お祝い【後編】(甘口)
「で、ここで登場したるは鎚の豪傑ジール様ってよぉ!」
「よっ! ジールのおっちゃん、カッコいいにゃ! 男前にゃ! それからそれから~?」
すっかり出来上がったジールは既にロイドの祝いなど忘れて自分語りを始めていた。
ゼフィはお祭り好きなのかジールを煽りに煽って盛り上げている。
「あの、もしかしてジールさんって、一昨年まで練兵場で教官をしてました?」
と、割り込んだのは意外にもオーキスだった。
「おうよ! 練兵場での、鎚の鬼教官ジール様たぁ、俺のことよ!」
「やっぱり! あたしのこと覚えてます!? 半年間、訓練していただいたオーキスです! お久しぶりです、教官!」
「なんでぇ!? 俺のことなんかを覚えててくれたのか!?」
「前に治癒院で会った時にもしかしたらと思ってました。忘れるわけないじゃないですか、鬼教官ジール名物、メイス千回素振り! あれキツかったですけど、おかげで今じゃメイスはあたしの腕みたいもんですよ!」
オーキスは嬉々とした様子でメイスを振り回す動作を見せる。
ジールは教え子が記憶してくれていたことが嬉しい様子で、再び自分語りを始めた。
教官だったジールと、元教え子のオーキス――脇で思い出話に花を咲かせる二人をみていると、ロイドは、自然と【サリス】のことを思いだしてしまう。
未だにサリスの行方は、聖王国が全力を尽くしても分からないらしい。確かにサリスは数多の罪を犯した。許されざる者だ。しかしそんなサリスではあっても、ロイドにとっては元教え子であった。かつては実の妹のように親しみを感じていた娘だった。だからこそ、会えるのなら会って無事かどうかを知りたかった。せめて生死くらいは確かめてやりたかった。
そう思えば思うほど、心に黒い影が落ちてゆくような感覚が湧き起こっていく。
そんなことを考えていたロイドの視界の隅で、黄金色が揺れ動く。
「リンカ?」
ずっと隣に座っていたリンカは、彼の袖を引くと、柔らかな笑顔を送る。
きっと今までだったら、このリンカの所作の意図に気づけなかっただろう。
しかし今のロイドは、はっきりとリンカの気持ちが分かるような気がしてならない。
「ありがとう。気を使ってくれて。助かる」
リンカの笑顔を見て、心に落ちた黒い影が払しょくされたのだった。
「おっちゃん、おっちゃん!」
と、呼んできたのは対面に座っていたゼフィ。
「どうかしたか?」
「今度は僕からのプレゼントタイムにゃー!」
ゼフィは机の下においた大きな皮袋から、大きな土器を取り出して、机の上へ置く。
「これぞビムガン名物! 土器土蔵ワインにゃー!」
「おおっ! これがあの噂の!!」
送り先であるロイドよりもジールが嬉々とした様子を見せる。
しかし当のロイドはその価値がよくわからず首を傾げた。
「良いものなのか?」
「たりめぇよ! てか貴重品だぜ! 温度・湿度共に最適とされる土の中でじっくり熟成された銘酒中の銘酒! 完全密閉された土器の中での熟成は独特の香ばしく複雑な風味をワインへ付与する、らしんだな、これが!」
「らしい? 飲んだことは無いのか?」
「いやよ、これは……こっからは宜しく、ゼフィの嬢ちゃん!」
と、ジールは話をゼフィへ振る。すると彼女は柔らかな笑みを浮かべた。
「土器土蔵ワインを贈るのはビムガンにとって信頼と仲間の証なのにゃ。口に含むもので、更に酔っぱらうお酒にゃからね。信頼してて、信用している人にしか贈らないのにゃ。特に他の民族に贈るなんて滅多にないのにゃ。にゃけど僕はこれを今のおっちゃんに贈りたいのにゃ」
「いいのか?」
「もちろんにゃ! 僕は心の底からおっちゃんを信頼してて、信用してるにゃ。にゃから、僕の気持ち受け取ってくれるかにゃ……?」
いつも元気一杯なゼフィだが、今は少し不安げな様子を感じ取る。
「ありがとう、ゼフィ。君の信用と信頼に応えられるよう、これからも頑張る」
ロイドは迷わずワインの入った土器を受け取る。ゼフィの耳がピンと立ち、犬歯を覗かせながら満面の笑みを浮かべた。
「みゃーん! こちらこそ受け取ってくれてありがとにゃん! あと、ちょっと遅れちゃったけど言わせてほしいにゃ……おっちゃん、Cランク昇段おめでとうにゃん!」
ゼフィの気持ちの乗った言葉に、ロイドは思わず眼頭に熱さを覚えた。
誰かがこうして褒め、そして祝ってくれることが、こんなにまで有り難く、そして喜ばしいものだったとはと改めて思う。
「へぇー、ゼフィもおじさんへのプレゼント真面目に考えてたんだ?」
「にゃにゃ?」
「だってほら、ゼフィのことだから“僕がプレゼントにゃ~。おっちゃん受け取るにゃ~”なんてさ、いうかと思ってたからさ」
「オーちゃん、それちょっと酷いにゃ。僕だって真面目な時はあるにゃ。あとついでに、さっきの僕の物まね、全然似てなくて面白かったにゃよ?」
「えっ……?」
確かに似ておらず、ジールもリンカも、そしてロイドも含み笑いを隠しきれてない。
するとオーキスの顔がみるみる赤く染まった。
「わ、笑うなら笑ってよ! そうされると逆に恥ずかしいじゃん!!」
一同大爆笑。するとそういった本人は益々顔を赤くしたのだった。
「ほら、リンカも笑ってないで! リンカの番だよ!!」
オーキスは声は無くとも、お腹を抱えているリンカへ叫んだ。
すると一変、リンカは顔を引き締めた。俄かに緊張している様子が手に取るように分かる。
「大丈夫か?」
リンカは必死に首を縦に振り、肩から下げたポシェットへ手を伸ばす。
そしてポシェットから綺麗なピンクの包みを取り出して、ロイドへ差し出してきた。
「今開けてもいいか?」
リンカの首肯を確認して、包みを開く。
中から出てきたのは、鈍色の光沢を放つ、蛇の皮のような短いベルトだった。
「これは剣帯のベルトだな?」
リンカは俯き気味に、首を縦に振った。
そしておずおずとロイドが腰からぶら下げている剣の鞘を指す。
そうして貰って初めて気が付いた。
剣帯と剣の鞘の間にあるベルトが大分くたびれていて、いつ千切れてもおかしくはない状況だったことに。
「しかもさ、それってヒドラの皮でできてる凄く良い奴だから絶対に千切れたりしないし、一生物なんだよ?」
声を無くしたリンカの代わりに、オーキスが補足する。
「そんな良いものを……ありがとう、リンカ。大事にする。今付けてもいいか?」
リンカは強く頷き、ロイドは早速ベルトの交換を始めた。
彼女はよく自分のことを見てくれている。そのことにロイドは胸を熱くする。
「どうだ、似合うか?」
ベルトを交換した剣帯を付けて、リンカへ見せた。
彼女は満足そうで、愛らしい笑みを浮かべる。
そして最後に、まるめた羊皮紙をポシェットから取出した。
【Cランク昇段おめでとうございます! これからもいっしょに頑張りましょう!!】
出会った時よりも、遥かに立派な神代文字の筆致にロイドは感動を覚える。
きっとこの言葉を書くために、リンカは必死に練習したに違いない。
そんな健気なリンカの姿を想像しただけで、ロイドの胸は熱く焦がれる。
ロイドはDランクで、リンカはSSランク。本来は巡り合うことも無い二人。
齢だって一回り以上の離れている。
そんなちぐはぐな二人が、何のめぐりあわせか、未だに一緒にいる。
それなりの絶望と、無に近い希望――だけど、案外希望は突然現れるのかもしれない。これは長く冒険者を続けてきたロイドへの神様からのちょっとしたボーナス……いや、冒険者というものを続けていくうえでの、守りたい大切な人なのかもしれない。
「ありがとう、リンカ。俺の方こそ、これからもよろしく頼む」
彼の言葉に、彼女は笑顔で応えてくれる。
そんな二人へ向けて、心を通わせた仲間たちは、拍手を贈ってくれた。
ずっとこんな時間が続けば良い。
いつも傍に大事な人が居てくれる、こんな穏やかな日々がこれからもずっと。
そう願って止まない、ロイドの最良のお祝い日が過ぎていく。
そしてロイドはようやく、心の中にあるリンカに対してのふわふわとした気持ちへ“適切な言葉”を当てはめても良いのだと思うのだった。
ちなみに――
この日ジールは皆に気前よく奢ってしまったため、その月の小遣いを一夜で使い切ってしまったらしい。その件で奥さんにこっぴどく叱られたのだが、それはまた別の話である。




