第442話 くっころ男騎士と決戦地選定
レンブルク市の早期制圧に成功した僕たちではあったが、勝利の余韻に浸っている暇はなかった。この作戦のキモは、相手の体制が整う前に決戦を強いることにあるからだ。射耗した弾薬類を補給し、それと同時にレンブルク市を後方拠点として利用できるように急ピッチで準備を進める。
とはいえ、防衛隊長のエーファ氏に説明した通り我々はこの都市を戦後も占領し続けるつもりはない。そういう面では気が楽だった。参事会をはじめとした自治組織にもその旨を説明し、自治への干渉も最低限のみにとどめる。それだけで、レンブルク市内部からの反発はかなり沈静化した。
ちなみに、一応王国軍の一部ということになっている我々が勝手に戦後を見据えた差配をして良いのか、という話だが、意外と大丈夫だったりする。軍役は従軍するだけでは一銭の報酬も支払われない美味しくないイベントなのだが、それだけに自前で倒した敵から引っ剝ぐぶんにはかなり融通が利く。それすら禁じられると動員された諸侯側のやる気が下がりまくってしまうからだ。
特に、レンブルク市陥落に関しては我々の単独戦果だからな。いくら王家とはいえ、王国軍の旗を貸し与えているというだけで強く権利の主張をするのは難しい。したがって、レンブルク市の差配に関してはこちらの要望はほぼ通るだろうというのが、リースベンお抱えの外交官(紋章官という)の見立てだった。
「まあ、何にせよ戦後統治のことを考えなくていいのは気楽だ……」
僕はそうボソリと呟いて、香草茶を飲んだ。レンブルク市を発ってまる一日。景色は丘陵地帯から再び広大な平原へと移り変わり、周囲には大海原を思わせるような麦畑が広がっている。戦時中とは思えぬほど長閑な光景だった。
我々はそんな麦畑の片隅に天幕を張り、軍議をしていた。敵首都ミューリア市までは、あと三日もすれば到着する。つまり、近いうちにミュリン軍(とそれに付随する諸侯軍)との決戦が発生する可能性が高いということだ。その前に、作戦の最終確認をしておかねばならない。
「何かおっしゃられましたか?」
鳥人偵察隊の持ち帰ってきた航空写真を眺めていたソニアが、そう聞いてきた。僕は首を左右に振り、「いや、何も」と答える。戦後統治云々は、前世のトラウマめいた経験から漏れ出したたんなるボヤきだからな。大した意味のある言葉ではない。
「それより、そっちの方はどんな感じだ? 敵の現在位置や陣容はわかったのか」
このところ、我々は敵軍に対して積極的に航空偵察をかけていた。情報を制す者は戦も制す、これは古来から変わらぬ戦争の原則の一つだ。そしてこちらには、かなりの数の鳥人が居る。活用しない手は無かった。
「いえ……残念ながら、あまり多くの情報は得られておりません」
ところが、ソニアからの返ってきたのはなんとも寂しい答えだった。彼女は写真を卓上に並べ、僕に見せてくる。その枚数はハッキリいって少なく、しかも大半の写真がブレブレだ。正直、あまり役に立つような代物ではなかった。
「どうやら、敵軍は少なくない数の鷲獅子騎兵を配備しているようですね。偵察をかけようとした鳥人兵が鷲獅子に蹴散らされ、逃げ帰ってくる事案が多発しています。粘って強引に撮影しても、この始末……」
「ふーむ、空中哨戒をかけているわけか。こちらが航空偵察を多用していることが、敵にもバレているということだな……」
神聖帝国側の諸侯がよく航空戦力として活用している鷲獅子は、鷲の翼と頭、そして獅子の肉体を持つたいへんに強力なモンスターだ。低空における格闘戦では、我が方の翼竜すら蹴散らす戦闘力を持っている。正面戦闘力に何のあるカラスやスズメの鳥人では、はっきりいって束になっても敵わないというのが現実だった。
「敵軍はミューリア市のすぐ前に布陣しており、数は五千から六千程度……これが今わかっている情報のすべてです。それ以上を調べようと思えば、空中からのアプローチはかなり厳しそうですね」
「なるほど。まあ、それだけ分かれば上出来だ。鳥人による偵察は、すこしばかり控えることにしよう」
たしかに情報収集はたいへんに重要だが、鳥人兵隊が大きな被害を被るのも困るからな。航空戦力は貴重だし、偵察以外にも様々な仕事がある。ここは温存を優先した方がよさそうだ。情報収集は空以外からもできるしな。
しっかし、即応体制の迎撃部隊を常に待機させているとなると、敵側の航空戦力もなかなか油断できない規模のようだな。決戦中に航空優勢を握り続けるのはすこしばかり難しいかもしれない。鷲獅子に正面から対抗しようと思えば、こちらは翼竜を投入するしかない。
ところが、この翼竜というやつは維持費がアホみたいにかかるんだよ。なにしろこいつら、完全肉食だし。しかも大ぐらいだし。結局、わが軍が保有している翼竜は六騎のみ。去年よりは増えているが、それでも十分な数とは言い難い。
とはいえ、敵に航空優勢を取られるのは流石に避けたいんだよな。爆撃なんかは流石に警戒する必要はないだろうが(振ってくるとしてもせいぜい石ころや手投げ弾程度だ)、空からこちらの陣容が丸見えなんてのは勘弁願いたいからな。こちらが優勢を奪い取る、まではいかずとも、拮抗状態くらいは維持しておきたい。ある程度手を打っておく必要がありそうだな。
「ま、敵の位置と数がわかっておるんじゃ。十分といえば十分じゃろ」
焼きたての白パンを片手に、ダライヤが言う。この頃の彼女はいつ見ても何かを食べていた。おかげで痩せぎすだった身体はすっかりふっくらしている。この辺りの食い物がうますぎるのが悪い、というのが本人の弁だ。
この辺りの地域では肉類や小麦パンが容易に手に入るので、たしかに食料事情はリースベンに居た頃よりもはるかに良い。なんで本拠地よりも行軍中の方がいいものが食えるんだよ、と思わなくもないがね。まったく、不公平な話だ。
「敵軍が布陣しておるというミューリア市はミュリンどもの本拠地じゃ。投げ捨ててどこかへ逃散してしまう、という可能性はまずない。決戦場は、この街の周辺になるじゃろうな」
「あるいは、市内へ逃げ込んで籠城する、という可能性もありますね」
ダライヤの言葉を、ジルベルトが補足した。僕は軽く頷いて、卓上に置かれた地図に目をやる。ミュ-リア市周辺は敵地ド真ん中だ。当然ながら、手元にある地図は不正確なものばかり。敵が決戦を避けて退避を始めた場合は、追撃に難儀しそうだが……その可能性が低いというのは大変にありがたいな。決戦なんてのは、双方がやる気になっていないとそうそう起こせるものではないし。
「レンブルク市が一日で陥落したんだぞ。二回連続で籠城を選ぶとは思えんね」
腕組みをしながら、アガーテ氏が指摘する。ま、確かにその通りではあるんだがね。ただ、あの時と違ってミュリン側には後がない。ミューリア市がレンブルク市ほど容易に落ちるとは思えんな。レンブルクの守備兵は無傷でミュリン軍本隊に合流しているはずだから、あの時の戦訓も周知されるだろうし。
とはいえ、あの時と違ってこちらにも余裕がある。王国軍としての我々の任務は、あくまで帝国南部諸侯の誘引だ。ミュリン軍とそのオトモダチどもがミューリア市で足止めを喰らえば、それだけで僕たちは仕事を果たしていることになる。
「やっぱり野戦になりそうだな、これは……」
とはいえ、向こうもその辺は理解しているだろうからな。籠城を選ぶ可能性は低そうだ。ううーん、六千相手に野戦かぁ。丁度こちらの倍の戦力だな……。リースベン戦争の時よりは随分とマシな戦力差だが、あの時はこちらに地の利があった。しかし今回は地の利は向こうにある。ううーむ。
鉄砲や大砲でシバきまくれば、そりゃ少々の兵力差なんかひっくり返せるがね。しかし、火力は前にしか発揮できないからな。側面や後方に回り込まれれば、かなり厳しい事になる。そしてこの辺りはアホみたいに広大な平原だ。迂回自体は、そう難しいものではない……。
「あのアホの力を借りるしかなさそうだな……」
この手の作戦では、機動部隊の運用がカギになる。そしてこの世界における機動戦力とは、すなわち騎兵のことだ。つまり……ヴァルマの騎兵隊に頼らざるを得ないということになる。僕は思わず、ため息をついた。あいつは、できれば借りを作りたくない類の人間なのだが……。




