最終話・幸せな結婚に至る道
出立から十日ほどで、リオン様たちは大きな怪我もなく帰還いたしました。反乱軍を一人残らず捕らえ、隣国の正規軍に引き渡したのです。先代侯爵夫人が迅速に根回しをしてくださったおかげで特に大きな外交問題にはならず、むしろ感謝されたとか。騎士団の働きが報われて何よりです。
心配されていたリジーニ伯爵領の民たちも無事に助け出したとのこと。今後は国境に塀を作り、警備を増やすなどして同じような事態に陥らぬよう対策をしていくそうです。
一番驚いたのは、グレース様の行動でした。
「国境という要所でありながら目が行き届かなかったのは、リジーニ伯爵領に対する関心の薄さのせいですわ! あたくしが嫁げば嫌でもお父様やお兄様がたが守りを固めてくださいます」
そう言って、貴族学院の卒業を待たずにデュモン様に輿入れしてしまったのです。当のデュモン様やリジーニ伯爵は恐縮しまくっていたのですが、可愛い末娘が決めたこと。カレイラ侯爵家はグレース様を嫁がせることに反対はしませんでした。彼女の狙い通り、リジーニ伯爵領は攻め入る気を起こせぬほどに堅固に守られ、平穏を取り戻したのです。
「まさかグレース様が伯爵家に嫁ぐなんて」
「そんな予感はしてたのよ。傷付いたデュモン様を見て取り乱してたでしょ?」
「デュモン様もずっと『オレのお嬢』って言ってましたものね」
結婚式に招待された私とコニスとアリエラは、幸せそうな二人の姿を眺めながら笑い合いました。
本当に想い合える相手と結ばれるためなら、きっと多少の問題くらい軽々と乗り越えられるのだわ。
──しかし。
「アルド様がまた出奔!?」
「父上からダナとの結婚を反対されてな。認めてくれるまで帰らないと書き置きがあった」
アルド様は調査の過程で他国の隊商の娘ダナさんと関係を持ち、それを理由にグレース様から婚約を破棄されたのです。愛人としてならともかく、高位貴族の正妻に他国の平民を迎えるわけにはいかないとネレイデット侯爵様は考えたのでしょう。私も同意見ですけれど、まさか再び出奔されるとは。
「兄上の件はさておき、俺たちの将来の話だが」
自分たちには関係ないとばかりにリオン様は話を進めようとしておりますが由々しき問題です。もしダナさんとの結婚の許しが得られなかった場合、きっとアルド様は戻りません。最悪、廃嫡だって有り得ます。アルド様は自由な御方ですから、貴族の地位なんか関係なくどこでも楽しく暮らせるでしょう。ダナさん自身も特に身分にこだわりはないようでした。
思い悩む私をよそに、リオン様はそわそわしながら嬉しそうに話を続けております。
「せっかく休学していることだし、フラウ嬢さえ良ければこのまま結婚……」
「じょっ冗談じゃありませんわ!」
アルド様が戻らなければ、リオン様が我がヴィルジーネ伯爵家に婿入りできないではありませんか。一周まわって再び同じ壁にぶつかるとは思いませんでしたわ。
「婿入りできないなら結婚しません!」
キッパリ言い切ると、リオン様は先ほどまでの浮かれた様子から一転、暗く沈んでしまわれました。しばらく沈黙した後リオン様に手首を掴まれ、間近で視線が交わります。
「別に婿入りしなくても構わないのではないか」
「なっ……」
リオン様がそんなことを仰るなんて。私がこれまでヴィルジーネ伯爵家を守るためにしてきた努力や覚悟を無下にされた気がして胸が痛くなりました。
「あ、あなた様には取るに足らないことかも知れませんけど、私には譲れない条件なのです!」
一連の騒動を通じて少しは分かり合えたと思いましたのに、何ひとつ伝わっておりませんでしたのね。
「ち、違うんだフラウ嬢!」
私の目からこぼれた涙を見て、リオン様が顔色を変えました。慌てて上着のポケットを探ってハンカチを差し出してきましたが、受け取らずに視線をそらします。
「すまない、また言葉が足りなかった」
彼の手が私の頬に添えられ、そっと顔の向きを変えられました。間近に見えるリオン様のお顔は苦しげに歪んでおります。
「その、とりあえず結婚して、子を作って、その子をヴィルジーネ伯爵家の跡取りとして据えれば問題ないのではないかと思って」
「……はい?」
「フラウ嬢のお父上であるリュシオン卿はまだ若い。あと二十年くらい現役でいられるだろう。もちろん俺も仕事を幾つか引き受けるし、領地のことも覚える。それが駄目ならヴィルジーネ伯爵家に婿入りして、男児が生まれたらネレイデット侯爵家の跡取りにするとか。だから……」
必死に私を引き留めようとするリオン様の姿に、何だか怒り続けているのが馬鹿馬鹿しくなってきました。何より、言葉足らずな彼がここまで言葉を尽くしてくれているのです。そろそろ折れねばなりません。
「そこまでして私と結婚したいのですか」
「ああ。結婚したい相手は君しかいない」
いつかの話し合いの時にも同じ言葉を言われたことを思い出し、クスッと笑ってしまいました。ようやく私が笑顔を見せたからか、リオン様は大きく安堵の息をついております。
「さあ、涙を拭くといい」
「ありがとうございます」
差し出されていたハンカチを受け取り、目元に残る涙を拭います。
あら、ハンカチにしては生地が薄くて滑らかですわね。変わった素材で作られているのかしら。不思議に思って広げてみますと、それはハンカチではなく、薄絹で作られた扇情的な下着でした。綺麗に小さくたたまれていたから、全く気付きませんでしたわ!
「リオン様、これは一体」
「ち、違うんだ、フラウ嬢。これはダナの隊商が取り扱っている品で」
以前別邸の客室で見つけた夜着によく似ておりますが、デザインが少々違います。あれはアルド様がダナさんから買ってクローゼットに置き忘れていたものでしたのね。
「まさか隣国に行っている間にこのような破廉恥な品を購入したのですか? 命懸けで反乱軍を征伐しに行ったと信じておりましたのに」
「誤解だ! 家を出る兄上たちを見送った際に餞別代わりに貰っただけで」
「どーしてアルド様を引き止めずにお見送りしてますの!」
「兄上はこうと決めたら誰にも止められんのだ!」
必死になって弁解するリオン様がおかしくて、もう少しだけ意地悪することにいたしました。
「あーあ、リオン様にはガッカリですわ。こうなったらやはり婚約は解消して、他の殿方と結婚しようかしら」
そういえば、コニスの従兄弟であるシエロ様の件がありました。ネレイデット侯爵家の跡取り問題はまだ解決しておりませんし、リオン様の一存で決めることはできません。もし本当にリオン様との婚約が破談になったらシエロ様に声を掛けてみてもいいかも……なんて、本気ではありませんけれども。
わざとそっぽを向く私の腕を掴み、無理やりリオン様が抱き寄せてきました。力加減一切無く抱擁され、息ができません。
「他の男が君の視界に入らぬよう、もう一度別邸に閉じ込めようか?」
「……またですの?」
「フラウ嬢の気が変わるまでだ」
やはりリオン様は不器用な御方のようです。出入り自由な別邸の客室で囚われたふりをする私も、きっと同じくらい不器用なのでしょう。
生涯あなた様の腕の中で監禁され続けるのも良いかもしれません。
『別れを告げたら監禁生活!?』完




