなたはいつからこの力を?」


 トビアスは視線を泳がせ、観念したように口を開いた。


「……最初に冒険者登録をした時は本当に重量軽減しか使えないと思っていたんです。荷物を軽くする、それだけが僕のできることだと。でも冒険者として活動するうちにもしかしたら他にもできることがあるんじゃないかと思って、色々と試してみたんです」


「それで?」


「……ある時、仲間の体に意識を向けて魔力を流してみたら、動きが速くなったり、力が強くなったりするのが分かって。重量軽減とは明らかに違う効果でした。それでああ、僕の魔術は重量軽減じゃなくて……本当は付与魔術なのかもしれないって」


 ヴァルターの表情が硬くなる。後ろの二人も顔を見合わせた。


「ちょっと待て。それじゃあ、こいつは自分のスキルが付与魔術だと分かっていて、登録を変更しなかったってことか?」


 エリーナは静かに頷いた。


「そうなります。トビアス様、あなたは自身のスキルが登録内容と異なる可能性に気づきながら、ギルドへの届け出を怠った。それはお認めになりますね」


「……はい」


 トビアスの声は震えていた。


「なんだと……!」


 ヴァルターの声が裏返った。


「なぜ黙っていた! なぜそれを俺たちにもギルドにも言わなかった!」


「探索自体はうまくいっていたし……だから黙っていても問題ないかと……。それにその……あんまり目立ってもえっと、ちょっと嫌だったし……」


 その言葉を聞いた瞬間、エリーナの目が冷たく光った。


「トビアス様」


 静かだが有無を言わさぬ声音だった。トビアスの肩がびくりと震える。


「それを本気で言っているのなら、私はあなたを厳しく咎めなければなりません。まず一つ目。冒険者としての姿勢の問題について」


 エリーナは指を一本立てた。


「付与魔法がどのような効果を持つか、あなたは身をもって理解しているはずです。仲間の身体能力を強化し、戦闘を有利に進める。それは確かに地味で目立たない力かもしれません。しかしその力がパーティの勝敗をひいては生死を分けることがあるのをご存じないのですか」


「それは……」


「あなたの付与魔法を受けているか否かでパーティメンバーの戦い方は変わります。強化されていると思えば多少の無理も利くと判断するでしょう。しかしもしあなたがその事実を伝えず、メンバーが自分の素の能力だと勘違いしていたらどうなりますか」


 エリーナの声は淡々としていたがその言葉には鋭い刃が潜んでいる。


「いつか必ず齟齬が生じます。あなたの魔力が切れた時、集中が途切れた時、あるいはあなたが戦闘不能になった時。その瞬間、メンバーたちは自分が思っていたよりも弱い状態で戦わなければならなくなる。その認識のズレが致命傷に繋がることもあるのです」


 トビアスの顔から血の気が引いていく。彼はそこまで考えが及んでいなかったのだろう。


「ででも僕は……」


「言い訳は聞きたくありません」


 エリーナは冷然と遮った。


「パーティとは互いの能力を把握し、信頼し合って初めて機能するものです。あなたは自分の能力を隠すことでその信頼関係の土台を最初から崩していた。それがどれほど危険なことか、本当に理解していましたか」


 トビアスは唇を噛み締めて黙り込んだ。反論の余地などなかった。


「そして二つ目」


 エリーナは二本目の指を立て、声のトーンをさらに一段下げた。


「これはあなたの姿勢の問題にとどまらず、ギルドの規約に対する明確な違反です」


「き、規約……?」


「冒険者がギルドに自身のスキルを正確に登録し、変更があった場合は速やかに届け出ること。これはギルド規約第十二条に定められた義務です。任意の届け出ではありません。義務です」


 エリーナの声に温度はなかった。


「スキルの正確な把握はパーティ編成の適正化、依頼の難易度判定、そして万が一の事故発生時における責任の所在を明確にするために不可欠な情報です。これを怠るということはギルドの管理体制そのものを軽視する行為にほかなりません」


 トビアスは蒼白な顔で立ち尽くしている。


「あなたは付与魔術を使えるようになった時点で速やかにギルドに届け出なければならなかった。しかし実際にはそれを怠り、登録スキルを『重量軽減』のまま放置していた。これは義務違反です。相応の処分が下されることをご承知ください」


「しょ、処分……」


「はい。ギルド規約に基づき、義務違反に対する処分として──」


 エリーナは書類を一枚取り出し、淡々と読み上げた。


「トビアス様には街中の雑務を行う奉仕依頼を三ヶ月間遂行していただきます」


「三ヶ月……!」


「奉仕依頼とは街の清掃、荷運び、公共施設の補修手伝い、市場の整理など、市民生活を支えるための雑用全般です。報酬は内容に見合った額がでます。しかし冒険者としての通常依頼の受注はこの期間中、停止となります」


 トビアスは呆然としていた。三ヶ月間、冒険には出られず、低賃金で街の雑用をこなさなければならない。それは冒険者にとって決して軽い処分ではなかった。


「こ、こんなことになるなんて……」


「なるのです」


 エリーナは書類をカウンターに置いた。


「義務を軽んじた結果がこれだということを三ヶ月かけてしっかりと噛み締めてください」


 トビアスは何も言えず、ただ俯いた。


「ヴァルター様」


 エリーナはリーダーに向き直る。


「トビアス様が付与魔術師であることが判明しました。この事実を踏まえた上で追放申請をどうなさいますか」


 ヴァルターは難しい顔で腕を組んでいた。後ろの二人のメンバーが顔を見合わせる。


「待ってくれ、リーダー」


 屈強な戦士が口を開いた。


「付与魔術師だって言うなら話は違うだろ。俺たちが知らなかっただけでこいつは戦力になってたってことじゃねぇか。だったら追放する必要はないんじゃ……」


「私もそう思うわ」


 女弓手も同調する。


「付与魔法って希少なスキルでしょ? そんな人材を手放すのは勿体ないと思うけど」


 しかしヴァルターの表情は晴れなかった。彼は鷹のような目でトビアスを見据えている。そこには明らかな不信の色があった。


「……エリーナさん、一つ聞きたい」


「何でしょう」


「……あんたはどう思う」


 ヴァルターが低い声で問いかけた。


「俺たちはこいつをこのままパーティに置いておくべきだと思うか」


 エリーナは一瞬だけ間を置き、はっきりと答えた。


「追放を推奨します」


「な……!」


 トビアスが弾かれたように顔を上げた。


「ど、どうしてですか! 僕は付与魔術師だって分かったじゃないですか! 役に立てるって証明されたのに……!」


「トビアス様」


 エリーナの声は静かだが揺るぎない。


「問題は能力の有無ではありません。あなたの姿勢です」


「姿勢……?」


「あなたは自分の能力を隠し、仲間に伝えるべき情報を伝えず、ギルドへの届け出すら怠った。その理由が『言うまでもないと思った』『目立ちたくなかった』では到底納得できるものではありません。冒険者にとって情報の共有は命に関わる問題です。それを軽視するあなたの考え方そのものが危険なのです」


 トビアスは言葉を失った。


「ででも……これからはちゃんと言います! 届け出もします! もう隠し事はしません! だから……!」


「信頼は一度失えば、そう簡単には取り戻せません」


 エリーナはヴァルターに視線を移した。


「ヴァルター様。あなたは今、トビアス様を信頼できますか。今後の戦闘で彼の言葉を彼の魔法を無条件で信じられますか」


 ヴァルターは答えなかった。しかしその沈黙が雄弁に答えを物語っている。


「『もしかしたらまた何か隠しているのではないか』『本当に魔法をかけてくれているのか』。そんな疑念を抱えたまま戦場に立てば、連携は乱れます。疑心暗鬼はパーティを内側から蝕む毒です」


 トビアスの顔が蒼白になっていく。彼はようやく事の重大さを理解し始めたようだった。


「トビアス様」


 エリーナは改めて青年に向き直った。その声は厳しいがどこか諭すような響きを帯びている。


「あなたは命を軽く見過ぎています」


「え……」


「自分の命も仲間の命も。『言うまでもない』『黙っていても問題ない』。そんな安易な考えで冒険者を続けていれば、いつか必ず取り返しのつかない事態を招きます。あなた自身が死ぬだけならまだしもあなたの判断で仲間を死なせることになるかもしれない。その覚悟がありますか」


 トビアスは何も答えられなかった。唇が震え、目には涙が滲んでいる。


「今のあなたにはパーティを組んで冒険に出る資格がありません」


 その言葉は残酷だったがエリーナは敢えて告げた。時に厳しい言葉こそが人を救うこともある。


「しかし道が完全に閉ざされたわけではありません」


 エリーナは引き出しから一枚のパンフレットを取り出した。


「『初心者の館』をご存じですか?」


「ええ、まあ……最近できたやつですよね……?」


「はい、ギルドでも告知はしていますがすでに冒険者として活動されている皆さまにはなかなか利用していただけていないのが実情です。説明させていただきますと、初心者の館は新米冒険者に冒険者としての心構えや基礎知識を教える教育施設です。パーティでの連携の取り方、情報共有の重要性、危機管理の基本。そうしたことを一から学び直すことができます」


 トビアスはパンフレットを受け取り、呆然と見つめた。


「先ほど申し上げた奉仕依頼の三ヶ月間と、初心者の館での受講は並行して行うことが可能です。午前中は奉仕依頼をこなし、午後は初心者の館で学ぶ。そういったスケジュールを組むことをお勧めします」


 エリーナはトビアスの目を真っ直ぐに見据えた。


「三ヶ月は長いようで短い時間です。しかしその三ヶ月であなたに必要なものを全て叩き直す。技術ではなく心構えを。能力ではなく姿勢を。奉仕依頼を通じて冒険者が街や人々とどう関わるべきかを知り、初心者の館で仲間との向き合い方を学ぶ。その両方をきちんとやり遂げることができたなら──」


 エリーナの声がわずかに柔らかくなった。


「その時は改めてパーティメンバーを斡旋いたします。あなたの付与魔法は確かに希少で価値ある能力です。それを正しく活かせる冒険者になってください」


 長い沈黙が流れた。トビアスの肩が震えている。悔しさか、恥ずかしさか、あるいはその両方か。やがて彼は深く息を吐き、ゆっくりと頭を下げた。


「……分かりました」


 絞り出すような声だった。


「僕が……間違っていました。奉仕依頼も初心者の館も全部やります。一からやり直してきます」


「賢明な判断です」


 エリーナは追放申請書に承認の印を押し、続けて義務違反の処分通知書にも記入を済ませた。


「ヴァルター様、追放手続きは完了いたしました。トビアス様は本日付けで『黒鉄の盾』から除籍となります。また、トビアス様のスキル登録は『重量軽減』から『付与魔術』へ訂正いたしますのでご本人は後ほど登録窓口にもお立ち寄りください」


 ヴァルターは無言で頷いた。彼もまた複雑な表情を浮かべている。付与魔術師という希少な人材を失う痛手は小さくないだろう。しかし信頼できない者をパーティに置いておくリスクの方が遥かに大きい。


「トビアス様」


 エリーナは最後にもう一度、青年に声をかけた。


「冒険者とは仲間と共に生き、仲間と共に戦う者です。一人で全てを抱え込む必要はありません。むしろ抱え込んではいけないのです。自分の力を弱さを限界を。全てを仲間と分かち合ってこそ、本当の強さが生まれます」


 トビアスは顔を上げた。


「……はい。肝に銘じます」


「奉仕依頼は明日から開始です。初日は東地区の広場清掃が割り当てられていますので七刻までに管理事務所へ出頭してください。遅刻は認められません」


「……はい」


「三ヶ月後、あなたが成長した姿を見られることを楽しみにしています」


 トビアスは深々と頭を下げ、窓口を後にした。その背中を見送りながら、エリーナはかすかに目を細めた。


 ヴァルターたちも会釈をして去っていく。戦士と弓手は複雑そうな表情を浮かべていたがリーダーの判断に異を唱えることはなかった。彼らもまた信頼の重要性を理解しているのだろう。


 エリーナは椅子の背もたれに身を預け、天井を仰いだ。


 願わくば今日の苦い経験を糧に、本当の意味で仲間を信頼できる冒険者になっていてほしい── そう思いながら、エリーナは次の相談者を待つべく姿勢を正した。

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― 新着の感想 ―
追放モノによくある、追放された者は実は本当の実力者〜のやつ 報連相ちゃんとしろうよ傍迷惑なコミュ障の場合がほとんどなので ちゃんとしたギルトの姿勢が嬉しいですね
こういう追放される側が悪い場合もちゃんと書いてくれて嬉しい
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