第500話 くっころ男騎士と決戦の夜(8)
快進撃を続けるアーちゃんを迎え撃つべく、僕たちは右翼の前線を訪れた。もっとも奥深く敵の侵入を許しているこの戦線はすでに二重の塹壕線も突破されており。戦いの様相は一般的な"地上戦"へと回帰していた。月光と照明弾の心もとない光に照らされつつ、両軍は熾烈な殴り合いを続けていた。
「来ちゃった」
「そういうセリフは、もうちょっとこう……病欠した日とか酒宴の後とかに聞きたかったなァ」
僕を出迎えたジョゼットは、呆れ切った表情でそんなことを言った。ぶっちゃけ、迷惑そうな様子だった。すまん、本当にスマン。現場にとっては迷惑以外の何者でもないことは理解しているが、アーちゃんを誘い出して叩くためには致し方ないのである。僕としても不承不承なのである。「久しぶりに現場の空気が吸える」なんてことは一ミリたりとも思っていないのである。ホントだよ?
ジョゼットの率いる近侍隊は、小隊規模の小さな部隊だ。本来であれば半個中隊ていどの兵力はあるのだが、少なくない人数が抽出されて別戦線に出張っていた。魔術師対策の狙撃要員だ。なにしろ今の僕の手元にある鉄砲隊は彼女らしかいないので、ジョゼットにはいろいろと面倒をかける羽目になっている。
「人夫に妙なことを言うんじゃない」
ソニアが苦笑しながらツッコんだ。この手の冗談には厳しい彼女だったが、相手が幼馴染ということもあり言い方は優しい。
「それがいいんじゃないですか。背徳感は最高のスパイスですよ」
「度し難い」
じゃれ合う幼馴染二名をしり目に、僕は最前線のほうに目をやった。そこでは、密集陣形を組んだアリンコ兵が敵の攻撃を迎え撃っている。彼女らが争っている相手は、長さが四メートルから五メートルほどもある長大な槍を装備した長槍兵の集団だった。こちらもアリンコ兵に負けず劣らずの密集陣形を組み、槍による打ち合いを演じている。この時代の戦いではよく目にする、典型的な槍合戦だ。
とはいえ、アリンコ兵と長槍兵では使っている得物のリーチが大幅に違う。なにしろアリンコ兵の槍はせいぜい二メートルほどであり、長槍兵のパイクの半分以下の長さだ。流石のアリンコ兵もこれだけの差がある中で戦うのは厳しい……かと思ったのだが、そうでもなかった。
パイクは極端なまでに長い槍だ。それだけに、取り回しに関しては最悪に近い。獣人の膂力をもってしても、肩に担ぐように構えて小刻みに突き出すとか、真上から振り下ろすとか、そういった単調な動きしかできないのだった。白兵兵科としてはエルフと伯仲する実力をもつアリンコ兵どもならば、隙を突くのはそれほど難しい事ではない。
アリンコ兵らは二枚の盾で長槍の攻撃を防ぎつつ、統率の取れた動きで敵兵に肉薄する。長すぎる槍は懐に入られると弱い。アリンコ兵の猛攻に耐えられなくなった長槍兵はやがて槍を手放し、護身用のショートソードで応戦せざるを得ない状態にまで押し込まれた。こうなればもう、アリンコ兵どもの独壇場だ。流石の手管だな。
「最初に右翼を突破したのは下馬した騎士どもだったはずだが、もう歩兵隊の増援が来たのか」
そんなアリンコ兵らの勇戦に感心しつつ、僕は小さな声でそう言った。当たり前だが、四メートル以上もあるような長槍を持って馬に騎乗するのは困難極まりない。下馬した騎士は短槍やら剣やら戦棍やらで戦うのが一般的だった。つまり、今アリンコ隊が戦っているのは生粋の歩兵部隊ということになる。
「ええ。少し前に敵の大増援がありました。どうやら、予備隊が投入されたようですね」
「ふぅむ」
ヴァルマ隊に後方を脅かされた状態で、予備部隊を前線にツッパしたわけか。いや、ヴァルマ隊だけではない。そろそろ、エルフ隊が街中にいないことが露見してもおかしくない頃合いだ。むしろ、エムズハーフェン選帝侯はエルフ隊の矛先が自分に向いていることに気付き、あえて勝てそうな方に兵力を突っ込んだ可能性もあるな。
リッペ市を放棄したエルフ隊は今、工兵隊が作った地下道を通ってリッペ市包囲網の外にいる。この地下道はもともといざという時の脱出ルートとして準備していたものだが、今回はそれを攻撃作戦に流用した。我々の工兵隊には穴掘りを得意とするハキリアリ虫人が所属しているからな。この手の坑道作戦はお手の物だった。
「流石の選帝侯閣下も尻に火がついたか。ここを乗り越えれば我々の勝利だぞ、もうひと踏ん張りだ」
「アル様にそう言われると本当に大丈夫そうな気がしてくるから不思議ですね」
硝煙に汚れた顔でニヤリと笑ったジョゼットだが、すぐに笑みを消し「総員、構え! 目標、敵猟兵隊!」と叫んだ。長槍兵との戦いを続けるアリンコ隊の背後を突こうとしている敵部隊を発見したのだ。幼馴染の騎士たちが電光石火の早業でライフルを構え、狙いを付ける。
「撃て!」
号令とともに、猛烈な銃声が響き渡った。黒色火薬特有の白煙が周囲に立ち込め、ただでさえ悪い視界をさらに遮った。部隊付きの魔術師が即座に風術を使い、煙幕を晴らしていく。射撃の効果は……さほどよろしくない。倒れた敵兵は思った以上に少なかった。まあ、こればかりは仕方ない。いかに照明弾が絶え間なく打ち上げられているとはいえ、やはり夜戦は夜戦だ。昼間ほどの命中精度は期待できない。
「各個射撃続け!」
しかし、足りない精度は手数で補えば良い。ジョゼット率いる近侍隊は、わが軍で唯一の後装式ライフルを装備した部隊だった。彼女らはボルトを引いて撃ち殻を排出し、新しい紙製薬莢を装填する。この連射力が後装銃の持ち味だ。弾幕射撃を浴びせられた敵部隊は、たまらず撤退を開始した。
「素晴らしい。やはり連射性能は正義だな」
「弾薬の消耗が尋常ではないのが難点ですが」
難しい表情でそう言うソニアに、ジョゼットも同調して頷いた。
「実際その通りですよ。そろそろ手持ちのぶんもだいぶ怪しくなってきました」
「むぅん」
いくら強力な兵器でも、肝心なところで弾切れになったら役立たずだからなぁ。僕は小さく唸った。後装式ライフルを全軍に配備するのが僕の目標ではあるのだが、実際のところそれは難しいかもしれない。前装式のライフル兵部隊ですら、補給の問題でエムズハーフェン領への遠征には参加できなかったのだ。ましてや後装式ともなると……補給線がパンクして死ぬな。
「……」
僕は無言で自分の頬を叩いた。今はそんなことを考えている場合ではない。可及的速やかにアーちゃんを倒さねば、"次"どころではなくなってしまう。
「弾が残り少ないなら、なおさらさっさと戦いを終わらせたいところだな。手早くクイーンを取ってしまおう」
幸いにも、敵の"王将"は自ら最前線に出てくるような輩であるわけだし。いやまあそれは僕も人のことは言えないわけだけれども。……ちなみに、この世界のチェスはキングとクイーンの役割が前世のものとは真逆になっている。そもそも男性が王位につくことが稀な世界だから、この配役も当然のことだ。
「で、そのクイーンはどこに居るんだ。前線で暴れているという話だったが」
「クイーンというか、カイザーですけどね」
ちょっとため息をついてから、ジョゼットは視線を遠くに向けた。
「増援が到着したんで、部下に引きずられるようにして後退していきましたよ。ほんのさっきまでは、我々とバチバチやってたんですがね」
「アーちゃんの部下も大変だなぁ」
「アル様の部下も同じくらい大変ですよ」
「……マジすんません」
そう言われてしまうとどうしようもない。僕は深々と頭を下げた。
「そうすると、もう一回アーちゃんを前線に引きずり出さなきゃならないな。よし、例のものを使おう」
後ろを振り返り、僕は一人の部下を呼び出した。指揮本部付きの旗手だ。彼女は担いでいた旗をうやうやしい手つきで掲げる。そこに描かれている紋章は、青バラ紋。ブロンダン家の家紋であった。
「げぇ、大将旗!」
露骨に嫌そうな口調でジョゼットが叫んだ。まあ、当然の反応である。ただでさえ軍旗は集中攻撃を受けるものなのだ。ましてや、この旗は僕個人の所在を表すものだからな。当然、これを見た敵は最優先でこちらの部隊を狙うようになるだろう。誰だって大将首は欲しいものだからな。
「どこの世界に軍旗でオンナを誘うオトコがいるんですか。露出の多い服装とか艶っぽい所作とか、そういうのでやってくださいよ」
「僕に戦場のど真ん中でストリップショーでもやれと?」
面白い冗談だ。僕はクスクスと笑った。
「紳士としては、そんなふしだらなことをするわけにはいかないからな。竿は竿でも、旗竿を振って誘惑しようってわけだ」
「そんな作戦なら、いっそのこと本当にアル様自身の竿を使えばいいんじゃないですか? アレクシアは目の色を変えて食らいついてくるでしょうし、私達の士気も爆上がり間違いなしですよ」
下品なジョークに更に下品なジョークで対抗しながら、ジョゼットは下卑た笑み浮かべた。その頭を、ソニアが思いっきりシバく。兜と篭手がぶつかり合ってなかなか良い音がした。
「馬鹿言え、そんなことしたら本命以外の小魚も――それどころか、味方まで食い付いてくるではないか」
「違いない。私自身、餌をツンツンつついて味見くらいするかもじれませんね」
それを聞いた幼馴染の騎士どもはそろって大爆笑した。……なんだか股間がムズムズしてきたんだが、人のちんこを釣り竿に例えるのはやめてもらえないだろうか。




