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貞操逆転世界で真面目な成り上がりを目指して男騎士になった僕がヤリモク女たちに身体を狙われまくる話   作者: 寒天ゼリヰ
第四章 結婚狂騒曲

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第670話 王党派将軍と損耗

「ぶえっくょい!!」


 派手なくしゃみをした私、ザビーナ・ドゥ・ガムランに、周囲の視線が集まった。失礼と断りを入れ、鼻水を啜る。貴族将校にあるまじき醜態だが、生理現象なのだから仕方が無い。この戦場は竜人(ドラゴニュート)には寒すぎるのだ。

 ほんの先ほど、我々ガレア軍の指揮本部はロアール川を渡った南岸へと移設された。既に全軍の三割以上の兵員が渡河を完了しているのだ。いつまでも北岸に留まったままでは、まともに指揮が取れなくなってしまうからだ。

 南方に目をやれば、そこでは我が軍のライフル兵部隊が敵陣に猛射撃を加えている。当然ながら、標的はジェルマン師団を名乗るアルベール軍の二線級軍団だ。

 リースベン師団と正面から打ち合えば、王軍の精鋭といえどただでは済まない。弱い相手から狙うという軍事上の常識に従い、我々は主攻の矛先をより弱体なジェルマン師団へと向けていた。

 その甲斐あって、この戦線の敵軍前衛陣地は概ね制圧が完了している。司令官である我々が渡河しているさなかにも、一発の砲弾も飛んでくることはなかった。当然ながら、リースベン師団の守る正面で同様の真似をする勇気は私にも無い。


「ハハハ……冬場の川越えは堪えますな」


 わざとらしく震えてみせつつそう言うと、参謀らが一斉に頷いた。実際、渡河作業は過酷極まりなかった。冷たい水は容赦なく体温を奪い、体の動きを鈍くする。

 おまけに川底には少なくない数の友軍兵士の死体が落ちているものだから、心理的な面でも渡りづらいことこの上なかった。


「オレアン軍より伝令!」


「お通ししろ」


 そんな報告が入ってきたので、私は深々とため息を吐いてから頷いた。オレアン軍というのは、その名の通りオレアン公爵の指揮する軍団だ。兵力は二万で、現在はリースベン師団の押し込みを任せている。

 ちなみに、落ち目のオレアン家には二万もの兵士を動員する能力はもちろん無い。足りないぶんは王家が貸し出した戦力で補っているのだ。オレアン軍の連中は上から下までとにかくやる気がないから、この助太刀部隊が”攻撃精神”を注入する手はずになっている。


「お忙しい中失礼します、フランセット殿下」


 警護の兵に連れられ、オレアン軍の伝令がやってきた。見覚えのある顔だ。確か、オレアン公の副官殿だな。大貴族家当主の副官といえばかなりの重職だが、その割にはまだかなり若い娘だ。顔つきがどことなく公爵殿に似ているから、おそらく分家筋の出身者だろう。

 伝令殿の挨拶を受け、フランセット殿下は片手をあげてそれに応える。一応彼女こそが我が軍の最高司令官のはずなのだが、戦闘が始まって以降殿下はどうにも無口になっていた。おかげでやたらと存在感が薄くなってしまっている。

 まあ、私としてはそっちのほうがやりやすいがね。最高司令官とはいっても、フランセット殿下が大軍を指揮するのは今回が初めてだからな。余計な口出しをされるくらいなら、万事私に丸投げしてもらったほうが上手くいくというものだ。


「お初にお目にかかります、殿下。わたくしはオレアン公爵閣下のもとで副官を任じられております……」


「いくさの最中だ、面倒な儀礼は必要ない。端的に用件を教えてくれるかな」


 宮廷式の挨拶をしようと口を開いた伝令殿を、フランセット殿下が制止する。経験が浅いとは言え、殿下はこういう面では至極実務的なお方だった。


「はい、殿下。ありがとうございます。……用件というのは、他でもありません。現在、オレアン軍はたいへんな悪戦を強いられておりまして。ぜひとも、援軍をいただきたく参上した次第であります」


「援軍」


 フランセット殿下の眉間にしわが寄った。一瞬考え込んでから、私のほうをちらりと伺う。なかなかに渋い表情だ。おそらく、私も殿下とまったく同じ表情を浮かべていることだろうがね。


「すでに、我が軍の死傷者は二千名を越えているのです!」


 援軍など出せぬ、そう言おうとした直前に、伝令殿はこちらの発言にかぶせるような形で叫んだ。まったく失礼な態度だが、その顔には悲壮な表情が浮かんでいる。


「まだ戦闘も一段落していない段階で、臨時に集計しただけでこの数です! 実際にはおそらく、この倍。四千名もの兵士が、既に命を落とすか戦いを継続できぬほどの重傷を受けているのですよ! もはや、オレアン軍に余力は残っておりませぬ」


 指揮本部の空気が凍り付く。死傷者四千! 凄まじい数字だ。その全てが死者ではないにしろ、適切な手当が受けられぬ戦場では重傷者の死亡率は自然と高くなる。まだ息があるものでも、戦闘終結後まで生き延びることができるのは一握りの数だけだろう。

 

「まだ戦闘の趨勢も定まっていないのに、もうそんな数が……」


 困惑の声を漏らすのは、私と同時期に軍へと入った老参謀だ。我々の時代の常識では、戦闘の真っ最中にはそれほど多くの死傷者はでない。槍や剣で打ち合っても、整然たる戦列が維持されている間は意外と負傷しないものなのだ。

 損害が発生するのは、戦列が崩れた後の段階。つまり戦いの趨勢が決してからだ。だが、今回の戦いでは戦いの男神の持つ天秤はまだどちらにも傾いてはいない。確かにアルベール軍は後退しているがそれはあくまで整然としたものであり、彼女らが計画的に撤退を行っていることは明らかであった。

 つまり、戦況はまだ膠着状態。にもかかわらず、すでに一個軍の三割が溶けている。これまでの常識では考えられない異常事態だ。四千という数字には、参謀どもはもとよりフランセット殿下までもが鼻白むだけの威力がある。


「危険なのは敵の銃砲弾だけではありません! 多くの兵士が、渡河の最中に低体温症で体が動かなくなりました! 浅瀬とはいえ水の中……そうなれば、もう溺れ死ぬほかありません。こんな死に方、戦死ですらありませんよっ!」


 その言葉に、多くの者が沈痛な面持ちで目をそらした。同様の事例は、こちらの戦線でも多数確認されている。雪の降る中で水に入るなど、我ら竜人(ドラゴニュート)には自殺行為でしかないのだ。


「オレアン軍は、本当にこれ以上は戦えぬのです! 援軍を、援軍をお願いいたします!」


 副官殿の懇願は悲壮そのものであった。厚顔無恥を自認する私でさえ、その声を聞くとキリリと胃が痛む。まあ……オレアン公の夫子を人質に取り、無謀な作戦を強いている身では同情する資格も無かろうが。

 口を一文字に結び、ギロリとフランセット殿下を睨み付けた。殿下も心が揺れている様子だったが、私の視線を受けるとすぐに動揺を押し殺した。アルベール・ブロンダンは、情に流された状態で勝てるほど甘い相手ではない。


「…………悪いが、そういうわけにはいかない。この戦線を抜けるかどうかが、此度のいくさの趨勢を決するんだ。増援に兵力を割けば、とうぜん突破速度は鈍化する。そうなれば、オレアン軍の受ける被害はかえって大きくなるのではないかな?」


「……」


 殿下の説得を受けて副官殿は黙り込んだが、その表情は決して納得しているものではなかった。むしろ、深い絶望と失望が彼女の心を蝕んでいるように見える。


「オレアン軍を救援するためにも、我が軍は攻撃に集中しなくてはならない。きみはいったん公爵殿の元に戻り、彼女をしっかりと補佐するんだ。いいね?」


「……は。承知いたしました、閣下」


 王太子にここまで言われてしまえば、副官風情に出来ることはもう無い。彼女はなんとか臣下の礼を取ると、そのままふらふらと指揮本部を出て行ってしまった。その小さな背中を見送りつつ、私は大きなため息を吐いた。


「なあ、将軍」


 そろりと近寄ってきた殿下が、私にそう耳打ちする。


「ほんとうに、この作戦で良かったのか? いくらなんでも、被害が大きすぎる。おまけに、味方の背中を撃つなぞ……。なにか、もっと……冴えた作戦があったんじゃないのか? 騎兵で強行渡河をかけて、敵の本部を直撃するとか」


 その言葉に、私はあやうく嘲笑の声を漏らしかけた。騎兵による強行渡河! 敵本部直撃! いかにも若者らしい作戦案だ。たしかに上手くいけば、今回の……私が立てた作戦よりも、よほど少ない被害で勝利を得られるに違いない。成功すれば、だが。


「殿下。機動戦が成功するのは、彼我の能力によほどの差があるときのみです。騎兵は確かに強力な兵科ですが、とにかく脆い! どれほど鋭い槍でも使いどころを誤れば敵を貫く前に穂先が折れてしまいますぞ」


「……そうか」


 殿下はいちおう頷いたが、その目には不安の色が浮かんでいた。


「だが……こんな有様で勝利しても、その先にあるのは栄光ではなく屍と廃墟の山だけではないのか? 我々の歩む道の先には、本当に誇りある未来が待っているのだろうか」


 知らんわ、そんなこと。将軍たる私の仕事は、戦闘に勝つまでだ。その後の話は、為政者たる殿下の領域になる。職務外のことにまでは責任は持てん!

 ……というのが、私の正直な気持ちだった。しかし、まさかそれを素直に表に出せるはずも無い。首を左右に振り、務めて穏やかな声を出す。


「いけませんよ、殿下。雑念に心が捕らわれたままでは、勝てるいくさも勝てなくなります」


「ああ……確かにそうだな。まずは、勝たねば」


 フランセット殿下は不安を振り払うように激しく首を左右に振り、ぎゅっと口元を引き締めた。……まったく、この期に及んでこんな弱音を吐くとは。あまりにも今さら過ぎる。後悔するくらいなら戦端など開かねば良かっただろうに……。

 やはり、この国の未来は暗いな。だが私はガレア軍の将軍だ。斜陽だろうがなんだろうが、給料分くらいの働きはせねばならん。本当に嫌になるが、仕方あるまい。


「今はただ、前へと進みましょう。後ろを振り返るのは、すべてが終わってからでも遅くはありませぬ」


「わかっている。わかっているさ」


 結局、我々には他の選択肢など残されていないのだった。


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