幼馴染(*リンカ視点)
リンカは左の塔へ向けて、モーラと並んで、オーキスの背中を追っていた。
「おらぁっ!」
先頭のオーキスは威勢よく叫びながら、メイスを正確に振り、道を塞ぐ死霊を叩きのめす。
人一倍責任感が強く、姉御肌のオーキス。
魔法学院時代、彼女はいつもクラスの中心にいてみんなをまとめていた。
そんなオーキスは今も昔もリンカにとって頼もしい存在で、大好きな友人だった。
塔の下へ真っ先に立ったオーキスは、一度立ち止まり一呼吸置く。
そして勢いよくメイスを振りかぶり、扉を叩いて開ける。
吹っ飛んだ扉と共に何匹かの死霊が、なぎ倒される。
もしも普通に扉を開けていたのなら、さっそく死霊に喰らい付かれていたことだろう。
「リンカ、モーラさん! あそこの階段まで一気に進みますよ!」
オーキスは死霊やザンゲツが犇めくホールの最奥に見えた螺旋階段をメイスで指し示す。
「!」
「かしこまりました!」
「よーし、二人ともしっかりあたしの後ろについてきて! アタック!」
オーキスは勇ましく先陣を切った。その間の高速詠唱も欠かさずに。
「魔法付与! 聖光!」
そして光属性を付与して輝くメイスで、複数の死霊をまとめてなぎ倒すのだった。
「私も参りますっ!」
モーラは錫杖から細い白銀の突剣の刃を抜いた。
どうやら“仕込み杖”だったらしい。
モーラにはいったい、後どれだけの秘め事があるのか、気になって仕方のないリンカなのだった。
オーキスのメイスが先端を切り開き、トドメをモーラの突剣が刺す。
更に周りに群がる敵はリンカが羊皮紙の切れ端に描いた火属性の文字魔法によって余すことなく滅却される。
リンカは、良いバランスのパーティーに、改めてロイドの頼もしさを覚える。
そうしてホールに犇めいていた闇の軍勢はあっという間に駆逐され、リンカたちは螺旋階段を駆け上がり始めた。
「ねぇ、モーラさんとおじさんってホントはどういう関係なんですか?」
階段を駆け上がる道すがら不意にオーキスが聞く。
それはリンカも知りたいところだった。
エレメンタルジンの時も二人は何かを話していたようだった。
恋愛経験が全くないリンカであっても、ロイドとモーラとの間に何かがあったくらいは察しがつく。
「彼は私の恩人ですよ」
モーラはまるで給仕のような、真意を隠した満面の笑みで答える。
「いや、そうじゃなくて!」
「ふふ。そういうオーキスさんはどうなのですか?」
「はぁ!?」
オーキスは素っ頓狂な声を上げて、顔を赤らめた。
リンカもリンカとて、モーラの意外な指摘に戸惑いを覚える。
「いえ、オーキスさんもロイドさんに随分とご執心だったようにみえたのですが違いますか?」
「お、男なんでもうどうでも良いし! それにおじさん煙草吸ってる時点でありえないし!」
「では煙草を吸っていなかったら?」
「おじさん、そんなことできるわけ?」
「例えばですよ」
「例えも何もありえないですって だっておじさんはリンカを――!」
オーキスはしまったといった具合に、顔を引きつらせて口を噤む。
勢い余って時々、考えを口にしてしまうオーキスの性格は、魔法学院時代からよく理解している。
声の出せないリンカは、“大丈夫”の意味を込めて首を横へ振り、笑顔を送る。
それを見たオーキスはホッと胸を撫でおろすのだった。
「モーラさん、次また変なこと言ったら、幾ら貴方でも本気で怒りますからね! 頼みますよっ!」
「はいはい、分かりました。うふふ……」
そんなことを話しながら、死霊やザンゲツを倒しつつ進んでいると、あっという間螺旋階段が終わりを告げていた。
再びホールに立った三人の前に立ちはだかったのは、禍々しい雰囲気を放つ重そうな扉。
恐らくこの先に、塔を守る守護者がいるのだとリンカははっきり認識する。
「リンカさん、あんまりうかうかしているとオーキスさんにロイドさんを取られてしまうかもしれませんね? そういえばゼフィさんもロイドさんに随分と執心している様子でしたね。頑張ってくださいね」
「!!」
不意にリンカの耳元でモーラが囁く。
ゼフィの態度はなんとなく察していたが、まさかオーキスもとは。
でも確かに昇段試験の時は進んでロイドの手伝いをしていたし、再会して以降のオーキスはなにかにつけてロイドを頼りにしていたと思い出す。それに活発で、美人画のように綺麗なオーキスは、少々子供っぽい自分よりも、大人な彼と似合っているような気がしてならない。
「リンカ、どうかしたの?」
「!」
オーキスが不安げにリンカをみつめていた。きっと声があったのなら、よく分からないことを口走っていたに違いない。
今ほど声を失っていて良かったと思った瞬間だった。
リンカは首を横に振って、にっこり笑顔を見せる。自分では少し引きつっていたように感じる。
しかしオーキスは特に気にした風も見せず、ほっとした様子で胸を撫でおろすのだった。
「じゃあ、行くよ!」
オーキスは再びメイスで扉を叩き開けた。
塔の入り口の時のように扉と共に吹き飛ぶ魔物は無し。
ホールの壁に据えられた松明が、青白く不気味な灯が手前から奥へ走ってゆく。
最奥には祭壇のようなものが見え、そしてそれを守るように膝を折って座る邪悪な存在を認めた。
禍々しい大剣を得物とし、重厚な漆黒の鎧に身を包んだ強敵――【髑髏英雄】
歴戦の猛者や、冒険者の人骨を集められて造られた難敵はゆっくりと立ち上がった。
生前さながらの立派な構えで、大剣の切っ先をリンカたちへ突きつける。
濃密な瘴気と、強い闘気が噴き出し、先頭のオーキスが初めて身を固め、背中を震わせる。
「リンカ!?」
そんなオーキスの前にリンカは躍り出た。
そしてすぐさまポシェットから巻物を取り出し、掲げる。
羊皮紙が強い光を放って燃え尽き、すぐさま奇跡の力を発する。
「GOOOO!!」
髑髏英雄の足元から激しい火炎流が噴出し、まだ動き出してもいない敵を紅蓮の炎で包み込む。
火属性の上位魔法:ファイヤーストームはあっという間に髑髏英雄を丸焦げにして、再び膝を突かせるのだった。
「あ、相変わらず凄い威力だねぇ……」
「た、す、け、てぇ……!」
突然、若い男のうめき声が聞こえ、オーキスは素早く踵を返す。
そして焼け落ちた髑髏英雄を見て絶句した。
「ステイ……? もしかしてあんたなの!?」
焼け落ちた髑髏英雄の肋骨の間には、ところどころに鋭い骨が突き刺さった若い男の無残な姿があった。手足はすでに髑髏英雄と同化させられてしまったのか、見当たらない。甘いマスクからすっかり血の気が失せていて、死霊とさほど変わらない顔色であった。
この男は確か――オーキスの幼馴染で、初恋の相手の、ステイ=メン。
学院時代、リンカはサリスと協力して何度かオーキスの学院寮からの脱走を手伝い、二人の逢瀬を応援したことがあったと思いだす。
「なんでこんな……」
「オーキスさん下がって! 危険です!」
リンカのファイヤーストームによって焼かれた髑髏英雄の眼窩に、再び禍々しい光が灯った。
オーキスは咄嗟にメイスを掲げて、突き出された髑髏英雄の大剣を辛うじて受け止める。そして、髑髏英雄の反撃が始まった。
髑髏英雄は見た目に似合わず、素早い動作で軽々と大剣を振り回し始める。
「このぉ!」
オーキスは必死にメイスを振り回し、髑髏英雄の攻撃を往なす。
しかし肋骨の間にいるステイが視界に入る度に動きが鈍っていた。
「――ッ!?」
「ヒール!」
オーキスへ大剣を振りかざした髑髏英雄へ向けて、モーラは回復魔法を放つ。
「うう、あああっ!!」
髑髏英雄の中からステイが苦しみに満ちた呻きを上げる。
再びオーキスは苦虫を噛み潰したかのような顔をした。
もしも髑髏英雄の中にいたのが、オーキスの幼馴染で初恋の相手のステイでなければ。もしも違う人であれば、遠慮なく魔法で焼き尽くす決断ができた。
苦痛から解放すると言う理由で、倒すことができた。
しかし悲痛なオーキスの顔を見る度に、文字魔法を使うことが憚られた。
もしもリンカが同じ立場だったら。もしも彼が髑髏英雄の中で苦しんでいたとしても、自らで幕引きをできるのか。
ならば他に何か方法はあるのか? 髑髏英雄を倒しつつ、ほぼ同化してしまっているステイを助け出す方法が存在するのだろうか?
リンカは必死に知恵を絞り、相手の観察を続ける。
しかし一向に妙案が浮かんでこない。
「オ、オーキス……」
その時、髑髏英雄の中から切なげなステイの声が聞こえる。
淀んだ瞳が一瞬確かな輝きを宿して、オーキスを見る。
「……分かった」
オーキスはメイスを更に強く握りしめた。
彼女の前に髑髏英雄は仁王立ち、大剣を大きく上段へ構える。
既に彼女は高速詠唱を終えていた。
「魔法付与。破壊……」
オーキスはしっかりと床を踏みしめ、メイスを大きく振り上げる。
メイスは叩き落とされた大剣を弾き、更に、まるで木の枝を折るかのように鋼の刃を粉砕する。そしてメイスの鋭い先端が髑髏英雄の肋骨を叩き壊した。
「かはっ!」
肋骨の中にいたステイは鋭いメイスの先で貫かれ、血反吐を吐く。
しかし彼は――穏やかな笑みを浮かべていた。
「あ、いかわらず……馬鹿力、だなぁ……」
「あのさ、それって今言うこと? ホント最低なんですけど」
オーキスはいつもと変わらぬ口調でそう告げる。
しかしその肩は僅かに震えていた。
「オーキス……」
「……わかってる。これでも一応、あたしはアンタの幼馴染なんだから……」
ステイは僅かに微笑み、瞳を閉じた。
「フレイムッ!」
オーキスが鍵たる言葉を発し、メイスから紅蓮の炎が迸った。
炎がゆっくりと瞳を閉じたステイを抱いてゆく。
「ねぇ、ステイ、最後に教えて。アンタをこんな風にしたのはいったい誰なの?」
「……アルビオン、を襲った、東、の魔女……」
「そっか。あんがと。辛いところ喋らせてごめんね」
ステイは僅かに首を横に振ってみせた。
「オー、キス…………」
「ん?」
「ありが、とう……」
「バカ……」
オーキスの足元へ僅かな滴が落ちる。それは炎の熱で生じた彼女の汗か、はたまた別のものか。
髑髏英雄とステイは灰となり、塵となって消えていく。
そして彼女は、髑髏英雄の背後で禍々しい輝きを放っていた祭壇を、メイスで叩き壊した。
「たぶんこれで東の塔への道が開けるはず! 急ごう!」
踵を返したオーキスは、いつもの頼りがいがあって、姉御肌な普段の彼女だった。
彼女こそ勇者に相応しい存在。
自らの悲しみを堪えて、人々のために戦う真の勇敢なるもの。
リンカは強くそう思うのだった。




