003 お願いの詳細
くらっ、とした。体調の問題ではない。規模のでかさに眩暈がしたのだ。
まず天音は、国の状況さえ知らないし、ここがどこかも分かっていない。国家の命運を見ず知らずの少女に握らされても困る。
お断りします、と言おうと口を開いたとき、男性の藤色の瞳が天音を捉えた。
じっとこちらを見つめ、懇願するその目。
――あの子と、同じだ
なんとも言えない激情が天音の心に沸き起こる。天音はそれを必死に抑え、何事もなかったように取り繕う。一瞬の逡巡を経て、小さく頷いた。
「わかりました」
「……感謝する」
そんな天音の葛藤を知ってか知らずか、男性はそう言い、微笑んだ。目元のくまのせいで疲労は隠しきれず、些か引き攣ってはいたが。
「詳しい説明に移る。――入れ」
その言葉を待っていたかのように後ろの扉が開いた。驚いた天音が振り返ると、トレーを手に持った女性と剣を腰にさした青年が入ってくるところだった。
「この国は今、魔物の被害に遭っている」
「ま……まもの?」
天音は目を丸くする。急にファンタジーな言葉が飛び出してきた。
「そうだ。瘴気を放つ魔物は、農作物を駄目にすることも、人に怪我をさせることもある、危険な生物だ。それが今、この国には蔓延っている」
「そ、それを私に倒せ、と言うんですか?」
流石に危険なことはごめんだ――そんな天音の気持ちを見越したように、男性は言葉を続ける。
「安心して欲しい。貴殿に危険がないよう、最善を尽くす。……エリアス」
椅子に座る男性は隣に立つ青年に視線を向ける。青年は一歩前に出て、お辞儀をした。
天音は驚いた。このファンタジー要素のある世界にお辞儀という文化があったことに対してもだが、なによりその青年――エリアスのお辞儀は美しかった。角度も、間も、視線も。天音は、お辞儀で感動することがあるということを初めて知った。
天音がエリアスのお辞儀に見惚れているうちに、男性はエリアスを紹介していた。
「彼はエリアス。今日から貴殿の護衛を担当する騎士だ」
騎士だから帯刀を許されているのだろうか。先程、お辞儀のときに見せた身のこなしにも納得である。
「そして、これを貴殿に授けたい」
そういうと、男性は傍らに控えていた女性からトレーを受け取り、載っていたろうそくを天音の方へと差し出した。
「このろうそくの炎は決して消えることはない。溶け具合は時間と貴殿の聖女としての力がどれだけ使われたかに比例する」
――どうやら自分は、聖女という立ち位置なようだ。
そう思うと同時に、天音はファンタジーな世界観にツッコむのを諦めた。
「そして、このろうそくが溶けきったとき――貴殿はこの世界から元の世界へと帰還する」
次の更新は12月6日(土)です。




