005 加護の授与と公爵邸
一夜あけ、天音の聖女としての任務が始まった。といっても、肉体労働があるわけではない。
「愛する者を守るため、闘いへと赴く皆様に、異界からの加護を授けます――ルミネルシューテ」
セリフを読みながら、天音は顔が赤くなるのを感じた。高校生にもなって、こんなにも厨二めいた言葉を吐くことになるなど、思ってもみなかった。それも、騎士の装いをした大勢の前で、である。
さらに厄介なのは、これがプラシーボ効果によるものではなく、実際に効力があることだ。加護を与えられた人物は普段の1.5倍ほどの力やスピードを発揮できるらしい。
――自分が羞恥心に耐えるだけで人の命が助かるのなら、安い方だろう。
そう言い聞かせたものの。
「くうぅぅ〜っ!」
騎士たちが去った後、天音はしゃがみ込み、顔を手で覆った。
顔を上げると、彼らの乗る翼の生えた使い魔が遠くの空にずいぶんと小さくみえた。
◇ ◇ ◇
天音は公爵邸に帰還した。徒歩で、とはいえ、加護の授与は隣の訓練場で行ったため、大した運動量ではない。ないのだが。
「はあっ、はあっ……」
万年持久走最下位、移動は全て送迎が故の運動不足、用事がなければ外に出たくないインドア派である天音にとっては息切れするレベルのキツい運動である。
そして、公爵邸は広い。天音が豪邸と聞いて想像する十倍の広さはある。
やっとの思いで玄関まで辿り着いた天音は、そのままへたり込んでしまった。
数分身動きせずに体力を回復させ、そのまま自室へ戻った。
シンプルなデザインの椅子に座り、差し出された紅茶を口に含む。上品な香りが鼻腔をくすぐった。そのあたたかさが疲弊した心身に染み渡る。
「とっても美味しいですね」
後ろを振り返り、紅茶をいれた女性に微笑みかける。笑顔は人間関係の潤滑油だ。
そう思ったのに、彼女は何故か困ったような顔をした。
「わたくしのことはお気になさらず」
そんなものなのだろうか。やはりこちらの常識はわからない。第一、感想を伝えることの何がいけないのだろうか。
もやもやとした気持ちを紅茶で流し込み、天音は息を吐く。
――つぎに紅茶が出された時には、砂糖を抜いてもらおう。
甘ったるい紅茶を飲み干し、砂糖がまぶされたクッキーに手を伸ばす。甘党である天音の目にも、この家の砂糖の使い込みは少し過剰に見えた。
だが、今日の天音の目標は、口に合う食事ではない。
「あの、本って、あったりしますか?」
次の更新は12月13日土曜日です。




