魔竜ロムソ
【魔竜ロムソ】――魔神ザーン・メルと双璧を成す、魔神皇ライン・オルツタイラーゲの眷属たる伝説の魔獣。
そして魔神皇より、寵妃である“東の魔女”へ贈られた専用の乗り物という伝説が遺されている。
(やはり本当にサリスは東の魔女に……)
心のどこかでロイドは、今のサリスの様が信じられずにいた。
わがままで、自分勝手なところはある。
しかし元気で、行動力があって、一緒にいると何故か笑みがこぼれ出る――そんな妹のように感じていたサリスを、自らの手で再び殺さなければならない事実。対峙しなければならない現実が目の前にある。
もはや目の前にいるのはロイドのよく知るサリスではなく、東の魔女。
(ならば、せめて俺自身の手でサリスを!)
ロイドは勇ましく、腰に差した鞘から輝剣を抜き放った。
「陣形! ハートフォート! リンカ頼むぞ!」
ロイドはそう指示を飛ばし、リンカと入れ替わって走った。
彼の動きを見て、ゼフィが察し、ロムソを挟んで向こう側へ配置を取る。
そしてオーキスとモーラはリンカの左右に並び、配置が完了する。
リンカを中心とした、Vの字の陣形。
各員を点として考えて線を結べば、その形はハートの形のように見える。
“ハートの城砦”――陣形の中では、相手の出方を見る防御陣形の一つである。
「アタック!」
ロイドの一斉と共に、反対側のゼフィも地を蹴ってロムソへ向かう。
するとロムソの背中が茹るように泡立った。
細かな骨が腐った皮を破って飛び出し、ロイドとゼフィへ向けて鋭く降り注ぐ。
それはさながら“骨の矢の雨”であった。
「こんにゃものぉ!」
ゼフィは降りしきる骨の矢を拳で叩き伏せ突き進みむ。
ロイドもまたブライトセイバーを輝かせ、矢を焼き切りながらロムソとの距離を詰めていく。
「おおっ!」
「うみゃー!」
そして同時に飛び上がった二人は斬撃と打撃を左右からロムソの身体へぶつけた。
かつての魔竜は悲鳴を上げて、骨の矢の発射を止める。
(さぁ、どっちにくるか!)
ロムソの窪んだ眼下が捉えたのは睨みつけてきたのはロイド。
(打撃よりも、剣撃が苦手か!)
「さぁ、来い!」
横に転がってロムソの吐き出した黒い瘴気の塊を回避する。
が、次の瞬間にはもう巨大で腐った前足が、彼を踏みつぶそうと黒い影を落とす。
「プロテクション!」
しかしモーラの発した光り輝く聖なる壁が、ロムソの前足を寸前のところで押しとどめた。
更に聖なる輝きは、ロムソの脚を焼き、怯ませる。
「にゃぁー!」
加えて、再び飛び上がったゼフィがロムソの頭を蹴り飛ばした。
一瞬、魔竜が動きを止める。
その隙をずっと機会を狙っていたオーキスとリンカは見逃さない。
「ウィンドカッター!」
「!」
オーキスは鍵たる言葉を響かせ、リンカは羊皮紙をロムソへ投げつける。
発せられたのは緑の輝きを帯びた、激しい竜巻。
それは折り重なって、一つの巨大な竜巻となって、ロムソの首を飲み込んだ。
風は鋭い刃となって、ロムソの頭と長い首をいとも簡単に切断する。
「やった!」
オーキスは声を弾ませた。しかし――
「GAAA!」
「う、うそっ!?」
切断されて宙を舞っていたロムソの頭が激しい咆哮を上げた。
落下がぴたりと止み、代わりに牙の間から黒い煙のようなものが漏れ出している。
「モーラ、全員にプロテクションを!」
「は、はい!」
モーラが巨大な光の障壁を発した途端、ロムソの頭は激しい黒炎を吐き出していた。
リンカとオーキスが発した竜巻さえもいとも簡単に消し去ってしまう。
激しく燃え盛る炎は石の床を焦がし、障壁で直撃を免れていようとも、皮膚が焼けるような強い熱がロイドたちを襲った。
もしもモーラが今少しプロテクションを張るのが遅れていたら、サリスにたどり着く前に全滅は必至であったとロイドは思う。
(やはり腐竜になっていようとも、一筋縄ではいかないか。だったら!)
「リンカ、先週課題でやっていた文字魔法だ! 他のみんなはリンカの援護を!」
「はいにゃ!」
「わかりました!」
「うん!」
「アタック!」
かくしてロイドたちは決め手をリンカへ託し、二度目の突撃を図る。
先行するゼフィはロムソの頭をすり抜けて、身体の方へと向かっていく。
「獅子拳最終奥義……獅子流星群拳にゃ!」
ゼフィはロムソの身体へ向けて、無数の拳を繰り出した。
目では追えないほど素早く、そして連続で繰り出される拳は、一発も漏れず、確実に、的確にロムソの本体を打つ。
ロムソは成されるがまま、無数に繰り出されるゼフィの拳を受け続けた。
「ウィンドサイズ!」
オーキスはメイスを振り、風属性の衝撃波をロムソの頭へ向けて放った。
直撃を受けたロムソの頭が短い呻きを上げる。
効いてはいるが、やはり決め手に欠けるらしい。
だが、ゼフィと同様、ロムソの頭の注意を引くことはできた。
「フラッシュライト!」
閃光が迸り、周囲が真っ白に照らされる。
錫杖を掲げたモーラは後光を浴びるように、激しい光の魔法を放った。
「GAA!!」
聖なる光を浴びて、かつての魔竜が悲鳴を上げてたじろぐ。
そしてずっと後方で機会を窺っていたリンカは、再び羊皮紙を掲げ、神代文字を輝かせる。
放たれたのは神の怒りを彷彿とさせる、激しい風の渦だった。
風属性の最上位魔法“サイクロンストーム”。
岩山さえも一撃で細かい砂の粒に還してしまう圧縮された空気は、ロムソだけを包み込み、瓦解させてゆく。
周囲では空気さえも、偉大な魔法に巻き込まれ、強い風を起こしていた。
少しでも足から力を抜いてしまえば、吹き飛ばされそうな勢いであった。
「モーラ、頼む!」
「はい! 滑空!」
ロイドの意思を汲み、モーラは迷わず“浮遊”を付与する白呪術を放った。
魔法によってロイドの脚が僅かに宙へ浮く。
迷うことなく吹き荒れる風を蹴る。
するとロイドはまるで弓から放たれた矢の如く飛んだ。
風は彼を上昇させ、嵐の中で崩れ去るロムソさえも飛び越えていく。
「おおおお!!」
「ッ!?」
そしてロイドは宙で戦いをずっと静観していたサリスの腹へ、剣の刃を鋭く突き刺した。
「ああ、こういうことだったんだ……最初から先生はワタシを殺すつもりで……」
「……」
「んっ、ああ……これが先生に貫かれる感覚なんだぁ。痛いけど、気持ちいい……。冷たい剣だけど、先生の熱が伝わってきて、貴方を傍で感じられる」
「サリス」
「ん?」
「安らかに眠ってくれ」
剣を更に押し込み、サリスの身体がビクンと跳ね上がる。
ロイドは元教え子の最後に胸を痛める。
するとサリスがロイドの剣を掴んだ。
「あは!」
「ッ!?」
弾んだ笑い声と共に、サリスは冷たい黒の籠手で輝剣の刃を、まるで木の枝を折るかのように砕いた。
「ぐわっ!?」
サリスから嵐のごとく瘴気があふれ出て、ロイドは地面に叩きつける。
「サ、サリス、お前まさか……!?」
サリスは腹に突き刺さった剣先をあっさりと抜き捨てる。
そしてにんまりとした不気味な笑みを浮かべた。
「そうだよぉ! 今のワタシは東の魔女――死霊使い! 人はみんな老いて朽ち果てる。先生もリンカも、みんなみーんな! だけどワタシは変わらない! ずっとずーっとこのまま! 若くて、綺麗な、ワタシのまま! 良いでしょ? 素敵でしょ? 先生だったらワタシに何をしてもいいよ! 若いままのワタシへ永遠に何をしたっていいんだから! あははは!!」
サリスから更に強い瘴気があふれ出る。
それはリンカの巻き起こしたサイクロンストームの風を打ち消す。
代わりに立ち込めたのは甘く、生暖かい、そして不快感を感じさせる異様な空気。
「出てきてみんなぁ! 出番だよぉ!」
サリスの声がこだまして、石の床へ無数の魔法陣が、赤紫の輝きを発しながら現れる。
魔方陣からは死霊やザンゲツ、更には左右の塔で撃退した守護者の髑髏魔導士や、髑髏英雄といった難敵までもが、数多く姿を現す。
「さぁ、ここからが本番だよぉ! きゃははは!!」
サリスは空中からロイドたちを見下ろし、甲高い笑い声を放つ。
目の前に現れた無数の難敵にロイドたちは息を飲むのだった。
(記:2019年6月29日)
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このようなタイミングで大変申し訳ございません。
この機会に是非、最新箇所まで追いついて頂ければ幸いです。
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