念願の成就
――まさか、この歳になって念願だった夢が叶うとは。
諦めていた【勇者】になるという夢。
たとえ一時的な措置であろうとも、うだつの上がらなかったロイドが今や、絶大な権力を持つ【勇者】である。
今の彼が放つ指示は、どの冒険者も聞き入れなければならない。
彼を取り囲む全てのメンバーは彼の手足となって動き、時には命を賭す覚悟を決めねばならないのである。
「おじさん! ぼーっとしてないで、手伝ってよ!」
「あ、ああ。すまない」
そんなロイドではあったが、オーキスに怒鳴られて、いつものように謝罪し、彼女がもってきた魔法の粉を袋へ詰め始める。
ロイドたちは東の魔女となったサリスを討伐するための準備として、街で一番の大商店で必要なものを集めていたのだった。
「ええっと、これと……あっ! これも……へぇ、エリクシルなんかも在庫していたのですね……」
薬学にも精通しているらしいモーラは真剣な様子で、薬草や薬の類を選別していた。
魔法使いでもあったモーラ。彼女はきっと、とても良い家柄の娘かなにかなのだろう。そんな彼女がどうして娼婦をしていたのか。
きっと込みいった事情があるに違いない。しかしそれは絶対に聞いてはいけないのだと、ロイドは思う。
「ねぇねぇリンカ! これなんてどう? すんごく可愛くない?」
「!」
対するようにオーキスは、魔法のネックレスを首に当てご満悦だった。
リンカもリンカとて、帽子や外套を試着して、楽しそうな雰囲気が窺える。
はたからみればただショッピングを楽しんでいるように見えた。
(きっと学院時代は、あそこにサリスもいたんだろうな)
もしかするとリンカもオーキスもそんな過去と、今からかつての友人と対峙しなければならない現実を、一時でも忘れるがために、明るく振舞っているだけなのかもしれない。
(さて、俺もそろそろ自分の装備でも選ぶか)
【勇者】の権限により、ここにあるあらゆるもの、取得が許可されている。
そこでロイドは、ついぞ縁の無かった、Sランク冒険者専用装備が並ぶ売場へ向かってみた。
シュヴァルツカッツ――1,000,000G
六獣神の鎧――2,000,000G
炎神爪――3,000,000G
荒野豆鉄砲ー――10,000,000G
煉獄双剣(ナハト/シュナイド)――900,000,000G
星周りの指輪――ASK
気が遠くなりそうな価格の装備品が、ところ狭しに、そして当たり前のようにずらりと並んでいた。
ロイドは一生自分には縁がないと思っていた武具を一つ一つ手に取ってみる。
どれも極上の逸品であった。文句のつけようが無い、職人の魂が籠った品々であるのは明白だった。
だがしかし、いずれも良いものだとは分かりつつも、何故かどれをとってもしっくりと感じないロイドなのだった。
「みんなー集まるにゃー! いいもんたくさんもってきたにゃー!」
と、ゼフィの声が聞こえて、商店の入り口まで戻ってみる。
そこにはパンパンで、大きな風呂敷を背負ったゼフィが、にんまり笑みを浮かべていた。
「す、すごく一杯もってきたね」
オーキスは呆れ気味につぶやき、リンカが口をへにゃりとまげて苦笑いを浮かべている。
「いいにゃいいにゃ、せっかくの聖太子殿下が許してくれたんにゃし……」
ゼフィは降ろした風呂敷から使えそうな魔法薬や、武具、はたまた妙な人形や、終いにはよくわからないガラクタまで取り出す。
ものを集める習性がビムガンにはあるのかもしれない。
「あっ! これにゃんて良いにゃ! 今すぐ使えそうにゃ!」
「って、これって媚薬じゃない!?」
「そうにゃ! 僕たちはこれから決戦にゃ! にゃから、おっちゃんにはなーんも後悔しないでもらおうと、この僕が……うにゃー! 返すにゃー!」
「なに不吉で、バカのこと言ってんの! こんなの没収ですっ!」
「なんにゃ~。そういってオーちゃんがおっちゃんにしてあげるにゃね~?」
「はぁ!? だからなんであたしなわけ!? だったらそういうのって、ゼフィでもあたしでもなく、リンカの役目じゃないの!?」
「!!」
「あちゃー……さすがにそれはオーちゃんが言っちゃダメなことにゃ……」
「あ、ああ! ご、ごめんね! べ、別に、変な意味じゃないって言うか! ああでも変か! だから、そのぉ、ほんっとごめん!」
「……! ……!」
「にゃらここは間をとってモーラさんはどうにゃ?」
「えっ? 何故私なのですか?」
「なんとなくそう思っただけにゃ~。冗談にゃ~」
何やら四人はロイドの仲間外れにして、和気あいあいとしていた。
さすがにそこへ男一人で飛び込む勇気はない。内容もどうかと思っていた。
「で! おじさん、いつまでそんな皮の鎧着てるわけ!? もしかしてまだ装備を選んでないなんて言わないよね!?」
八つ当たりなのか、オーキスが声をぶつけてくる。
「いや、そのことなんだがな……」
ロイドは正直に、どの装備も極上の品だが、何故かしっくりこないと答える。
「今の装備に愛着があるのですね。物を大事にする男性は素敵ですよ」
モーラの笑顔の中に、娼婦のニーナを垣間見たロイドは、彼女との情事を思い出し、胸を高鳴らせる。
「なーんだ、そういうことか。なら早く言ってよ、もう」
オーキスは呆れた様子でロイドへ近寄った。
そして薄汚れた皮の鎧を綺麗な指先で撫でた。
跪くように屈んで、ロイドが腰に差す、鞘に収まった数打ち無銘の剣を持ち上げる。何かを確かめてる様子だった。
「ふむふむ、なるほど、なるほど……じゃあ、おじさん脱いで」
「にゃーん! オーちゃん、大胆にゃん!」
「ば、バカ! そういうのじゃないって! おじさん、さっさとその鎧と剣を脱いで!」
「あ、ああ」
気圧されつつ、皮の鎧を脱ぎ、剣を床の上へ置く。
「ほんのすこーしだけ重くなると思うけど、大丈夫?」
「何をするつもりなんだ?」
「何って、“錬成”に決まってるじゃない! あたしは武器屋の娘だよ?」
錬成とは、既存の装備の形状を変えず、能力を引き上げる術である。
【メイガービーム家】は数百年もの間、聖王国正規兵への正式装備を納入し続けている武器商人だからして、そこの娘のオーキスは“錬成”のスキルを持ち合わせているらしい。
「素材はそうだなぁ……鎧にはヒドラの鱗を主素材にして……」
「マンドラゴラなどいかがですか?」
モーラがどこから見つけてきたのか、人の形をした干からびた根っこを差し出す。
「あっ! それ良いですね! さすがモーラさん! もしかして光竜の爪か牙の欠片とかもあったりします?」
「ええ、もちろん!」
オーキスとモーラは趣味が合うのか、どんどん素材を持ち寄って、ロイドが脱いだ皮の鎧と数打ち剣の周りに並べていく。
「さて、こんなもんか! じゃ、始めるからみんな離れてー!」
オーキスの指示に従いロイドたちは下がってゆく。
周りの安全を確認したオーキスは、杖でもあるメイスを手に取った。
彼女の口が、常人では理解できない音を発し、高速詠唱を行う。
「アルケミスト・メイガービーム!」
鍵たる言葉を叫び、オーキスは虹色に輝くメイスを、ロイドの装備品へ向けて振り落とす。
「それ! えい! もういっちょ!」
オーキスは調子の良い声を響かせながらメイスを薙ぐ。
その度に、ロイドのくたびれた皮の鎧へ、危険種であるヒドラの皮がぶつかって溶けていく。
数多の素材はメイスに吹っ飛ばされ、ロイドの装備品にぶつかって、光の粒子となって散ってゆく。
「ふー……完成!」
オーキスは額の汗を拭って、足もとの装備品を見て満足そうな声を上げる。
形状は脱ぐ前とさほど代わり映えはしない。しかしくたびれて染みだらけだった皮の鎧は、新品のような張りと艶を取り戻していた。
長年研ぎ続けていたために少し痩せていた数打ち無名の剣は厚みを取り戻し、綺麗な光沢を放っている。
「着てみて!」
オーキスに促され、ロイドは皮の鎧を再装備した。
確かに少し重くなったようには感じるも、気にならない程度だった。真新しくはなってはいるが、長年愛用したために刻まれた皺などは健在で、違和感は全くない。
「どう? 違和感とかある?」
「いや、全く」
「そっか! じゃっ、早速テストだね! ゼフィ、おもいっきりやっちゃって!」
「はいにゃー!」
突然目の前に現れたゼフィは、戦うそれの構えを取る。
さすがAランクの格闘家だけあって、瞬時に発せられた闘気は、ロイドへ危険を知らせてくる。
「獅子拳奥義、獅子爪拳にゃー!」
「ちょ! ま、待……!」
ロイドの制止も聞かず、ゼフィは鋭く拳を振り、鋭い空気の刃を発生させる。
刃は皮の鎧の表面を撫でただけだった。不思議と身体に伝わる衝撃も全くない。
「おじさん、どう?」
「す、凄いな。傷はおろか、衝撃も感じなかったぞ」
「ふふん! 大成功だね! ほら、ザンゲツとか死霊って爪とか牙で攻撃してくるじゃん? だからヒドラの皮を主素材にして、斬属性への耐久性を高めてみたの。しかもマンドラゴラのお陰で、傷も自動修復してくれるようにしたんだ! 名付けて……そうだなぁ……【ヒドラアーマー】!」
「ヒドラアーマーか。ありがとう、最高だ」
ロイドの賛辞にオーキスは薄い胸を張ってみせる。
「まだまだこれだけじゃないよ。おじさん、その剣を握って、振る時にほんの少し魔力を注いでみて」
言われた通り光沢を放つ数打ち無銘の剣を手に取った。
軽く素振りをしても手に馴染んだ感触は変わらない。
そして呼吸を整え、改めて柄を強く握りしめた。
ロイドの身体に宿る僅かな魔力を剣へ注ぎこみつつ、薙ぎ払う。
「おっ!!」
目の前を過った“金色の軌跡”にロイドは声を弾ませた。
”ブンッ!”というはっきりと聞こえた、斬音に心が躍る。
「相手が死霊だからね! 光竜の素材を使って“光属性”を剣に付与してみたよ。剣自体の素材も元々の玉鋼をベースにしつつ、三割ほどミスリルとオリハルコンを混ぜてみたから、おじさんの少ない魔力でも斬撃程度なら光属性を発することができるし、消耗も……えーっと、歩くのと、早歩きぐらいの差くらいだね! もちろん魔力をそそがなきゃ、普通の剣としても扱えるし、切れ味にも自信があるよ!」
「凄いぞ! これは!」
ロイドは年齢を忘れて、まるで少年に戻ったかのように、生まれ変わった馴染みの武器を夢中で振り回す。
「名付けて【輝剣ブライトセイバー】! あーでも、おじさんの魔力じゃステイみたいな強力な魔法での必殺技は放てないから、そこだけは注意してね!」
「ブライトセイバー! 良い名前だ! ありがとう! 本当にオーキスは凄いな!」
「えへへ。あんがと!」
オーキスは照れ臭そうに返事をするのだった。
「さぁて、これで必要なものも揃ったことだし、ご飯にしましょうか!」
「うみゃ? 出発しないにゃ?」
「ゼフィ、分かってないなぁ。腹が減っては戦はできぬ、だし! それに出発前の腹ごしらえは重要だよ。だよね? 勇者様?」
オーキスは無邪気な笑みを浮かべつつ、ロイドを見上げていた。
その眩しいまでの笑顔に、ロイドは意図せず胸を鳴らす。
(まさかオーキスのこんな顔を見られる日が来るとはな……)
人生長く生きていれば様々な場面に遭遇する。そのことを改めて思い直す。
「分かった。旨いものを頼むぞ、オーキス」
「了解! さぁ、頑張るぞぉ!」
オーキスは気合十分で踵を返す。
「ま、待つにゃ! オーちゃんのお料理惨劇はごめんにゃ! 僕も手伝うにゃ!」
ゼフィは慌てて続いていく。
リンカも向かおうとするのだが、そんな彼女の肩をモーラがそっと叩いた。
「?」
「私が手伝います。リンカさんはどうかロイドさんのお傍に」
モーラはそう優しく云って、オーキスの後を追った。
「ありがとう」
ロイドは隣で佇むリンカへ礼を口にする。
青く透き通るような瞳が、彼を映し出した。
「あの日、きっとリンカが俺へ声を掛けてくれなかったら、こんな日は迎えられなかったと思うんだ。君が傍に居てくれたから、今の俺がある。本当にありがとう」
すると指先が温かい感触を得た。
リンカはロイドの手をしっかりと握りしめ、女神のような笑顔を送ってくる。
ロイドもまた彼女の手を握り返した。
二人の間に言葉は無い。だが、それでも十分に気持ちは通じ合っているのだと分かる。
この手を離さない。決して。たとえ何があろうとも。ロイドはそう改めて決意する。
「ぎゃー!」
「ちょ、オーちゃんなにやってるにゃ!」
「ゼフィさん、お水お水!」
巨大商店へ予想通りのオーキスの悲鳴が響き渡り、商品棚の向こうからは不穏な煙がもくもく上がっている。
ロイドとリンカは揃って“やっぱりか”といった具合の笑みを浮かべた。
「行くか、リンカ」
「!」




