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ひとりぼっちの妖精


 妖精――それは万物を司る偉大なる精霊に愛されし種族のことである。


 故に、肉体は滅べど、その魂は滅せず、有限の現世と無限のあの世の狭間を漂い、浄化の時を待つ。


 しかし数多の妖精の魂は、この世界に愛想を尽かせて、別の可能性へ向けて飛んでいった。


 だからこそ、この不確かな世界にも彼女は一人きり。


 膝を抱えて俯く妖精に寄り添うものは誰もいない。


 美しい銀の髪と白磁の肌を持つ、妖精の中でも最も精霊に愛されていたというハイエルフの少女。


 彼女は淀んだ赤い瞳で、周囲で像を結んでいる泡沫の一つを手に取る。

中を覗き込むと、そこにはブロンドの髪を持つ優し気な母親と、たくましい父親が、旅立つ愛娘を見送っていた。




『気を付けてね。ここは貴方の家なのだからいつ帰ってきても良いからね』


 母は青い瞳に、彼女そっくりな娘を写して、そう言った。


『ああ。いつでも帰ってこい。お父さんたちはいつも待っているぞ』


 歳の離れた夫は少し寂しげだったが、その気持ちを堪えて、娘を送り出そうとしているらしい。


『さっ、行っておいでサイリス! ここからは貴方が決める、貴方だけの人生よ!』


 母の激励を受け、娘は強くうなずいて旅立ってゆくのだった。




「サイリスって、みんな……なんで……」


 泡沫から妖精は顔を上げて、深いため息を吐いた。


 どの泡沫をとっても、映し出されるのは彼を慕い、彼が受け入れた彼女たちの幸せな風景ばかり。

しかも決まって、どの可能性を覗いても、彼らが成した子の名前は、あろうことか魔女に準えてつけられたものばかり。



「私、魔女だったんだよ……みんなに散々嫌なことをした最低なやつなんだよ……どうして……」



わけがわからなかった。しかし同時に、ありがたみを感じた。

この状況になって初めて、自分の存在がどんなものであったかを認識した。皆の気持ちを理解せず、ただ闇雲に暴れまわった自分自身を後悔した。


「こんなの初めてだ……こんなに誰かに想われたのって……」



 妖精は膝に顔をうずめてむせび泣く。

涙は波紋を呼び、そこから新しい泡沫が浮かび上がる。

それは可能性ではなく、記憶。

 この妖精の末裔が過ごした、短い生涯の断片。


 彼女は最初から孤独だった。




●●●



 かつて現世には数多の“妖精エルフ”と呼ばれる精霊に愛された種族があった。


 寿命も長く、魔力に長け、精霊の愛を伝える存在。


 その存在を妖精よりも遥かに寿命が短く、魔力も少ない、知恵のみが発達した人間は恐怖した。


 総数で圧倒的に勝る人間は、それでも自らよりも優れている妖精を脅威と感じたのだ。


 故に人は妖精を“魔の血を引く邪悪な種族”と位置付け、これの根絶を始めた。


 数で勝る人は、少数の妖精を駆逐し始めた。この虐殺は数百年の間続いた。


 当初は恐怖心が原因だった。しかしやがて虐殺が日常茶飯事になると、それは作業となった。

作業化された根絶は当初の目的を忘れさせた。そして行為の果てに、自らが滅ぼし続けた残り少ない妖精を、あろうことか希少な存在として保護をし始めたのである。


 妖精も妖精とて、なんとか種を保存しようと、身を隠して人と交わり、細々と生きながらえる。

そうして妖精の根絶の意味が忘れられて、500年後、死した人の腹から、一人の妖精が生まれ出る。


そしてその赤ん坊は、聖王国内で“妖精の保護”を訴える【サイ家】に引き取られた。


 これが後に【復活した東の魔女】と恐れられれた少女の名。歴史の中に葬られし――【サリス=サイ】が誕生した瞬間である。



 サリスは裕福な【サイ家】で何不自由ない生活を送る。代わりに彼女へは多くの期待が寄せられていた。


 滅亡した妖精の、その中でも特に魔力優れた高位の種族ハイエルフ。その末裔ならば人間には成せない奇跡を起こすはず。

確かにサリスの魔力は周囲のあらゆる魔法使いよりも優れていた。

5歳にして中位魔法をすべて習得してみせたサリスは周囲の期待に応えた。


 もっと奇跡を。お前は数少ないハイエルフの血を引くもの。もっと成果を、もっと期待を。お前は稀代の魔法使い。


 幼少期のサリスはそうした大人の期待をプレッシャーに感じつつも、それでも結果を出そうと必死にもがき続けていた。

そんな彼女を大人たちは大事に扱ってくれた。大事すぎるほどの扱いだった。綺麗に着飾るよう命じ、旨いものを食べさせ、日々数多の学問を命じる。当然、同年代は彼女を遠巻きに見つめるだけで、声すらもかけてこない。

周りにはたくさんの人がいるはずなのに、サリスは強い孤独を感じていた。もっとほかの子のように振舞いたかった。

しかしそれを望むのはむつかしい。だったら――



(大人の期待にこたえ続ける。そうするしかない。それが私のいる意味なんだ)



 サリスは孤独であることを忘れることにした。逆に自分を至上の者であると思い込んだ。住む世界が違う存在だと認識するようにした。


 自分が一番。一番は孤高の存在。孤独であるのは当然。


 そうして迎えた10歳の誕生日。


 彼女はこれまでの成果を世へ知らしめるべく学術都市ティータンズにある魔法の最高学府“魔法学院”の門を叩く。


 そして産まれて初めて、挫折を味わう。




 魔法学院入学試験第一位――リンカ=ラビアン




 その下にサリスの名前があったのだった。


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