35 総攻撃
「おかしいぜ。こんな大物がいる気配は、さっきまで全然なかったぞ!」
玲七郎は北の方を睨んだ。只事ではないその様子に、さすがに玄田も不安になったようだ。
「広崎先輩と風太さんと皐月ちゃん、大丈夫すかね?」
「とにかく行ってみよう!」
二人は『南のムラ』エリアから北へ走った。
と、この葦野ヶ里遺跡歴史公園全体の上空に、ドーンと大きな衝撃音が響いた。
「ん?」
玲七郎が見上げると、火球のようなものが上空から降りて来ようとしていた。ところが、見えない壁にぶつかったように弾き返され、ドーンと音が響いた。先程の衝撃音と同じだ。
「あれは傀儡師の式神だな。形振り構わず攻撃してやがる。って、ことは。お、別のも来たぜ」
今度は青い稲妻のようなものが落ちてきたが、やはり、見えない壁に阻まれ、キーンという耳を劈くような音がした。
さらに、細長い黒い霧の塊のようなものも見えない壁に体当たりしたが、バンと弾かれた。
一体ずつでは敵わぬとみて、三体が同時に攻撃を始め、そこに加勢するように、小さな青白い炎が次々と壁にぶつかって行く。
「こりゃ大事だな。急ごう!」
「はいっ!」
二人が駆けて行く先に、大勢の蜥蜴人間に囲まれた皐月の姿が見えた。さらにその向こうでは、巨大化したツァトゥグァとぬかり坊が取っ組み合っている。
玲七郎は走りながら、扇子を取り出した。
「先に子狐を助けなきゃな。玄田、気持ち悪くなるかもしれねえから、目え瞑ってろ!」
「そんなあ、目瞑って走れないっす!」
さすがに玲七郎も苦笑した。
「そりゃ、そうだな。よしっ、じゃあ行くぜ、斎条流斬霊剣!」
玲七郎は扇子を刀の柄のように握ると、蜥蜴人間たちに接近し、次々に見えない刀で斬りつけた。
絶叫しつつ倒れていく蜥蜴人間たちは、斬られたところからドロドロした緑色の体液を溢れさせ、そのまま地面に吸い込まれるように姿を消した。
「子狐、無事か!」
「斎条さま、ありがとうございます。わたくしより、風太さまとお連れの女性が」
「女性? 連れは広崎って男だろう?」
「あれは偽物でした。名前はわかりませんが、古きものの一味です」
「そうか。怪しいと思ったよ。で、女性ってのは?」
「風太さんは『相原さん』と呼んでいました」
ようやく追いついて来た玄田が、「ええっ、晴美ちゃんが、ここに来てるんすか?」と叫んだ。
玄田の声に反応して、「あたしはここよ」という少しくぐもった声が聞こえた。
「えっ、どこ?」
再度玄田が尋ねると、近くの甕棺がパクッと開き、中から相原が出てきた。すると、その甕棺は小さく丸まって毛の生えた小動物に姿を変えた。狸のようだ。
「昨晩の詫びじゃ!」
そう叫ぶと、サッと逃げて行った。
相原は玄田の顔を見て、心底安心したように微笑んだ。
「あたし、助かったのね」
「うん。でも、晴美ちゃんが、どうしてここに?」
「黒猫に頼まれたの。広崎先輩の偽物に風太さんが騙されてるから、警告してくれって。それは上手くいったんだけど、その後、蜥蜴みたいな人間に取り囲まれちゃって。どうしようと思った時、小さな狸が足元に現われて、匿ってくれたのよ。玄田のことはこれでチャラにしてくれ、って言ってたけど、何かあったの?」
玄田は少し顔を赤らめ、「な、何でもないよ」と俯いた。
「ああ、そうだわ。風太さんが大変よ。広崎先輩の偽物と蜥蜴みたいな人間に、どこかへ連れて行かれたのよ!」
その時、今迄以上に激しい爆音が響きわたり、歴史公園上空の見えないドームが真っ赤な炎で浮き上がり、バラバラの破片となって砕け散った。
次の瞬間、火球、青い稲妻、黒い塊などが、一斉に雪崩れ込んで来た。
暗闇の中で、風太を締め付けていたヌメヌメした触手の力が、フッと弛んだ。
(うーむ、うるさい奴らめ。ゆっくり食事もできぬ。仕方ない、少し相手をして来るぞ。おまえはここで大人しく待っておれ)
真っ暗闇でも、圧倒的なクトゥルフの存在感が消えたことはわかった。だが、風太は指一本動かせなかった。全身が痺れている。パワーを根刮ぎ奪われたようだ。
微かに唇が動き、呻くような声が漏れた。
「ほ、む、ら……」
そのまま、風太は気を失った。




