第380話 くっころ男騎士と日ごろのお仕事
"騎士様"と楽しい夜を過ごした翌日、僕は仕事に復帰した。気分としてはもう少し休んで居たかったが、残念ながらそういうわけにもいかない。休めば休むほど、僕にしか処理できない案件がどんどんと積みあがっていく羽目になるからだ。
やるべき仕事はいくらでもあった。未処理の書類は執務机の上で小高い山を作っていたし、おひざ元たるカルレラ市では毎日のように様々なトラブルが起きていた。空前の好景気なのはたいへんに結構なことなのだが、外部から大量の人間が流入したせいで治安が悪化の一途をたどっているのである。
衛兵隊の代用として軍を投入し、犯罪の捜査やトラブルの仲裁を行い、民事から刑事までさまざまな訴訟を処理していく。領主というのは三権の長を兼ねた存在だから、こんなことまで自分でやらねばならぬのである。やはり、権力者も楽ではない。
「なるほどねぇ……どこもかしこもきな臭くて困るなぁ」
それやこれやにてんてこ舞いしているうちに、いつの間にか時刻は昼過ぎになっていた。僕はカルレラ市郊外のリースベン軍駐屯地で、昼食を食べている。……とはいっても、食事中も仕事の手を止めるわけにはいかなかったが。
テーブルの上には、料理の入った皿や碗のほかにいくつもの写真が並んでいた。ただの写真ではなく、街道や街を上空から撮影した代物である。僕はそれらを観察しつつ、木椀に入った軍隊シチューをスプーンですくって目の前の相手に差し出した。
「むぐむぐ……確かにあちこちで兵隊どもがうろちちょりましたね。上から見ちょっだけでん、緊張感が伝わってきたじゃ。あや、いついくさが始まってんおかしゅうなかような空気やった」
うれしそうにスプーンにかぶりついてから、彼女はそう説明した。鳥人たちの実質トップ、カラス鳥人のウルである。僕は彼女に、少々特殊な任務を任せていた。周辺諸国の航空偵察である。
リースベンはリースベンでひどい内情だが、周辺の領邦もなかなかにひどい状況だった。状況の主導権を握るためにも、情報収集は必須。そこで鳥人の機動力が役に立つわけだ。僕は彼女らを冬営地の建設から外し、この手の任務に当てていた。……まあそもそも腕が翼になっている都合上、鳥人に土木作業はできないからな。適材適所、というわけだ。
今回、ウルらが偵察してきたのはズューデンベルグ領……神聖帝国側のお隣さんだった。カリーナの元実家、ディーゼル家が治める領地である。ウルの説明する通り、その航空写真には訓練や行軍を行う兵士たちの姿が写っている。
「ふーむ……傭兵の派遣を急いだほうがよさそうだ」
ディーゼル伯爵軍は明らかに動きを活発化させている。……とはいっても、我らがリースベンへの再侵攻をたくらんでいるわけではない。現在のディーゼル家は、我らリースベンと急速に結びつきを強くしていた。なにしろ関税・通行税の撤廃による好景気を享受しているのは、僕たちだけではないからな。神聖帝国側の窓口たるズューデンベルグ領にも、やはり商人たちは集まっていた。
前回の戦争で、ディーゼル伯爵軍は致命的な損失を被った。これを回復するためには、商業に力を入れてとにかく金を稼ぐほかない。この状況下で再侵攻を決断するようなヤツは、極めつけのアホだけだ。
ではどうしてきな臭い雰囲気になっているのかといえば、ズューデンベルグ領の周囲の領主たちがちょっかいを出してきているからである。どうやら、ズューデンベルグ領の田畑や通商利権を狙っているらしい。神聖帝国はガレア王国などより遥かに地方領主の権威が強い国なので、かなりの狼藉を働いても皇帝は文句を付けられない。内戦など日常茶飯事なのだった。
「エルフ連中は冬営地ん建設で大忙しじゃっでね、グンタイアリ連中を派遣すっとが良かやろう。いくさ以外では役に立たん奴らじゃっで」
僕の差し出す軍隊シチューを満足気に食べながら、ウルはそんなことをいう。真面目極まりない会話の内容とは裏腹に、その顔には少々だらしのない笑みが浮かんでいた。
……僕のやる"あーん"が、そうとうに嬉しいらしい。なんでも、鳥人にとって"あーん"は親子か夫婦でなければしないような行為らしいからな。僕たちが食事をとっているのは駐屯地の士官用食堂で、つまり公共の場。そんなところで公然とこういう真似をしているのは……つまり僕たちは結婚しますよ、というアピールそのものだ。そう、僕は彼女とも結婚せねばならんのである。
なんでこんなことになったんだろうね? いや、別にウルが嫌いなわけではないが。文字通りカラスの濡れ羽色の髪はたいへんに美しいし、褐色肌も健康的だ。頭もよく回るし、気も利く。たいへんに器量の良い娘さんだと思うが……僕には既に何人もの婚約者がいる。いくらなんでも、相手が多すぎるだろ。これでは夫というより繁殖種馬だ。
「そうだな、あとでゼラに相談してみよう」
アリ虫人グループの頭領、ゼラの顔を思い出しながら僕は頷いた。ウルのいう通り、グンタイアリ虫人は戦うことだけに特化した連中だった。アリなのに穴掘りは苦手だし(まあグンタイアリ自体が巣を持たない徘徊性の生き物なので仕方が無いが)、手先もひどく不器用である。荷運び等の単純な力仕事以外では、どうにも真価を発揮できずにいる。
そんなんで冬営地の建設は大丈夫なのかという感じだが、そこで大活躍しているのがハキリアリ虫人であった。彼女らはやたらと高度な建設能力を持っているし、おまけに農耕もお手の物だ。戦場では坑道戦くらいでしか活躍できなかったハキリアリ虫人ではあるが、平時においては明らかにグンタイアリ虫人と立場が逆転している。
「ディーゼル家は大切な取引相手だ、戦禍に晒すのは美味しくない。抑止力の強化は急務だな……」
隣の席で面白くなさそうにウルをジロジロ見ているカリーナを一瞥してから、小さく笑った。それに気付いた彼女は軽く赤面し、照れた表情で顔を逸らした。うん、今日も我が義妹は可愛いな。
「……とはいえ、あの連中をいきなり文明国家にブチこんだら大事になりかねん。研修が必要だな。カリーナ、ロスヴィータ氏とそのあたりの相談がしたい。調整を頼めるか?」
「もちろん! 任せて、お兄様!」
鯱張った様子で立ち上がるカリーナ。僕は肩をすくめてから、懐紙にアレコレ書きつけて彼女に手渡した。カリーナはそれを恭しく受け取り、慌てた様子で食堂から走り去っていく。
「……」
義妹を見送ってから、僕は内心ため息をついた。むろん、カリーナに不満があるわけではない。単純に、ゆっくり食事もとれないほど忙しいことに辟易しているだけだ。まったく領主ってやつも楽じゃないなと心の中でボヤきつつ、口の中に軍隊シチューを運ぶ。
「……にひ」
ウルが奇妙な声を上げて、にへらと笑った。彼女の視線を追うと、その先には僕の持っているスプーンがある。……ああ、なるほど。間接キスか。彼女の満面の笑みを見て、僕はなんだか気恥ずかしい気持ちになった。それをかき消すべくバクバクと軍隊シチューを食べまくり、そして「んっ」とウルに差し出す。彼女はひどく嬉しそうな様子で、ひな鳥めいた動きでそれをパクリと食べるのだった。
「モテ期ってやつかねぇ……」
周囲に聞こえないようひっそりと、僕はそう呟いた。前世も現世も僕は徹底した非モテであったはずだ。それがまたどうしていきなりこんなことになっているのか……正直かなり理解しがたい。むろん僕も人の子だから、現状が嫌だという訳ではないのだが……そのうちしっぺ返しがありそうで怖いんだよな。
「アルベールどん」
そんなことを考えていると、突然背後から声をかけられた。振り返ってみれば、そこに居たのは目の覚めるような美貌の小柄な(竜人比)麗人であった。こんな美人さんがどこから出てきたんだと一瞬困惑したが、よく見れば見覚えのある顔である。正統エルフェニアの皇帝陛下、フェザリア・オルファンだ。
彼女は前々からとんでもない美人だったが、いつの間にかそれに磨きがかかっている。どうやら、随分と気合を入れて身だしなみを整えたらしい。肌や髪が明らかに綺麗に整えられているし、その尖った耳にはヒスイの嵌まったピアスなどがついていた。
「あれま、フェザリアか。すまない、待たせたか?」
彼女とは、午後に合流する予定だった。もちろん、艶っぽい話ではない。"正統"が建設中の冬営地の視察に行くのだ。約束では、午後の最初の鐘がなった後に落ち合う手はずになっていたのだが……。
「い、いや。お前に会うとが楽しみ過ぎっせぇ、ちょっと気が急いてしもただけじゃ。気にすっな」
そんなことを言いつつ、フェザリアは僕の隣の席に腰掛ける。エルフの従者がやってきて、彼女の前に料理を置いた。どうやら、彼女もここで食事をとる腹積もりらしい。わあい、両手に花だ! ……なんて喜べたらいいんだけどね。残念ながら、そういうわけにはいかない。なにしろ、フェザリアとウルの間にはなんとも微妙な空気が漂っていたからだ。
二人はチラチラと僕を見ては、お互いに牽制じみた視線を交わし合っている。……いくら朴念仁ぶりに定評がある僕でも、この落ち着かない雰囲気の原因が自分にあることは理解できる。ううーん、なんだか胃が痛くなってきたぞ! ファックって感じだ。いや、僕はファックされる側なのだが。




