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高貴なる魔法の血脈


「おい! ガーベラは俺たちの仲間だろ!? こんなのは止めてくれよ! 可哀そうじゃないか!!」


 勇者ステイは悲痛な様子の叫びをあげた。

彼の腕の中では、魔力で形作った縄で拘束された女神官のガーベラが大人しく座り込んでいる。


「なにが仲間よ! コイツはリンカを襲ってたんだよ!?」


 彼らを見下ろすオーキスは怒りに満ちた声を上げ、


「先生にケガをさせた。ただじゃおかない」

「ひっ!」


 サリスの冷たい声を聞き、ガーベラは明らかな怯えをみせた。


(サリスの奴、まずいな……)


 少し短気のきらいがあるサリスのことだ。

勢いに任せてガーベラを殺めかねないとロイドは危惧する。

 丁度その頃ロイドの腕へリンカは綺麗に包帯を巻き終えていた。


「ありがとう」

「……」


 リンカは申し訳なさそうに、千切れた鈴付きの赤い首輪を差し出してくる。

恐らく、ガーベラとのもみ合いで、切れてしまったのだろう。

しかし幸い重傷なのはこの首輪だけであって、リンカ自身は膝や肘をすりむく程度で済んでいた。


「気にするな。リンカが無事ならそれでいい」

「……」

「少し色々と聞いてくるな」


 リンカの蒼い瞳に見送られ、ロイドは拘束されたガーベラへ向かっていく。


「ガーベラ、これはどういうことだ? 話してもらおうか?」


 ロイドはガーベラの前へ立った。


「だからこれは俺たちパーティーの問題だ! おっさんは下がって……」

「あのさ、もうマジで黙って! ホント頼むから……」


 もはやオーキスはステイに対して呆れを通り越して幻滅している様子だった。

さすがのステイもオーキスの雰囲気を気取って黙り込み、二の句を継げずにいた。


「天の声が聞こえました……」


 突然ガーベラが唇を震わせ、薄く言葉を吐き出す。


「何?」

「魔法は高貴なもの! 選ばれしものが精霊様の加護を得ます! 卑しい輩が使って良いものではありません!!」


 怒り、憎しみ――そんな感情がガーベラの声を伝って流れ出る。

神職らしからぬ、邪悪なガーベラの視線の先。

そこにはリンカが居て、彼女は肩を震わせる。

 見ていられなかったのか、ゼフィはそっとリンカの肩を抱いた。


「下賤の身で魔力を扱うどころか、精霊様に触れた愚か者よ! 声を奪ったなら次は文字か! どこまで、どこまでお前は魔法を愚弄するか……。どこまで、どこまでも……!」

「まさか、お前がリンカの声を!?」


 ガーベラは不気味な笑みを浮かべる。

そこにいたのはもはや至高神にひざまずく聖職者ではなく、魔神そのもの。


「そうよ! 汚らわしいスラム出身の身で精霊様に触れた罰よ! テトラ家の名において、この私が精霊に代わって天罰を下したのよ!!」


 テトラ家といえば、魔法使いを束ねる“魔法協会”において中枢を成す名門中の名門である。

神官の“ガーベラ=テトラ”は確かに、その魔法の名門一家の長女である。


確かリンカが声を失ったのは、魔竜の祠でロイドがステイのパーティーをクビになったのと同時期。

あの時、ガーベラは実家の用事と語り、遅れてパーティーに合流してきていた。

もしかすると、その間にガーベラはリンカと接触して、彼女の声を奪っていたのかもしれない。

 加えてガーベラはものを投げ捨てる悪癖があった。リンカが所持していた“沈黙サイレンス”の術が込められた液体魔法の小瓶がリンカの近くに転がっていたのも、その悪癖が出た結果であると推察できた。


「ねぇ、オーキスも、ステイもそう思うでしょ!? 魔法は高貴なる血脈にのみ許される神聖なる力! どの腹から産まれたか分からない輩が使って良いものじゃないわよね!? 九大術士が親戚で勇者のステイなら分かってくれるわよね!?」

「えっ!? あ……えっと……」


 さすがのステイも豹変したガーベラからそそくさと離れていく。

そんな彼の前を長いポニーテールが素早く過る。


 迷いも無く振られた平手は“パンっ!”とガーベラの白磁の頬を真っ赤に染めあげた。

異常なガーベラを黙らせ、そして蔑むように睥睨するのは――若葉色のローブを着た魔法使いの“オーキス=メイガ―ビーム”


「オ、オーキス何を……?」

「理解してたまるか! お前がなんと言おうとリンカは凄いんだ!」


 瞳に戸惑いを浮かべるガーベラへ、オーキスは淀みなく叫んだ。

ガーベラはその迷いのない声に気圧され、唇を閉ざす。


「スラム出身が何!? リンカの才能は本物なんだ! 血筋とか、どこで産まれたとか、そんなの関係ない! アンタがどう言おうとあたしはリンカを尊敬している! この子こそ精霊様の祝福を受けた、唯一無二の魔法使いなの! テトラの家がなんだっていうの! アンタこそ魔法と精霊様を蔑む愚か者だ!!」

「へへ……うへへ……」


 するとガーベラは不気味な笑みを浮かべた。

それは狂気に満ちた、邪悪な笑み。

もはや神職の仮面、穏やかな顔は崩壊している。


「オーキス、貴方は愚か者です。この言葉も、私の行動も全ては天の声のお導きなのですよ?」

「な、なに言っているのこの子……?」

「そう! これは全て、精霊を束ねる天上の御方のお導き! 私はその信徒として、魔法の守護者たるテトラの人間として……んぐっ!?」


 突然ガーベラが黙り込む。何度も声を出そうとするが、ひゅうひゅうと声が漏れ出すだけ。


「もう煩いんだけど。沈黙サイレンスかけたけど良いよね?」


 サリスは魔法を放ち終え、銀の輝きが消えた腕輪状の杖を下げた。


 それでもガーベラは憎しみに満ちた視線でリンカを睨んでいる。



 血統に強く拘る過激な思想の魔法使いがいるという噂をロイドは思い出していた。


 【魔法は高貴な一族にのみ許されるもの。雑種は排除すべし】


 確かに魔法使いの多くは有名な一族の出身者が多い。

 サリスは先祖を辿れば滅亡した高貴なハイエルフ。ステイは聖王都九大術士の親戚で、オーキスも平民ではあるが、豪商の次女。

ゼフィは流浪の民ではあるものの、獅子拳レオマーシャル狼牙拳ウルフマーシャルを収めた屈指の拳士で、“戦闘民族ビムガン”の族長の娘である。


 今居るメンバーを見渡せば、確かにリンカとロイド以外は高貴な身分である。

しかしそんなメンバーを差し置いてリンカは精霊召喚に初めて成功した唯一のSSランク。

リンカがスラム出身で且つ、孤児といった境遇は、過激思想の魔法使いからすれば格好の獲物に違いない。


「探索はここまでね。もう戻ろうか」

「そうだねぇ。じゃあ、私は荷物まとめてくるね」


 オーキスの提案にサリスは乗り、パタパタと安全地帯へ戻ってゆく。


 かくして、探索はガーベラの暴挙のせいで終いとなり、ロイドたちは帰路へと着き始めたのだった。


「なぁなぁ、ガーベラはどうするにゃ?」


 帰り際、先行するオーキスへゼフィは聞く。


「リンカを殺そうとしたんだ、このまま解放はしない。それにリンカの声の件もあるし、憲兵に突き出す。徹底的に調べてもらう」


 オーキスは迷わず、まっすぐと、彼女らしく応える。


「お、おいおい、いいのかよ? ガーベラはお偉いさんの、しかも“テトラ家”の娘さんだぜ?」


 ステイの危惧も尤もだった。テトラ家に逆らって消された冒険者、魔法使いは数知れず。しかも聖王キングジムからの信頼も厚いテトラ家を敵に回せば、幾ら聖王国正規軍へ100年間、正式採用装備を納入し続けているメイガ―ビーム家であっても、ただでは済みそうもない。


「でもこの女はリンカの声を奪って、今度は殺そうとしたんだ! たとえこの人の家が凄かろうが、友達を危険な目に合わせた奴を野放しになんてできない! もしテトラ家が攻めて来てうちに迷惑がかかるんだったら、あたしはメイガ―ビームの名前を捨てて戦う! この女を絶対に許さないし、リンカを守ってみせる!」


 オーキスの熱い想いを受けて、ステイは口を閉ざした。


 オーキス=メイガ―ビームという少女の言動はたしかにきつい。

想いと言葉を必ず行動に移す、男勝りなところがある。

 しかしそれが彼女の良いところ。


 正義を信じ、己が道を突き進む。

友ためならばたとえ困難な道であっとも厭わない。


 まっすぐで、正義感に溢れ、勇気がある。

彼女を“真の勇者”といわずして、勇者とはいったい何か?


「オーちゃんカッコいいにゃ! 男前にゃ! そん時は僕も一緒に戦うから安心するにゃ!」

「男前って……あはは……でもありがとうゼフィ! あんたが一緒なら百人力ね!」


 オーキスは苦笑いを浮かべているが、まんざらでもない様子だった。


「いい友達に恵まれたな」


 ロイドが囁くとリンカは嬉しそうにうなずく。

そしてオーキスのことを更に見直すロイド。

煙草を吸いたいが、嫌煙家のオーキスのために、今は我慢しようと思ったのだった。


「きゃっ!」


 そんな中サリスの悲鳴が聞こえた。

一同が踵を返すと、ガーベラを拘束していたサリスが弾き飛ばされている。

脇には拘束魔法が何故か解け、自由を取り戻した神官のガーベラ=テトラの姿が。彼女の口から、常人では聞き取れない速さで詠唱が漏れ出す。


「プ、プロテクションっ!」


 本来は敵の攻撃を防ぐための光輝く魔法の壁。

それがガーベラを中心に発生し、ロイド一行を激しく突き飛ばす。


「く、薬! 薬! ああ! 早く……!」


 ガーベラは目を血走らせ、口から涎を垂らしながら、逃げるよりも先に懐から小瓶を取り出す。

流し込むように中身を一気に飲み干す。

すると、瞬時に呼吸が落ち着いた。


「……ああ! 天啓が! 天に住まう偉大なる御方のお声が! あははは!!」


 自由の身となったガーベラは、狂ったような笑い声を上げ、迷宮の闇へ駆けてゆく。白装束はあっという間に闇の中へ溶けて消えた。


「サリス、大丈夫か!?」

「あいてて……逃げられちった」


 サリスはお尻をさすっていたが、大事はなさそうだった。


「リンカ! ガーベラを追ってくれ!」


 リンカは強く頷き、先行する。

相手の魔力を感知できる最高クラス魔法使いの跡を追って、ロイドたちは再び迷宮を駆けだすのだった。


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