勇者ステイ=メン その危機 (*勇者ステイ視点)
(ああ、くっそ! エレメンタルジンにまで遭遇するなんてツイてなさすぎるだろ!?)
疲弊。焦燥。恐怖――生まれて初めて、負の要素が同時に押し寄せて、勇者ステイ=メンは端正な顔立ちを、ぐにゃりと歪ませていた。立派なオリハルコン製の装備もひび割れ、宝剣は魔法を乱発しすぎたため、焦げ付いている。
迷宮浅層までの踏破は余裕だった。しかし中層に入った途端、ステイを始め、皆が魔法を使えなくなった。
物理攻撃に特化したメンバーを探そうとはしたが、ステイの色眼鏡に適う、美人や美少女が見つからなかった。だったら陣形が組めずとも、従順な今のメンバーのみで良いや、と判断していた。
それが仇となった。
そのためにオーク程度に苦戦を強いられたし、単純な落とし穴の罠にさえはまってしまった。
脱出しようともなかなかできず、満身創痍のところに現れたのは新種の脅威のモンスター:エレメンタルジン。
「ゼフィ、立て! お前が真っ先に伸びてどうすんだよ!!」
獣の血を引く“戦闘民族ビムガン”。その族長の娘でAランクの女格闘家のゼフィは倒れ、そして気絶していた。
いつもならばゼフィに先陣を切らせて、相手の出方を見るのがセオリー。しかし今回は上手くいかず、ゼフィは真っ先にやられ、今に至る。
「おい、こらオーキス起きろ! 俺を一人にすんなよ!」
今度は足元に転がっていた、幼馴染で恋人のオーキスへ縋る。
だがオーキスもまた気を失っている。
彼女は奮戦した。
先鋒のゼフィが破られ、それでもステイは“魔法封じ”の結界の中で、苦痛を覚悟で詠唱を始めた。
そんな勇気ある彼が最大魔法の“ゴールデンボンバー”を放つまで、オーキスはメイス一本で必死に守り続けた。
しかし相手は打撃に強く、魔法も効かない脅威の巨人。たとえ、物理攻撃をもこなす闘術士であっても、武器がメイスである以上、エレメンタルジンに有効打は与えられない。
それでもオーキスは決死の覚悟で戦い、渾身の一撃を敵へ見舞ってステイの花道を切り開いた。
そしてステイのゴールデンボンバーの発動を見届けて、意識を閉ざす。
最後の一撃を、自分の命を、愛するステイに託して……
「この糞女が! 肝心な時に伸びやがって!」
そんなオーキスの純真を踏みにじるように、ステイは起きない彼女の背中を遠慮なく踏みつけたのだった。
「いつもぎゃあぎゃあうるせぇくせに、こんな時ばっかり黙りやがって! だからてめぇはいつまでたっても胸が大きくなんない――ひっ!?」
ドスン、と鈍重な音が聞こえ、青白い揺らめきがステイを照らし出す。
訳のわからないステイの文句はかき消され、情けない怯えが声が溢れ出す。
そんなステイに“巨人の魔眼”は冷たい視線を送るだけだった。
岩とも鉱物とも取れる不可思議な体表。オーガやゴーレムよりも遥かに巨大なそいつは、全身から魔法をかき消す青白い光を放っている。
【エレメンタルジン】
ごく最近、迷宮で存在が確認された新種のモンスターであった。
硬い表皮は打撃を弾き、魔法攻撃への強い耐性がある。
唯一の弱点と言えば、可動部分が柔らかく、そこを刀剣類で集中攻撃するぐらいであった。
ステイ自身も、一応剣を持つ魔法剣士ではある。
しかしできることといえば切る、薙ぐ、刺すぐらいの通常攻撃程度。
むしろ剣を振るわずとも、持って生まれた莫大な魔力から発せられる、高威力な魔法で今まではなんとかなっていた。
いくら魔法耐性が強いエレメンタルジンだって、倒せるはず。
だが現実は、剣技をロクに習得せず、魔法ばかりに頼っていた経験不足な勇者殿へ厳しい試練を課していた。
これが試練と思えれば、まだ立派なもの。
しかし【斬撃が有効】と聞き、よりにもよって先日、パーティーをクビにした“Dランク冒険者:ロイド”のことを思いだす。
――あいつさえクビしなければよかった。
――アイツを盾役にすれば良かった。
―― 一人で突っこませて、とどめを自分が刺せば良かった。
――育成ボーナスはなくすけど、自分が死ぬよりはマシ。
――Sランクの自分が死ぬよりも、Dランクのおっさんが一人消えるのだったら、世の中は絶対後者を取るはず。
そんなステイの都合のいい妄想をかき消すように、エレメンタルジンはまた一歩近づいてくる。
「うっ……」
その時、オーキスとは反対側で倒れていた、女神官が呻きを上げた。
「ガーベラ! 無事か?」
「は、はい……ステイも……?」
「ああ! 俺も無事だ! 良かった! お前だけでも目覚めてくれて!」
ステイは感極まってガーベラを抱きすくめる。
確かにガーベラは人一倍頑張った。ずっと後ろで液体魔法を使って回復や、能力強化をしてくれた。ずっと後ろで危ないときにアイテムを使ってくれた。ずっと後ろで戦うステイを一生懸命応援してくれた。
ゼフィやオーキスと違って、ガーベラだけはステイを一人にしなかった。
思い返してみれば体の相性だってガーベラが一番具合が良かった。
獣じみたゼフィとのセックスよりも、普通でつまらなすぎるオーキスのものよりも、献身的で奉仕的なガーベラとの性交が一番心地が良かった。
(そうか、俺はガーベラと結ばれるために生まれてきたんだ!)
これからはガーベラを優先しよう。ゼフィは身体が魅力的だからまだ残しておいてやっても良い。
しかしロクに胸もない、口うるさいオーキスは飽き飽きだ。この迷宮から無事脱出したら捨ててしまおう。荒くれ者へ適当に金をばら撒いて、凌辱させて、ボロボロにしてしまえ。そうすればオーキスは言わずとも、彼の下から去ってくれるはず。大人しく地元へ帰って、もう二度と姿を現さないだろう。豪商の娘だろうと、所詮は平民。約束されているのは金だけだ。
それに比べガーベラは魔法協会のお偉方の娘だ。ガーベラと結婚できれば、金に加えて権力も手に入る――聖王都九大術士の一人や、聖王だって夢じゃない。
(そうだ! そうだ! そのために俺はガーベラと生き残らないと!)
そんな都合の良い妄想は、またしてもエレメンタルジンの足音で吹き飛ばされた。
「ひぃっ! ガ、ガーベラどうしよう!? 俺はどうしたら!?」
「大丈夫。ステイは、勇者……きっと精霊の御導きが……」
「いや、それは分かるけど! だから、どうやっ――ッ!?」
エレメンタルジンの影が落ち、ガーベラを抱きすくめるステイを青白く染め上げる。
巨大で硬そうな拳が昇り、身体の大きさ以上の野望を持つ、小さな人間へ狙いを定める。
「お、俺は聖王国九大術士が一人炎のバニングの親戚で、聖王第二子キャノンと勇者養成所の同期だぞっ! 無礼者ぉー!」
ステイの意味不明な叫びが響き、巨腕が振り落される。
その時、ステイは目にする。
天井の穴から滑り出てきた影。そいつは、エレメンタルジンの首筋へ向けて、鋭く剣を過らせる。
「NUN!?」
拳はステイへ落ちず、目の前のエレメンタルジンは僅かに仰け反った。
エレメンタルジンの背後に降り立った影は、一、二、三。
金髪の小柄な魔法使いの少女。銀髪の元気そうな女のエルフもどき。そして、薄汚れた皮の鎧と、無銘の剣を携えた、くたびれた男。
(なんであいつが!?)




