第556話 くっころ男騎士と前哨戦
盛大な歓迎式典を受けた後、僕たちはレーヌ市内へと案内された。崩れた正門を回避し、小さな門から街の中へと入る。停戦からすでに一か月以上が経過しているというのに、レーヌ市はいまだに戦争の影を強く纏っていた。歴史を感じさせる街並みは手ひどく破壊され、通りに立ち並ぶ家々は軒並み窓やドアに板を打ち付けてガチガチに防御されている。それどころか、全焼して消し炭のようになった家もあちこちにあった。なんなら、区画ごと燃え尽きている場所すらある。
手ひどく略奪を受けた街、そうとしか表現できない光景だった。当然ながら、通りには我々以外の人影はまったくない。通行人や物売りの姿など、どこにもなかった。まるで無人都市だ。むろん、本当に町全体から人がいなくなってきたわけではないだろう。みな、我々を警戒して家や安全な場所に籠っているのだ。ちょうど、嵐が過ぎ去るのを待つように……。
それを見て、僕の浮ついていた心は一気にしぼんでいった。この地ではほんのこの間まで戦争をしていたわけだから、こんな状態になっているのは当然のことだ。外壁を破り町中へ侵入した王国軍は、その燃え盛る戦意を容赦なく市民に向けたに違いない。ごくごく普通の善良な一般人ですら、ひとたび兵士として戦争に加われば略奪、放火、虐殺、なんでもござれの極悪人へと変貌してしまう。戦争という異常な環境は、人間の善性など容易に破壊してしまうのだ。
僕はすっかり暗澹たる気分になっていたが、もちろんショボくれている暇などありはしない。我々はヴァロワ王家の旗がはためく城へと案内され、そこで歓待をうけることとなった。城の大ホールにはすでにテーブルやら料理やらが並べられ、一目で一流とわかる楽団がBGMなどを流している。荒れ果てた街の光景と、いかにも王侯らしい優雅なパーティ会場。その余りの落差に、僕はすっかりクラクラしていた。
「それでは、南部方面軍前司令官ブロンダン卿の到着を祝いまして……乾杯!」
司会進行役のナントカとかいう女爵が音頭を取って、会場に詰める貴族どもが一斉に酒杯を天に掲げた。むろん、僕もアデライドもそれに従う。この催しの主賓は、一応僕ということになっているのだ。気は重かったが、責任ある立場にいる以上キチンと付き合わねばならない。
「改めて挨拶しよう。よく来てくれたね、アルベール」
乾杯の後には挨拶祭りが待っている。こうした催しの手順は前世も現世も大差なかった。主賓たる我々は、もちろん料理を楽しむ暇など微塵もない。酒杯の最初の一口目を飲み終わるのとほぼ同時に、僕はいきなり話しかけられる羽目になった。相手はもちろん、ホスト(一種の男性接客業者ではない)役のフランセット殿下だ。
「ありがとうございます、殿下。まさかこれほどの歓迎をしていただけるとは……このアルベール、感動しております」
感動したのは本当だ、一瞬だけだけどな。とはいえまあ、もちろんそれを口に出したりはしない。略奪の痕を見て僕の気分はすっかり暗くなっていたが、この世界では『略奪は勝者の権利』などという考え方が一般的なのだ。外野の僕がアレコレ言ったところで何が改善するわけでもない。
「当然のことをしたまでさ。君が上げてきた報告書は、隅々まで目を通させてもらったよ。なんでも、この戦争でも素晴らしい戦果を挙げてくれたそうじゃないか。いやはや、君を南部方面軍司令を抜擢した甲斐があったというものだ」
にこやかな表情でそう言ってから、殿下が僕の肩をぽんぽんと叩く。友人を相手にしているような、気安い態度だ。とはいえ、僕の方はなんともやりづらい気分だった。何しろ、僕は以前彼女の求婚を蹴った……つまり、フッた経験があるのだ。正直、かなり気まずい。
「お褒めにあずかり光栄です、殿下。しかし、この成果はあくまで部下らの頑張りあってのもの。真に称えられるべきは彼女らのほうでしょう」
「君はすぐにそうやって謙遜する。悪い癖だぞ?」
クスクスと笑いながら、殿下はそんなことを言う。たいへんに楽しそうだ。な、なんだろうな、コレ。モラクス氏と随分と対応が違うぞ? あの王室特任外交官とやらは、あきらかにこちらの陣営そのものを敵視しているようだったが、殿下にはそういう気配は見られない。むしろ、純粋にこちらの働きを評価してくれている節すらあるように見えた。
いや、違和感はそれだけではない。殿下はペラペラペラペラと口が回りまくっているが、半面周囲はあまり見ていないようだった。僕の隣にいるアデライドなど、完全に蚊帳の外に置かれて話に入るタイミングを逸している。彼女とて王国の重鎮だ。王太子のやることとはいえ、いささか失礼な扱いに見える。しかもおそらく、殿下はわざとそれをやっているのだ。
「殿下、殿下。ブロンダン卿は今日の催しの主役ですぞ? あまり独占していては、皆に恨まれてしまいます」
などと思っていたら、殿下の後ろにいた中年の竜人が助け舟を出してくれた。王軍の実質的な指揮官、ガムラン将軍だ。どうにも風采の上がらない容姿の方だが、レーヌ市ほどの堅城をわずか一か月半で落とすような手腕の持ち主だからな。おそらく、かなりの切れ者だろう。軍人としてはまだあまり経験を積んでいない殿下が、いきなり名采配を見せたとも思えないしな……。
「野暮なことを言うね、将軍。久しぶりの再開なんだ、少しくらいいいだろう?」
片方の眉を上げたフランセット殿下が、肩をすくめながらそう返す。ガムラン将軍は殿下と僕を順番に見て、それからアデライドに視線を移したあと軽く頭を下げた。その様子に、殿下が不快げな表情になる。しかしそれも一瞬のこと、彼女はすぐに元のニコニコ顔に戻った。……うーん、やっぱり意識的にアデライドを無視してるっぽいぞ、この人。あんまりいい傾向じゃないなぁ。
「ふん、まあいいさ。確かに、主役を差し置いて我が我がとしゃしゃり出るのも野暮には違いないだろう。すまないね、アルベール。いろいろと積もる話もあるのだけれど、まあそれは後々のお楽しみと行こうか」
「は、はあ……」
なんとも艶っぽい流し目をくれるフランセット殿下に、ぼくはあいまいな返答しか返せなかった。積もる話と言われても、正直こまるよな。むろん、南部戦線の戦況推移を説明してくれといわれれば、喜んでやるが。だが、殿下の話しぶりはそういった実務的な話し合いを望んでいるような雰囲気ではない。
「殿下。アルベールはまもなく結婚する身です、あまりからかわないでいただきたい」
顔だけはニッコリと笑いつつ、アデライドが釘を刺した。殿下は殿下で、「からかっているつもりはないけどね」と応じる。その表情は、僕に向けていたものよりも遥かに戦闘的な笑みだった。
「余がアルベールを呼んだのは、論功行賞をするためだ。それに君もついて来たということは、宰相も手柄を上げたという認識で構わないね? さて、どんな報告が聞けるのか今から楽しみだ。まさか、男を矢面に立てた挙句、自分は後ろに引っ込んで居たような女がアルベールの主人ヅラをしているはずもないだろうし」
「……ッ!」
挑発的という表現すら物足りなくなるような好戦的な口調で、フランセット殿下はそう言い放つ。戦場云々がアデライドの地雷と知っていて、わざと踏みに行ったようだった。度を過ぎた挑発に、さしものアデライドも一瞬笑みが崩れかける。それでもグッと拳を握り締め、なんとか怒りをこらえたのは流石だった。
場合によっては刃傷沙汰に発展するレベルの罵倒だぞ、さっきのは。一瞬なにか言い返してやろうと思ったが、当のアデライドが我慢しているのだから僕があれこれ口を出す権利はないだろう。眉根の少しだけ皺をよせ、不快感を表明するだけにとどめておく。
「殿下、私はあくまで後方支援役……いわば奥方です。この役割は、ガレアの宮廷でもブロンダン家でも同じこと。優秀な者たちが、おもうまま力を振るえる環境を作る事こそが、私の喜びであります」
「ふん、なるほどね。まあ、君は只人だからな。そのような仕事に甘んじるのも、致し方のない話だろうが」
恐ろしく非友好的な口調でそう吐き捨てるフランセット殿下。彼女はそのままアデライドから視線を外し、もとの人好きのする笑みに戻ってから僕の方を見た。そして、こちらの手をとりその甲に口づけをする。正直、勘弁してほしい。嫁さんを侮辱された以上、僕だってそれなりにむかっ腹が立っているんだけど。
ふぅむ、しっかし"そのような仕事に甘んじる"、か……こりゃあ、ガムラン将軍もそうとう苦労したに違いない。後方支援が仕事を放棄すれば、外征軍なんか一瞬で瓦解しちゃうんだけどなぁ。
「すまない、少しばかり熱くなった。余は頭を冷やしてこよう。君はパーティを楽しんできてくれ」
そう言って、フランセット殿下はガムラン将軍を伴い去っていった。去り際に、将軍は僕とアデライドを見て申し訳なさそうに頭を下げる。く、苦労人だね、この人も……。
「……」
「……」
二人を見送った後、僕らはどちらからともなく視線をかわした。首をそっと左右に振り、アデライドは小さなため息をついた。
「まあ、いいさ。あいさつ回りを続けよう。殿下に何と言われようと、私は私の仕事をするまでだ」
少しだけ剥がれかけた笑顔の仮面をかぶりなおし、周辺の貴族らに話しかけに行くアデライド。こんな出来た人のどこが気に入らんのかね、殿下は。まったく困ったものだ。そんなことを思いつつ、僕は視線を横に移した。アデライドとロリババア曰く、人脈作りこそ政治活動の基礎の基礎……らしい。
僕は政治は苦手だが、それに胡坐をかいて良い時期はとうに過ぎている。せっかくイベントの主賓扱いを受けているのだから、この機会にいろいろな貴族や軍人と顔を繋いでおいた方が良いだろう。
「……うっ」
ところが、そこでふと嫌なことに気付いた。こちらを遠巻きに眺めている貴族の一団の中に、見知った顔がまざっていたのだ。ソイツはひどく長身で、ソニアやヴァルマによく似た顔立ちをしている。年のころも、あの姉妹と同じくらいだ。違いと言えば、知的な印象のメガネをかけているくらいだろう。
「マリッタじゃないか……」
マリッタ・スオラハティ。カステヘルミの次女、つまりはソニアの妹にしてヴァルマの姉。見知った顔どころの関係ではなく、ほとんど兄妹同然に育った相手であった。しかし、彼女の顔には親しみの色など微塵もない。むしろ、親の仇でも見るような目でこちらを睨みつけていた……。




