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聖王からの依頼

*他所にてご意見を頂戴し、1000文字ほど追記いたしました。よろしくお願いいたします。


 聖王に仕える偉大な予言者が「星の屑が動き出し、邪悪の気配を感じる」と予言した。

その予言を聖王は邪悪なるものとの再戦であると判断し、準備を始めていた。

その一環で聖王キングジムは、数か月前に忽然と姿を消した、SSランク魔法使いのリンカ=ラビアンをずっと探し求めていた。


 そんな時ここ最近、冒険者界隈で噂されていた「絶大な威力のある奇抜な神代文字の巻物スクロール」と、彼女とコンビを組んでいるらしい最近ようやくCランクへ昇格した、ベテラン冒険者の噂を聞きつける。


 彼らはその冒険者と噂されていた“ロイド”を追ってここまでやってきたのだという。

 ロイドとて警戒を怠っていたわけではない。リンカに危険が及ばないよう、いつも帰る道は変えていたし、帰宅の時は常に警戒をしていた。

 しかし相手が希少品の“認識阻害”の効果のあるアイテムを、惜しげもなく使えば、人間の警戒心などその前ではまるで意味を成さない。


「あなた方はリンカにその戦線に加わってほしいと。そう仰るのですね?」


 ロイドは声の出ないにリンカに代わりに、机を挟んで向こう側にいる、聖王都からの使者へ問いかけた。


「はい。陛下は過の精霊召喚の時のようにご助力を願っておいでです」


 そう答えた使者へリンカは顔を俯かせたまま視線を合わせようとはしない。

小さく細い指先が僅かにロイドの上着の裾を掴んでいる。

“不安”な様子は明らかだった。


「しかし今のリンカは声が出ません。扱えるのも文字魔法くらいで、陛下のお望みになるような成果は上げられないと思いますが」


 敢えて卑下するような言葉を、きっぱりと言い放つ。


「承知しております。ですがそれでも」

「文字魔法だけでも、ですか?」

「はい。リンカ殿の文字魔法は、貴方がお思いになっている以上の価値があります」


 使者は迷わずそう言って除けた。もしかすると、これまでリンカの巻物を買っていたのは、この連中ではないのかと思った。


「それに我々にはリンカ殿の声を取り戻す準備を進めております。すぐには難しいでしょうが、いずれは必ず。既に九大術士も陛下の命により動き出しております」


 声が取り戻せる。

その言葉にロイドの心は一瞬明るんだ。

それにこの話はリンカにとって、好ましいものだとも分かった。

彼女の偉大な力を、このまま放置するのは勿体ないと常々思っていた。

更に聖王国最高峰の魔法使い“九大術士”が既に動いているのなら、恐らくリンカは近い将来声を取り戻す。


 いい話であるし、受けるべきである。

断る理由など一つも無い――しかし、そうは思えどロイドの胸は痛みに苛まれていた。


 リンカが聖王の招聘に応じる。きっと彼女は王都で生活するようになるのだろう。

それはすなわちリンカとの別れを意味していた。

 ようやくCランク冒険者にはなったものの、何の実績も無いロイドが、リンカと共に王都へ行くことはきっと許されない。

たとえ許されリンカの傍にいたとしても、邪魔になるだけなのは容易に想像ができる。

自分の力量とリンカとの差ぐらいは、ロイド自身もしっかりと認識していた。


 ここが引き時であり、いいタイミングなのかもしれない。

そしてリンカには、彼女しか成しえない偉業のために、再び立ち上がる時期が訪れたのかもしれない。

くたびれた、なんのとりえもない自分といるよりも、今後のリンカにとってプラスに働く環境へ向かうべき。

それは世界のためであり、リンカの将来のためでもある。



 手を離せ。解放してやれ。リンカの未来を考えてやれ。お前となんか居ても、リンカにはなんの得も無い。

だがこれはあくまで、【リンカがロイドを必要としている】という前提に基づいての考えだった。



 少なくとも、今のロイドは声を無くしたリンカの代弁者で、神代文字を教えているという点では必要とされているとは思う。

しかし聖王国の中枢である聖王都であれば、たとえ声はなくともいくらでも高級品である羊皮紙を使って、コミュニケーションが取れる。ロイドよりも遥かに優れた学士から神代文字を教わることだってできる。

第一、先ほど使者が述べた通り、九大術士が近い将来リンカの声を元通りにするはず。

ロイドが必要とされる要件としては、やはり弱い。


 リンカが、かつてのステイのようにロイドを、ゴミくずのように捨てるような性格でないと分かってはいる。

それでも、伝説の魔神ザーン・メルへ一人で立ち向かったこともあるように、この小さな身体の中には、大勢の人を守る力とそして正義感が確かに宿っている。

彼女の方から、今提示された招聘を受け入れることも十分に考えられる。

その結果、ロイドは彼女から手放されてしまうかもしれない。実力が歴然としている以上、共に向かうことは、彼女が選択しようとも許されるはずもない。


 結局、【必要】という観点で考えれば、リンカがロイドを必要としているのでなく、彼が彼女を必要としているのだと思い知った。


 あくまでリンカはロイドの雇い主。主の命に従うべきはロイドの責務である。


 感情とこれまでの思い出に基づいた、きっと離れることはないだろうという期待。

 状況や実力差を思い浮かべた時に下される合理的な判断への不安。

 そうした判断をリンカへさせず、分を弁えて自らの手でこの関係を終わらせる選択。


 しかし問われているのは、ロイドではなく、今後おそらく歴史に名を残すだろう稀代の魔法使いの少女リンカ=ラビアンである。

彼がしゃしゃり出るところではない。そうしたところで、話が混迷するのは分かりきっていた。


 ロイドは心を落ち着け、静かにリンカの判断を待つことにしたのだった。


 そんな彼の隣に座る当のリンカは、相変わらず顔を俯かせたままだった。


「リンカ殿、どうか我らにお力添えを。どうかこの世界を貴方の手で魔神皇の脅威よりお守りください!」


 使者が深々と頭を下げた。

リンカはずっと握りしめていたロイドの服の裾を離す。

ようやく顔を上げたリンカは苦笑いを浮かべた。


フルフルと。


迷った様子も見せず、リンカは静かに首を横に振った。


「何故!?」


 意外だっただろうリンカの回答に、使者は少し声を荒らげる。

リンカは立ち上がった。

そして使者へ向けて深々と頭を下げた。


「確かに邪悪なるものとの戦いは苛烈を極めるでしょう。しかし、貴方の身の安全は聖王国が全力を以てお守りいたします! 不安は一切ございません!」

「……」

「それにこれは貴方にとっても良いチャンスではありませんか! 声を取り戻すことができるのですよ!? また世界で唯一のSSランクの魔法使いとして、陛下のために働くことができるのですよ!?」

「……」


 どんなに使者が説得しても、リンカは頭を上げない。

 リンカにとってはいい話には違いない。しかし何故か彼女自身は承諾しかねている。ロイドはそう感じ取った。


「申し訳ない。今日のところはお引き取り願えないでしょうか?」


 ロイドの言葉に、新たな説得を口にしようとしていた使者は押し黙る。


「もしかすると急な話でリンカ自身も動揺しているかもしれません。少し時間を貰えるとありがたく思います」

「し、しかし……」

「頼みます。世界に危機が迫っているのは分かっていますが、この子の気持ちも考えてやってください」


 ロイドも立ち上がり、リンカと共に使者へ深々と頭を下げる。

隣で頭を下げるリンカの横顔が、少し緩んだような気がする。

やがて使者は深いため息を吐いた。


「……分かりました。ではまた日を追って伺うことにいたします」


 使者はローブを翻す。

しかし数歩進んで、ようやく頭を上げたリンカへ鋭い眼差しを送った。


「リンカ殿、貴方に色々とあったことは知っておりますし、だからこそ静かに暮らしていきたいという気持ちはお察しいたします。ですが世界が危機に陥ってしまえば、貴方が望む“静かで穏やかな生活”は確実に脅かされます。そのことだけは努々(ゆめゆめ)お忘れなきように」


 使者はそう告げて、今度こそ小屋を出ていった。


「これで良かったんだよな?」


 リンカはロイドの袖を掴んで、コクンと頷いだ。

そしてすぐさま、いつも愛らしい笑顔を浮かべて、ぱたぱたと台所へ駆けていく。

いつも通り、夕飯の支度を始めたようだった


 リンカとの別れは一応は回避された。

安堵感があるのは確か。

しかし、この判断が正しかったのかどうか。

複雑な気分を抱くロイドなのだった。


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