第454話 くっころ男騎士と空中弾着観測
弾着観測というのは、大砲を命中させるために用いる基本的な技術である。当たり前だが、大砲というのはしっかり照準を定めて発砲してもなかなか命中するものではない。だから一発撃つごとに着弾した場所を確認して照準を修正していき、それが完了してから本格的な射撃(効力射という)を開始する。これが大砲を射撃する際の一般的な手順だ。
逆に言えば、大砲本体の精度をどれほどよくしても、この弾着観測の精度が低ければなかなか射撃は命中しない。従来の手順ではこの弾着観測は大砲の砲手自身が行う場合も多かったのだが、このやり方では観測手と着弾地点の距離があまりに離れすぎているためその観測結果はかなりいい加減だった。
これを解決する方法はただひとつ。砲手と観測手を分離し、観測手側をできるだけ標的の近くへ配置するのだ。ところが、両者が離れすぎると今度は意思疎通の問題が出てくる。いくら正確な観測データが得られても、それを砲側に送信できないのであればなんの意味もない。だから、今までは手旗信号などが確認できる範囲で弾着観測をやっていたのだが……有線式電信機があれば、観測手をより遠距離に配置することができるのだ。
「通信線は大丈夫か?」
糸車のように回る通信線のドラムを見ながら、僕は言った。ここは、新しい指揮本部のすぐ近くに設営中の砲兵陣地の一角だ。僕はソニアに指揮を任せ、砲兵たちを激励しに来ていた。むろんソニアは渋い表情だったが、こればかりは譲れない。この重野戦砲隊では大量の新装備が運用されている。それらの運用状況は、僕自身の目でしっかりと確認しておきたいところだった。
僕の目の前にある有線式電信機も、そんな不安な新装備のひとつだ。一般仕様の電信機よりもはるかに大きくて丈夫なドラム式コードリールから伸びた銅線は、なんと空中に向かって伸びていた。まるで凧揚げのような状態である。
この銅線は、空を飛ぶ翼竜の後部座席に繋がっていた。翼竜は一般的に二人乗りで、しかもペイロードにも比較的余裕がある(鳥人よりはマシというレベルだが)。それを生かし、後部座席に通信兵を兼ねた観測手を乗せ空中から弾着観測をしてもらおう……それが僕の考えた作戦だった。
航空偵察の有用性は今さら語るまでもないだろう。上空から地上を見下ろせば、敵の位置の把握など容易なことである。これを弾着観測にも応用しようというのは、自然な発想だった。前世の世界でも、ライト兄弟が動力飛行機を開発する以前から気球による弾着観測が試みられていた歴史がある。
「今のところは問題ありません」
通信兵の言葉に、僕は内心胸をなでおろした。現状の機材で空中弾着観測をやるのは、なかなかに冒険的だ。なにしろ我々が使っている通信機は有線式であり、それを直接飛行中の翼竜へ繋いでいるのだ。途中で通信線が切れたり、あるいは最悪の場合などは翼竜自身に絡まってしまうなどのリスクがある。
有線式で誘導するミサイルだってあるんだから、たぶんなんとかなるだろ。そんな発想で実験を命じたわけだが、竜騎士たちからの評判はすこぶる悪かった。一時は実験中止すらチラつくほど前途が危ぶまれていたのだが、なんとか実用化できてよかったよ。
「すばらしい! 暗中模索の中、よくここまでこぎ着けてくれた。胸を張れ、諸君。君たちは今、世界の軍事技術の最先端を走っているのだ。君たちの名前は軍事史に永遠に刻み込まれることになるだろう」
そう言って肩を叩いてやると、通信兵や技官たちは顔を紅潮させてお互いをたたえあった。社運を賭けたプロジェクトが成功した開発チームのような雰囲気である。まあまだ肝心の砲撃は始まってないわけだが……。とはいえ、そもそも翼竜に通信装備一式を持たせて飛ばすこと自体がかなり困難な仕事だったわけだから、彼女らの喜びようも理解できるというものだ。
無線機があれば、こんな苦労をする必要はなかったんだけどねぇ……。やっぱり、無線機は有線式にくらべると超えるべき技術的ハードルが大きいからな。今のところ、設置式の大型のものですら実用化のめどはたっていない。ましてや翼竜に搭載可能なサイズと重量のモノとなると……まあ、僕が生きてる間に完成すれば超上出来って感じだな。
「砲兵、君たちのほうはどうだ? 上手くやる自信はあるか」
視線を砲兵たちのほうへと向けた僕は、そう聞いた。砲兵らの顔には、技官たちに負けないほどの緊張の色がある。当然のことだろう。今回彼女らが狙い標的は、今までの常識からは考えられないほどの遠距離にある。空中弾着観測という新しい技術を用いるとはいえ、命中弾を出せるかどうかと言えばかなり怪しいものがあった。
「正直、自信はありませんね」
そう答えるのは、中年の竜人だ。彼女はもともと王軍の砲兵隊に務めていた砲兵士官で、僕が赤ん坊だった時分から大砲を扱っているベテラン中のベテランだ。現在は、わが軍に新設されたばかりの重野戦砲小隊の隊長をやっている。
とはいえ彼女が王軍時代に扱っていた大砲は丸く成型した石を発射するような、だいぶ古いタイプの代物だ。現在この部隊に配備されている大砲は最新式の一二〇ミリ重野戦砲であり、同じ大砲というカテゴリーの兵器ではあっても実態は別物だった。いくらベテランとはいえ、やはりなかなか難儀している様子である。
「八六ミリ砲の時点ですら、有効射程は一キロ半と言われてたまげたものですがね。今回の標的はそれよりも倍以上長い四キロ先です。正直、命中を期待されても困りますな」
その率直な言い方に、僕は思わず苦笑した。しかし、不快ではない。難しいものは難しい。そう正直に言ってくれる相手の方が、指揮官としてはやりやすいのだ。保身のために嘘八百を並べるような手合いの方が余ほど厄介だ。
「確かに、その通り」
僕はチラリと、北の方にある小高い丘を見た。そこには、敵軍の指揮本部が置かれている。こんな目立つ場所に総大将が詰めているのは何とも不用心なように思えるが、これまでの常識では指揮本部はこういった見通しの良い場所に設営するのが普通なのだ。通信手段を伝令に頼る環境では、総指揮官は実際の戦場を見ながら指揮を執れたほうがいろいろと都合が良いのである。
これまでは長射程の武器がなかったから、こういったやり方も通用していた。だがこれからの指揮本部は、森の中や穴倉などに隠れざるを得なくなるだろう。こんな兵器が生まれてしまったからには……。僕はチラリと、麦畑の真ん中に鎮座した三門の重野戦砲に視線を向けた。
「……」
この重野戦砲は見た目こそ現在の主力火砲である八六ミリ山砲をそのまま大型にしただけのシロモノのように想えるが、実際には大きく異なっている部分がある。それは、最大仰角……つまり、砲口をどれだけ上に向けられるというところだ。つまり重野戦砲は山砲に比べ、遥かに高く砲弾を打ち出すことができるのである。
砲弾が山なりの軌道を描けば、それだけ射程距離も伸張される。結果、この重野戦砲は今までにない長距離砲撃が可能になった。おまけに、現在前衛部隊は順調に進撃中だからな。前線が押し上がり、とうとう敵の指揮本部を重野戦砲の射程に収めることが出来るようになったわけである。
もっとも、実際問題標的が遠くなればなるほど命中率は下がる。ましてや、砲弾が真っすぐではなく山なりの軌道を描くならなおさらだ。スペック上は可能だとしても、やはり四キロ先というのはあまりにも距離が離れすぎている。ベテラン砲兵士官であっても、しり込みするのは致し方のない話であろう。とはいえ、それを補うための空中弾着観測だ。僕としては、やってみる価値はあると思う。
「まあ、あまり緊張することはない」
そう言って僕は砲兵士官に近寄り、小さな声で言葉を続ける。
「正直に言えばね、僕としても別にあえて直撃させようとは思っていないのさ。敵の指揮本部に詰めている連中の心胆を寒からしむことができれば十分だ。それだけでも、指揮系統は随分と混乱するだろうからな」
「なるほど、主目的はあくまで擾乱ということですか」
腕組みをしながら、砲兵士官はニヤリとわらう。
「そういうこと。手を抜けとは言わないが、肩の力は抜いてくれ」
「了解。……そう言われると、かえって"大当たり"を狙いたくなるのが人情という奴ですがね
なるほど、確かにそれはそうだ。僕は肩をすくめ、「当たりが出たら小隊全員に金一封だ。頑張ってくれよ」と言い返してやった。まあ、現実的に考えれば難しいがね。ミュリン軍にとってこのような長距離攻撃は予想外だろうが、時間をかければそれだけ対応する余裕を与えることになる。おそらく、命中弾が出るよりも早く指揮本部を放棄して別の場所に移動するだろう。
とはいえ、だからこそ狙う価値はあるだろう。前線がグチャグチャな現状で指揮本部が後退すれば、それだけで現場の兵士たちの士気が崩壊する可能性は十分にある。そして万一敵指揮本部を吹っ飛ばすことができれば大金星だ。成功しようがするまいがアドバンテージが得られる作戦だ、使わない手はない。……まあ、あのオオカミ婆さんには本気で申し訳ないとは思うが、やれるだけのことを徹底的にやらねば見せしめにならない訳だし。
「観測騎、所定の空域に到着いたしました。いつでも観測開始とのこと」
そんなことを考えていると、通信兵が報告を上げた。その言葉に、僕は片手を上げて頷く。
「敵の迎撃騎には注意せよと伝えてくれ」
「了解」
敵の鷲獅子隊はおおむね制圧済みだが、地上にはまだ未出撃の鷲獅子騎兵が残っている可能性がある。観測中に空からの奇襲を喰らってはたまったものではないからな。十分な警戒が必要だった。
「さて、砲兵諸君。仕事を始めてくれ」
「了解。全砲、撃ち方はじめ!」
すでに、最初の照準はつけてある。砲手が大砲の尻から伸びたりゅう縄という紐を引っ張ると、巨大な三つの銅管は猛烈な大音響と火煙を吹き上げた。その砲声はもはや音というよりも衝撃波だ。全身を殴りつけられるようなその感覚に、僕は耳を押さえつつ笑みを浮かべる。やはり大砲はイイ。こいつこそが戦場の神だ。
「弾ちゃーく、今!」
観測員がそう叫ぶのとほぼ同時に、標的の丘の周りで土煙が三つ上がった。少しの間を置いて、地響きのような着弾音が聞こえてくる。よく見ると、着弾地点で立ち上がった煙にはそれぞれ赤、青、白の色がついていた。
先ほど発射した砲弾には発煙機能がついており、着弾と同時に着色された煙が噴出する仕組みになっていいるのだ。この煙は砲ごとに別々の着色がされており、発射元の砲が判別できるようになっている。他の砲が発射した砲弾の着弾地点をもとに照準を修正しても何の意味もないからな。発射元を判別する機能は必須と言っても過言ではなかった。
「初弾命中ならず。それにしてもこれ外れ過ぎだな……」
ぼそりと砲兵士官が呟く。彼女の言葉通り、砲弾は敵指揮本部のかなり手前に落ちていた。砲兵士官は「命中を期待されても困る」とは言っていたが、やはり彼女にも砲兵としてのプライドがあるらしい。その声には無念そうな色があった。
「観測騎より入電。着弾地点はそれぞれ赤が南の十二、西の七。青が南の十五、東の三……」
通信兵が弾着観測の結果を読み上げる。砲兵の一人が舌を出して「明後日の方向じゃねえか」と呟いた。目標からのそれ方も、それから各砲の着弾地点のばらけ方も尋常なものではなかった。やはり、これほどの長距離射撃はまだ技術的には難しいようである。
なにはともあれ、観測データが送られてきたのだから次は修正射撃だ。砲兵たちは反動で後退した砲車を、ロープで引っ張って元の位置に戻し始める。重野戦砲は名前の通り全部で一トンを超える(この世界のものとしては)重量級の兵器だが、砲車の足元は地面を掘ってスロープ状にしており、軽い力で前進させられるようになっている。再装填作業は意外とスムーズに進んでいった。
「ふーむ……次に開発する大砲は、首振り機能も付けた方がいいな……」
砲車についたハンドルを回す砲兵を見ながら、僕は言った。この砲車は仰俯角の操作はできるのだが、砲を左右に向けるときは本体ごと動かしてやる必要がある。そのため、前後はともかく左右の照準調整にはなかなか難儀している様子があった。
そんな僕をしり目に、砲兵たちは額に汗を浮かべながら再装填作業を続ける。耳かきの時に使う梵天をそのまま巨大化させたような道具で砲身の内側を清掃し、布製の発射薬袋をいくつも詰め込んでいく。ドングリ状の砲弾をライフリングにかみ合わせながら砲身にねじ込み、最後に火門に火管と呼ばれるヒモの生えた棒をねじ込んで再発射準備完了。
かかった時間は三分ほど。砲兵たちはずいぶんと頑張ってくれていたが、砲口から弾薬を装填する前装式ではやはり余計な時間がかかってしまう。この調子では、やはり命中弾が出るより敵指揮官が退避する方が早いな……。
「第二射、撃て!」
砲兵士官の号令に従い、再発砲。……やはり、着弾は大きくそれた。長距離射撃は難しい。ふたたび弾着観測騎から報告が入り、照準の修正作業にはいる。これを繰り返すことで、弾着地点の精度を上げていくのだ。
「……さて、僕はそろそろ指揮本部に戻ろう。よろしく頼んだぞ」
できればこのまま砲撃風景を見続けていたいところだったが、僕には総指揮官としての仕事がある。現在、戦況は詰めの作業の真っ最中だ。指揮本部の連中も大忙しで、あまり長い間留守にしておくのも申し訳ない。僕が軽く頭を下げてそう言うと、砲兵士官は頷いて敬礼をした。ピシリとカカトをあわせて返礼し、僕は指揮本部に戻っていくのだった……。




