第652話 くっころ男騎士と現状報告
「何をやってるんだヴァルマは……」
ソニアとアデライドから現状の説明を受けた僕は、大きなため息を吐きながら頭を抱えた。
王軍とアルベール軍は、ロアール川を挟んで対峙中。現状は両軍ともに様子見状態で、自然と膠着状態になっているらしい。……そういうミクロな戦況に関しては、まったくの予想通りだったのだが。
問題は、マクロな国際情勢のほうだった。スオラハティ軍を名乗る一団が帝国領に攻め込み、ガレア・オルト戦争が再燃したのである。
このスオラハティ軍がヴァルマの私兵どもであることは考えるまでもない。そして彼女は、先の戦争において神聖帝国の先帝アレクシアとの知己を得ている……。
うん、この事件はどう考えたってアレクシアとヴァルマの共謀だな。アレクシアは不本意な形で終わった前回の戦いをひっくり返す機会を得るし、ヴァルマは大手を振って王家を倒しに行ける。win-winってヤツだ。
「国境を突破した皇帝軍は、王都に向けて急進撃中だという話です。もちろん王軍も対処をしていますが、どうやら皇帝軍は騎兵のみで編成された機動部隊らしく……防御線の構築が間に合っていないようですね」
「騎兵のみで構成された軍勢か……まるでティルク軍だな」
ティルク軍というのは、中央大陸のはるか東方にかつて存在していたケンタウロスの大帝国だ。この国は前世の世界におけるモンゴル帝国のような勢力で、その機動力を生かし大規模な西方侵略を企てた。おおよそ、百年ほど前の出来事である。
むろん農耕民族である神聖帝国の獣人たちが、ケンタウロスのような洗練された騎兵戦術を持っているはずもない。しかし、騎兵のみで編成された軍隊という発想はまさしくこのティルク軍に範を取ったものであるのは間違いないだろう。
「実のところ、皇帝軍からは共闘の打診が来ている。今のところ返事は出していないが……」
腕組みをしたアデライドは、眉間にしわを寄せながらうなった。ガレア王国の元宰相である彼女は、内政だけではなく外交にも造詣が深い。その彼女から見ても、今の情勢は難しい判断を迫られるものであるのだろう。
「皇帝軍の戦力は、騎兵だけで一万。そういう話だったな」
「はい。……心強い援軍であることは、事実です。王軍は前回の作戦成功で勢いづき、国内の日和見貴族どもの支持を得つつありますからね。この頃は毎日のように新たな諸侯が参陣し、王軍の戦力はかなり増強されつつあります」
「我々だけで王軍を打ち破るのは厳しい、ということか」
「大変に遺憾ながら、その通りです」
頷くソニアの声は、まるで飼い主に見捨てられそうになった子犬のように震えていた。前回の戦いで、彼女はガムラン将軍に遅れをとっている。そのことについての責任を痛感しているのだろう。
「むろん、諸侯どもの私兵は旧式兵科が中心ですから、正面から戦っても負けはしません」
そう主張するのはジルベルトだ。彼女はなんだか羨ましそうな目でソニアを見つつも、言葉を続ける。
「しかし、相手が大軍ですとどうしても戦いが長引きます。弾薬や糧秣の
問題もありますし、何より季節がよろしくない。長期戦はなんとしても避けるべきでしょう」
「こんなクソ戦争を来春に持ち越したくはないものな」
北方領ほどではないが、ガレア中部の冬は厳しい。寒さに弱い竜人はもとより、獣人たちですら真冬の軍事行動はまず無理だ。いわんや、雪すら珍しいリースベンの出身者など……。
こうなると、取れる手段は二つだけ。冬営地を建てて寒さが和らぐまで立てこもるか、冬が来る前に戦争を終わらせるか、だ。戦争が長引いても良いことなどないから、できれば前者を選びたいところだ。
「そうなると、やはり皇帝軍との連携は避けられないわけか……」
正直に言えば、あまりいい気分ではなかった。内憂を断つために外患を用い、国自体の滅亡を招いた例は枚挙に暇がないからだ。まあ僕たち自身が反乱軍そのものであるわけだから、結局国家の敵である事には変わりないんだがな。
「問題は、神聖帝国勢力に状況の主導権を握られる可能性だな。彼女らが求めるものがレーヌ市だけならば応じてもいいと思うが、この機に乗じて国境地帯を蚕食されてはたまらない」
僕がそう言うと、アデライドが「おや」と言わんばかりの顔で眉を跳ね上げた。僕が積極的に政治的な発言をしたことを驚いているのだろう。
彼女の表情に不快感が含まれていないのを見て、僕は心の中で胸をなで下ろす。政治というヤツは親しい仲をも容易に破壊してしまうからな。方針の転換を決断した以上、彼女らの反応は正直かなり気になるところだった。
「それについては私も同感だな。アレクシアの力を借りるのは仕方がないが、あまり大きい顔はされたくない……。アル、ソニア。奴らはあまり活躍させぬよう気を配ってくれ。手柄を稼がせすぎると、戦後に面倒なことになってしまう」
「握手をしつつ足を踏め、というヤツだな」
「まさしくその通り。分かってるじゃないか」
その口調は、まるで出来の悪い生徒の成長を喜ぶ教師のようなものだった。どうやら、アデライドは僕の変化を歓迎してくれるらしい。正直、かなり安心した。
「幸いにも、皇帝軍の兵力は一万程度。騎兵のみで構成されているという特異な点を加味しても、戦局の主導権を握ることが出来る数ではありません。彼女らへの掣肘はそう難しいものではないでしょう」
「とはいえ、あっちにはアレクシアとヴァルマがいるんだ。二人とも、一筋縄でいく相手じゃないぞ」
「それが一番の問題なんですよね……特にヴァルマ……」
顔を引きつらせつつ頭を抱えるソニアに、僕は苦笑が隠せなかった。僕も大変だが、彼女もなかなかに大変だな。どうするんだ、妹が外患誘致罪を犯してしまったぞ?
……いや、僕も全然他人ごとじゃないわ。ヴァルマは僕にとっても義妹になるわけだし、そもそも彼女自身とも結婚の約束があるわけだし。わあ、たいへん。
というか、いったい何人と結婚の約束を結んでるんだよ、僕は。そっちの方がよっぽど大変だし怖いわ。戦争が終わったらどうなっちゃうんだろう? 一般的な新婚生活とはかけ離れた毎日が待っているのは確実だが……ああ、胃が痛くなってきたぞ。
「しかし、皇帝軍やヴァルマばかりを気にしてもいられない。王軍のほうは王軍のほうで大問題だ。一応は味方である連中を気にしすぎて、肝心のいくさをし損じるなんて笑い話にもならないぞ」
まあ、それもこれも戦争に勝ってからの話だ。負けたら何にもならん。思考と話題を当面の問題の方へと切り替え、僕はそう指摘した。
「王軍も、おそらく近いうちに仕掛けてくるでしょう。いままでの盤面ならば、時間は彼女らの味方でした」
厳しい口調でジルベルトが指摘する。
「もしかしたら、このまま冬越しをして決戦は春に持ち越す……そういう作戦すら考えていたはずです。しかし皇帝軍の参戦が参戦した以上、そうも言っていられなくなりました」
さすがジルベルト、的確な戦術眼だな。頷き返して彼女の意見を肯定しつつ、僕は脳内の将棋盤に各種の駒を配置してみる。……うん、王軍から見るとあまり愉快ではない盤面だな。
「冬営準備中に二方面から叩かれたらシャレにならないものな。皇帝軍がこちらと合流しないうちに打って出て、各個撃破を狙う。それが王家側の最適解になるだろう」
「敵がもともとの作戦計画を変更せざるを得ない状況になった、というのは朗報ですが。しかし敵将ガムランはなかなかのやり手ですよ。安心はまったくできない」
「ソニアが裏をかかれるような相手だものな」
「……うう」
がっくりと肩を降ろしたソニアは、そのまま僕をぎゅうと抱きしめる。ジルベルトの目つきがますます厳しいものになった。
はあ、しかし……やっぱり、籠の中に閉じ込められて王子様ごっこに興じているよりも、こうして戦争の話をしている方がよっぽどシックリくるな。こここそ、自分の正しい居場所だと感じる。
でも、そればかりに熱中するわけにもいかないんだよな。目の前の敵を排除するだけでは、戦争は終わらない。火種そのものを潰す必要があるということだ。……そのあたりも、みんなと相談するべきだろう。気が重いなぁ……。




