第406話 くっころ男騎士と隣国領主の焦り
アリンコとエルフの戦闘演習は、しばらくの間続いた。強固な防御陣を敷くアリンコ側に対し、エルフ側は変幻自在の波状攻撃をしかけ消耗を誘う。エルフの突撃は一見無謀だが決して考えなしの行動ではなく、突破というよりはアリンコ側の陣形を崩すことを目的に行われたものだった。多方面から同時に攻撃を仕掛け、アリンコの足並みを乱そうというのである。
その作戦は、ある程度はうまくいった。なにしろ無線もない世界だから、陣形の変更などは太鼓などの極めて古典的な手段を用いて伝達するほかない。そして当然だが、太鼓やらラッパやらでは各部隊に個別に命令を出すような有機的な部隊運用はできないのである。しばらくするとアリンコの隊列は千々に乱れ、戦いは小集団同士の殴り合いへと変貌していった。
それでも、やはりアリンコどもの地力は尋常ではない。少数なら少数なりの戦い方に作戦を変更し、エルフの苛烈な攻めに耐え続けた。そして結局、エルフの方が先に体力切れになってしまった、というわけである。決して容易な勝利ではなく、一歩間違えれば勝敗は入れ替わっていたような辛勝ではあったが……それでも勝利は勝利。平地ならエルフよりもアリンコの方が強い、という前評判は嘘偽りではなかったわけだな。
「まったく、エルフにしろアリ虫人たちにしろ、素晴らしい戦士たちだな。エルフの攻撃精神、アリ虫人の冷静沈着な防御戦術……我々の目から見ても、超一流だ。いやはや、所詮は蛮族とナメていた己の不明を恥じるな」
演習の終了後、演習場の片隅に建てられた簡易指揮所で、アガーテ氏は豆茶のカップを片手にそう熱弁した。先ほどまでは戦況図やら部隊を示すコマやらが乗っていた指揮卓の上はすっかり片づけられ、代わりにパン籠や食器などが乗っている。ちょうど昼食どきということもあり、感想戦ついでに腹も満たしておくことにしたのだ。
「そうでしょうそうでしょう、彼女らは大した連中ですよ」
などと話を合わせながら、僕はリンゴ入りのラードをタップリ塗ったパンを思いっきり頬張った。パンはパンでも、僕らが普段食べている燕麦メインのレンガみたいな代物ではない。小麦粉だけで作られた、純粋な白パンだ。久方ぶりにこういうパンを食べるが、やはり美味い。
これはアガーテ氏が手土産として持ってきてくれた小麦粉でつくったものだ。なにしろリースベンでは小麦はあまり育たないし、輸入される穀物も質より量を重視してライ麦などの雑穀を優先している。白パンを食べる機会は、領主ですらほとんどないのである。何ともありがたいお土産だった。
「特に、グンタイアリ虫人は体格にも優れますから。警備要員としてもなかなかに優秀ですよ。たいていの人間は、彼女らが武器を持って立っているのを見るだけで不埒な真似をしようだなどという気は失せますから」
「確かにな。我々ウシ獣人も大概威圧感の強い者が多い種族だが……グンタイアリ虫人はそれ以上だ」
うまそうに白パンを食べるゼラを一瞥しながら、ロスヴィータ氏が苦笑する。彼女の言う通り、ウシ獣人にしろグンタイアリ虫人にしろ威圧感がスゴイ。席についている者のうち三名が身長二メートル超、僕の後ろに控えているソニアも一九〇センチ台。僕だって一応男性としては長身の部類なのだが、それでもまるで自分が子供に戻ってしまったかのような錯覚を覚えてしまう。……まあでも、そもそもこの世界の男性って前世の世界よりも随分と平均身長が低いからな。その中で比較的長身だ、などといっても大したことは無いのだが。
「なんだかんだといって、白兵では体格が正義だからな。大柄なのに越したことは無い……」
ロスヴィータ氏はそう言って、末の娘をチラリと見る。自身の体格に不満があるわが義妹は、露骨にふくれっ面になっていた。なんとも可愛いものだ。
「しかし、これほど優秀な戦士団となると、もっと数が欲しくなってくるな。ブロンダン卿、率直に聞くが……彼女らをもう一個中隊追加で派遣してもらうことは可能か?
「合計二個中隊ですか」
にこやかにそんな提案をしてくるアガーテ氏に、僕は思わず腕組みをしてしまった。グンタイアリ部隊の追加派遣……可能か不可能かで言えば、まあ可能だ。開墾だ建設だと大忙しのエルフやハキリアリ虫人に比べれば、遥かに暇を持て余している連中だしな。
ただ、いくら彼女らが優秀な戦士とはいえ、二個中隊などという数を求めてくるというのがなんともきな臭い。なにしろ軍隊なんてのは"万が一"の時以外は完全に無駄飯喰らいの集団で、なんの利益も生みはしないからだ。だから、平時には最低限の数の兵士のみを確保しておき、有事の直前に改めて兵を集めるというのが基本なのだが……。
ディーゼル家は、どうにもこの有事直前の出来るだけ多くの兵士を確保する、というフェーズに入っているような気がするんだよな。本当に勘弁してほしい。やっとのことで、リースベン領内の情勢が落ち着きつつあるのだ。ここで食料の最大供給地であり、交易上も最大の取引相手であるディーゼル伯爵家が揺らぐなんてのはマジでヤバい。
「閣下、ありていにお聞きします。仮想敵の戦力はいかほどなのですか?」
僕は声を潜め、他の連中に聞こえぬようにコッソリとアガーテ氏にそう聞いた。ズューデンベルグを燃やすわけにはいかん。場合によっては、本腰を入れて支援をする必要があるだろう。
「……常備軍が六百。これに加え、いざいくさとなれば傭兵や民兵などで最低でも千ほどが上積みされるだろう」
「合計千六百ですか……」
わあ、思った以上に多いぞ。まあ、上積みぶんの千は雑兵だろうが……それでも数が集まれば厄介だ。防衛側の優位はあるとはいえ、ディーゼル伯爵軍はリースベン戦争で精鋭のほとんどを失っている。相当厳しい戦いになるのは間違いないだろう。
まあ、それがわかっているからこそ、伯爵家も戦力を求めているのだろうが……なかなか難しいところだな。リースベン軍の常備兵と蛮族兵をすべて動員すれば、一応数でも質でも圧倒できるが、もちろんそういうわけにはいかない。ディーゼル家は神聖帝国側の領主で、僕たちはガレア王国側の領主だからだ。ディーゼル家側として僕らが本格的に参戦すれば、いろいろと厄介なことになるだろう。
そうなると、傭兵団という形で密かに支援するのがせいぜいになるのだが……アリンコを二個中隊ばかり派遣したところで、敵がこれだけ多いとちょっと厳しいかもしれんね。なにしろズューデンベルグ伯領は平地ばかりの開けた土地で、大軍側が優位性を発揮しやすい地形だ。アリンコどもがいかに優秀であろうが、足止めに徹されればかなり厳しい事になる。
「……」
背後のソニアに視線を送ると、彼女はコクリと頷いた。なにはともあれ、今のズューデンベルグはリースベンの生命線。見捨てるだなどという選択肢はない。
「そういえば、ブロンダン卿」
重くなりかけた空気を振り払うように、アガーレ氏が明るい声で言った。なんとも難しい情勢だというのに、彼女は一切の陰りを表に出していなかった。本人としては「やってらんねぇ!」と叫びたくなるような状況だろうに、よく頑張っているものだ。
「アデライド殿やソニア殿との正式なご結婚はいつ頃になりそうだろうか? 披露宴にはぜひとも参加したいものだが」
これまた、いきなり話が変わったものだ。僕は少し考えこみ、答える。
「来年の夏ごろには……という話になっております」
どうしてその時期かと言えば、そのくらいに僕が伯爵に昇爵する予定だからだ。なにしろ僕は今年のうちにすでに二度昇爵しており、流石に三度目ともなるとある程度時間を置かねばいろいろと障りがある。そしてアデライドもソニアも貴族としてはかなり格の高い位階にいるので、つり合いを考えれば正式な結婚は僕が伯爵になってから……というのが望ましいそうだ。やはり、貴族の結婚はなかなかに面倒だ。
「なるほど、なるほど。いやぁ、楽しみだな。……ああ、そうだ。今回は連れて来てはいないが、実は私にも娘と息子がそれぞれいてな。まあ、まだ乳離れもしていない赤子だが……」
息子といっても、もちろん亜人は女性しかいない種族なので実子ではない。亜人貴族は夫を共有する只人女性の生んだ男児を養子として迎える習慣があるのだ。
「君たち夫妻に子供が出来たら、良い遊び相手になることだろう。私の新しい末妹ともども、仲良くさせていきたいところだな」
腹の少しだけ膨らんだ自分の母親をチラリと見てから、アガーテ氏は口角を上げる。彼女も、まさかこの期に及んで妹が増えるとは思っていなかったのだろう。その表情はやや皮肉げだ。照れたように、ロスヴィータ氏が頬を掻く。
「そ、そうですね」
僕は冷や汗をかきながら、頷いた。やっと結婚できたかと思えば、今度は子供の話だ。こちとらいまだに童貞だというのに、なんと気の早い連中だろうか。内心ため息をつきつつ、ソニアに視線を送ると、彼女は何とも言えない表情で肩をすくめた。
「狙いは政略結婚でしょうね。しかも娘の話まで出してきているあたり、アデライドの息子を次期領主の夫として迎えても良いと考えているのやも……」
僕だけに聞こえるような声音で、ソニアはそう囁いた。……次期領主の夫にブロンダン家の男を据えても良い、などと本当に考えているのならば、かなりの譲歩だ。下手をすれば、家を乗っ取られてしまうわけだからな。そういうリスクを冒してなおこちらとの友好関係を構築したいと考えているのならば、ディーゼル家は相当焦っていると見て間違いなかろう。
「またこちらに来る機会があったら、あいつらも連れて来てもいいか? 将来の領主同士が、幼いころから友誼を結んでおくというのも大切なことだろうし」
友誼もクソもその"将来の領主"とやらの片割れはまだデキてすらないんだが!? そうツッコミたかったが、まあ貴族社会にはよくある話である。僕はなんとか顔が引きつらぬように苦心しながらにこやかに頷いた。
「え、ええ。もちろん」
政略結婚まで目論んでいるということになると、ディーゼル家はブロンダン家と長期にわたる友好関係を模索しているということになる。たぶん、本音で言えば防衛義務のある実効的な同盟を結びたいのだろう。……仮にも敵国の領主と? うーん、ヤッベェなぁ。きな臭さマックスって感じだ。
もしかしてアガーテ氏、神聖帝国から離脱して王国に付こうとか考えてるんじゃないの? 確かに現在のディーゼル家の敵は僕たち王国領主ではなく、友邦のはずの帝国領主たちなわけだが。……そう考えると、まあそりゃ離脱を狙って当然か。封建制における主従って、双務的契約関係だし。必要な時に守ってくれない君主に、忠誠をささげるものなどいない。それが原因で臣下側が別の陣営に移ったところで、不義理を働いているのは臣下ではなく君主のほうだ。
とはいえしかし……。まったく、参ったね。正直、いち領主でしかない僕の領分をはるかに超えてる話だろ、これ。気が重いが、王室の方にそれとなく相談しておくか。コッソリ裏で話を進めてたら、それこそ謀反を疑われる奴だし。……ああ、しかし嫌だなぁ。こちとら、フランセット殿下の提案を蹴った直後なんだけど。正直、気が重いよ。何様やねんお前! ってフランセット殿下に怒られないかな……。はぁ……勘弁してくれ。




