004 エリアスの来訪
それからは、細かい説明を受けた。
元の世界へ戻る時は、来た時の時間軸に戻るらしい。専門用語が多くよくわからなかったが、夕方の図書館にいたあのときに戻るということだろう。
寝泊まりはこの建物の中でできるそうだ。この部屋だけでこんなに大きいのだから、全体で見ると相当な豪邸だろう。
また、欲しいものがあったら基本的に用意してくれるようだ。ありがたい。
そして、部屋を出る直前、天音は踵を返した。名前を聞いていないことを思い出したからだ。
「あの、私は天音と言います。あなたは?」
男性は椅子に座ったまま答えた。
「レンシュミット公爵、フライムートだ」
"こうしゃく"には公爵と侯爵があるが、脳内で公爵に変換された。おそらく、この世界で二つのこうしゃくは別の発音なのだろう。何気に便利だ。
そんなことを考えながら、天音は部屋を後にした。先を行くメイドに追いつかなければならない。方向音痴の天音がこんな豪邸を一人で歩けるはずもないのだ。
案内された部屋は、一言で表すならば豪華だった。天蓋付きのベッドなんて、天音は見たことがなかった。明らかに高級そうな絨毯は踏んでしまうのが勿体無く感じる。
「はぁーっ」
大きくため息を吐き、ベッドへ大の字で寝転がる。ふかふかの布団が天音を受け止めた。
「国を救うとか……わかりましたって言っちゃったけどさ」
まだ、受け入れきれていないのだ。なにせ規模がでかすぎる。公爵が話を盛っていることを祈るばかりだ。
「どう考えても、荷が重いよね」
先が見えない不安に、再度大きくため息を吐いた。
そのとき、来訪を知らせるベルが鳴った。返事をして扉を開ける。そこに立っていたのは、護衛の騎士――エリアスだった。
「どうぞあがってください」
応接間にエリアスを通し、椅子に座る。だが、彼は立ったままだった。
「あの、座っていただいていいですよ」
「いいえ、護衛騎士ですから座るわけにはいきません」
……そういうものなのだろうか。まだ、こちらの常識がよくわからない。
公爵や護衛騎士などがいることから、ほぼ確実に身分社会なのだろう。自分がどの立ち位置なのかはわからないが。天音は思考を整理し、エリアスに目を向けた。
白藍の髪に、澄んだレモン色の瞳。髪色に規制のある高校に通っている天音には見慣れない色だ。
……この世界では、これが普通なんだろうけど。
今までにみたこの世界の人の髪と瞳の色を思い出しながら常識の差異について考える。
「どうかしましたか」
じっと見つめていると、エリアスは訝しんだ声で問いかけてきた。
「なんでもありません。それより、なんのご用ですか」
思ったより硬い声が出た。距離感が掴めない。
「挨拶に参りました。あなた様の護衛を務めます。五芒星の円卓が一人、エリアスと申します」
エリアスは、先ほどのように完璧なお辞儀とともに名乗った。天音は聞きなれない言葉に首を傾げながらも、挨拶をする。
「天音と申します」
「いえ、あなた様は護衛される側です。私に敬語は必要ありません」
――やっぱり身分がある世界なんだ。
天音は納得した。
「では、私のことを『あなた様』ではなく『あまね』と呼んでいただけるのなら……」
エリアスは練習のように名前を唱えていたが、やがてあきらめた。
――ほっとする。敬語以外で話すなんて、自分にはできない。
それからすぐに、エリアスは退室した。天音は「五芒星の円卓」が何か、聞くのを忘れていたことに気がついたが、そのうちわかるだろうと思考を放棄した。
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