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声を無くした魔法使い。されど彼女はSSランク


「ただいま」


 いつも通り玄関口で声を放つと、リンカがぱたぱたとやってきて出迎えてくれる。

 大分この状況には慣れたはず。

しかしここ最近は、妙にくすぐったいような、今まで以上に安堵感を抱くことが多い。


 今でもリンカはロイドの雇い主で、彼は声を失ったか彼女のために、傍に居る。

何も状況も、関係も、出会ってから今日まで何も変わってはいない。


「磨いていたのか?」


 居間のテーブルの上には、立派な装飾の短刀が置かれていた。

刃こぼれだらけで古ぼけてはいるが、丁寧に磨かれている“奇妙な短刀”は、どうやらリンカにとって“とても大事なもの”らしい。

ここ最近、彼女はその短刀を取り出していることが多かった。

 どんなものなのかを聞いてはみたい。リンカにとってどれぐらい大事なものなのかを知りたい。

だけどリンカはあいにくと声が無く、そんな興味本位のためだけに、羊皮紙を消費するのは勿体ない。

むしろ“他のこと”に使ったほうが、彼女は喜んでくれるように思った。


「そういえばまたリンカの巻物スクロールが売れたぞ。良い回復魔法だったと買い手が褒めていたそうだ」


 ロイドが硬貨のぎっしり詰まった小袋をテーブルヘ置く。

するとリンカは満面の笑みを浮かべる。


「ソレを磨き終えたら、コツを教えてほしい。ただし羊皮紙は2枚まででな」

「!」


 リンカの笑顔はたくさんのお金が手に入ったからではなく、ロイドが素直に頼ってくれたことが嬉しいらしい。

それぐらいの気持ちは、もう半年も一つ屋根の下でリンカと暮らしているので、言葉がなくともロイドにはわかった。


 眩しく、愛らしくて、綺麗なその笑顔にロイドはつい見とれてしまった。

自然と胸が高鳴り、身体が緩やかな熱を帯びる。


「……?」

「ああ、いや、なんでも……土産を買ってきた。まずは食べよう」


 こみ上げてきた恥ずかしさを気取られないよう、席に着く。

そしてリンカの喜ぶ顔がみたくて、わざわざ街の外れにまで赴いて買った、焼き菓子を差し出す。

 リンカは想像以上の、大輪の花のような笑顔を浮かべた。


 声は出ずとも、手を組み黙とうを捧げ、食べ物への感謝を。

そんな礼儀正しさも、リンカの良いところだった。


 サクサク、パリパリと、相変わらずリンカの食べる様子は小動物のようで愛らしい。

そんなリンカの、少し肉付きの良い唇へ、自分が着目していることに気が付く。


「?」

「あ、ああ、いや……一枚貰うぞ?」


 ロイドはぶっきらぼうに言い放って、リンカから視線を外しつつ、焼き菓子を頬張った。

味は緊張のためか、よく分からず。甘い、ということだけは何となくわかった。


 こんな感覚はついぞ忘れていた。最後にこんな気持ちを誰かに抱くのは、どれぐらい前だっただろうか。

不意に湧き起こった感情だった。でも、彼は久方ぶりであっても、その意味をきちんと理解していた。



 好意。



 既にロイドはリンカを一人の女性としてしっかりと認識していたのだった。

ならば当然、リンカが彼のことをどう思っているのかと気になる。


 歳は一回り以上も離れているし、彼は冒険者歴20年近くでようやくCランクで、彼女はSSランク。

傍から見ればまったく釣り合っていないし、住む世界もきっと違う。


 リンカならばそれこそ、貴族や勇者、聖王の家系に見初められてもおかしくはない。


 そんなリンカは果たして、ロイドのことをどんな目で見て、どんな感情を抱いてくれているのだろうか。


 その時、思考を払拭するように、玄関扉が鳴った。


「どちらさまですか?」

「突然のご無礼お許しください。我々は聖王都より参りました、使者のものです!」


 凛とした声が響き、扉を開ける。

 真っ先に飛び込んできたのは、聖王のシンボルカラーである“白”だった。

純白のローブを着た細面の気品漂う若者と、彼に付き添う立派な装備を身に着けた騎士が一人。

 嘘偽りなく、彼らは“聖王都”からの使者であるとみて間違いが無かった。 


「陛下の命により、リンカ=ラビアン様との接見をお願いしたい」


 使者と名乗る若い男は聖王直々の書面を見せ、信用を提示するのだった。


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