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32話・突然の断罪劇

 老コックもとい先代侯爵様が連れてきた医師により、デュモン様の怪我はすぐ治療されました。幸い傷はそれほど深くはありませんが、背中を大きく斬られており、何針か縫うことになりました。


「デュモン、デュモン、痛くない?」

「大丈夫です。お嬢が無事で良かった」


 グレース様はデュモン様のそばから片時も離れずに付き添っております。ひとまず別邸の一室で安静にし、容態が落ち着くまで様子を見ることになりました。


 治療を終えた頃合いを見計らって部屋に入ると、デュモン様は私たちに向かって頭を下げました。その姿勢が背中の傷に響き、苦痛に顔を歪めますが、彼は頭を下げ続けます。


「この度はオレの浅知恵で両家を巻き込み、申し訳ありません。非は全てオレにあります」

「……」


 リオン様は無言のままデュモン様を見下ろしておりましたが、すぐ小さく息をついて口を開きます。


「領民を人質に取られていたのだ。良い手段だったとは言えんが、気持ちは分からんでもない」


 許すわけでも責めるわけでもなく、リオン様はただ理解を示されました。


「それより今後どうするかが問題だ。あの男たちが戻らねば反乱軍も怪しむ」


 カレイラ侯爵家の私兵と入れ替わっていた反乱軍の男たちは全員捕らえております。このまま解放するわけには参りませんが、急に彼らと連絡が取れなくなれば反乱軍に警戒されてしまいます。


「国内ならば騎士団も動けるが、恐らく反乱軍のアジトは隣国にある。どうしたものか」


 リジーニ伯爵が騎士団に助けを求められなかった理由は正にこのためです。国境を越えての軍事行動は外交問題に発展しかねません。脅されていたとはいえ、反乱軍に活動資金を提供していた事実があります。隣国側からすればどちらも等しく警戒対象なのです。


 もし一時的に国外へと追い払えたとしても、騎士団が退いた後にまた再び同じことが繰り返されます。反乱軍のアジトを潰し、リーダーを捕らえねば意味がありません。


「反乱軍のアジトの場所は分かるか」

「いや。国境から向こうがどうなっているかはオレも知りません」

「そうか」


 せめて場所さえ分かれば、とリオン様が頭を悩ませております。国境からさほど離れていない場所であれば、ひっそり討ってしまうつもりなのかもしれません。


 しん、と室内が静まり返りました。この後どうすべきか分からず、誰しも言葉を発せられずにおります。


「──アジトの場所、分かるよ」


 涼やかな声が沈黙を破りました。振り返ると、部屋の入り口に一人の青年が立っておりました。傍らには褐色の肌をした活発そうな女性を伴っております。彼はにこやかに微笑みながら、軽やかな足取りで私たちの元へと歩み寄りました。


「兄上」

「アルド様!」


 リオン様とグレース様がほぼ同時に声を上げました。彼はリオン様の兄で、グレース様の婚約者。ネレイデット侯爵家の嫡男、アルド様です。


「ごめんね~。おおごとになる前に戻りたかったんだけど、なかなか思うようにいかなくてさ~。あはは」


 謝罪はしておりますが、反省の色は見られません。アルド様の出奔によって振り回された私たちは、怒れば良いのか喜べば良いのか分からず、ただポカンと口を開けるしかできませんでした。いち早く気を取り直したのはグレース様です。


「どこに行ってらしたの、アルド様! あたくし心配しましたのよ?」


 グレース様の言葉に、アルド様は微笑みの表情を崩さぬままこう言い放ちました。


「僕からリオンに乗り替えようとしてたよね?」

「え? そ、それは……」

「とても残念だよグレース。僕を信じて待つ気はなかったんだね」

「だ、だって」


 笑顔で責められ、グレース様はしどろもどろになっていきました。


「今回の調査はカレイラ侯爵家にも関わることだから僕が直々に出向いたというのに、君はたった半月も待てなかったのかい? あんなに尽くしたのになぁ」

「ち、違いますわ! あたくしは家同士の繋がりのために……!」


 元はと言えばアルド様がいきなり姿を消したせいですのに、何故彼はこんなに強気でいられるのかしら。優しい顔つきに似合わず有無を言わさぬ迫力があります。


「そのために弟の婚約者をイビりまくってたんだ? ちょっとどうかと思うよ」

「なっ……!」


 グレース様は満足に言い返せず、どんどん追い詰められていきました。


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