第335話 くっころ男騎士と合流
ヴァンカ氏は死に、忍者リーダーはネェルに連れていかれた、おそらく、これでヴァンカ派の首脳陣は壊滅状態になっただろう。しかし、残念ながら戦争はまだ終わっていない。なにか劇的なことが起こっていない限りは、戦場では相変わらず彼我二千人以上の兵士が入り乱れて血みどろの戦いが続いていることだろう。
実際のところ、ここまでくると敵の首魁の生死なんてのはついでみたいなものなんだよな。その他大勢の兵士共を、どうやって止めるかが大切になってくる。そのための策は一応用意していたのだが……ネェルの強襲が台無しにしてしまった。早いところ陣地に戻って、オペレーション・ヴィットルズを再開させねばならないのだが……。
「お、お恥ずかしい所をお見せしました……」
顔を完熟リンゴのように真っ赤にしながら、フィオレンツァ司教が言った。彼女は、僕が貸したマントで全身を隠している。何しろ彼女はネェルへの恐怖のあまり失禁し、さらに尿だまりのうえで腰を抜かしてしまったのだ。彼女のトレードマークである司教服は、すっかり汚れてしまっていた。
尿まみれの服というのはいかにも不潔だし、そもそも今の季節は晩秋だ。濡れた服を着続けていれば、間違いなく風邪を引く。服は脱がざるを得なかったが、全裸でそこらをうろつくわけにもいかないので、僕が防寒着として身に着けていたマントを貸した次第である。……全裸マントかぁ、言っちゃ悪いが変態みたいな格好だな……。
「仕方が無いよ、フィオ。状況が状況だもの……」
二人きりということで言葉遣いを幼馴染としてのモノに戻しつつ、僕は言った。さっきのネェルは本当に怖かった。危うく僕もチビりかけたくらいだ。
そのネェルはといえば、まだ戻ってきてはいなかった。森の奥から聞こえてきていた忍者リーダーの悲鳴は数分前に途絶えてそれっきりだったが、まだ何かをやっているのだろうか?
……忍者リーダーを捕まえた時のネェル、明らかに様子がおかしかったものなぁ……。発言を考えるに、なにやら因縁があった様子だ。ちょっと邪魔をする気にはなれないな。下手をすればあの暴力性が僕たちの方へ向かってくるかもしれない……。
「しかし、参ったな。せっかく解放されたんだ。はやく本陣に帰りたい所なんだが……」
「あのカマキリさん……ネェルさんでしたか? 彼女は、待っていてくれと仰っていましたからね。我々だけで勝手に帰るというのは、避けた方が良いように思われますが……」
引きつった顔で、フィオレンツァ司教が言う。僕としても、同感だった。だって今のネェル、滅茶苦茶怖いし。下手なことをして機嫌を損ねるのは得策じゃないだろ。
……だからこそさっさと逃げた方が良い、という説もあるがね。しかし相手は空を飛べるわけだから、徒歩で逃げ切れるとは思えない。フィオレンツァ司教だけなら飛んで逃げることもできるが、カマキリ虫人は翼人よりも飛行能力が高いようだったし……。
忍者リーダーに対して尋常ではない害意を向けていた様子だったが、彼女と何かしらの因縁があったんだろうか? まあ、子供のころに誘拐されたって言ってたしなあ……そりゃあ因縁くらいあるか。忍者リーダーはいまごろ、大変に悲惨な目に遭っているに違いない。可哀想だが、下手につつくと藪蛇になりそうだからな。スルーするほかないか……。
「……そうだね。一休みがてら、少し待とうか」
僕はそう言ってから、ふと耳を澄ませた。遠くの方から、何か聞こえてきたからだ。軍靴が土を踏みしめる音、甲冑の装甲同士がこすれ合うガチャガチャという音。「さっきの銃声、こっちから聞こえて来たよな?」などといいう声も聞こえてきた。
「主様ー! どこですかー! 主様ーっ!」
良く聞いてみれば、その声の中にはジルベルトのらしきものも混ざっているではないか! 自然と、僕の顔に笑みが浮かんできた。どうやら、リースベン軍の一団が僕を探しに来てくれたらしい。「おおいーい! こっちだ!」と大声を上げると、ひどく慌てたような足音が近づいてきた。
「主様!」
ヤブをかき分けるようにして、武装した集団が現れる。エルフやアリンコではない。緑の野戦服や鋼板製の甲冑といった見慣れた軍装姿だ。
その先陣を切るようにして、一人の甲冑騎士がこちらに走り寄ってくる。ジルベルトだ。彼女は弾丸のような勢いでこちらに突撃してきたと思うと、そのまま抱き着いてきた。
「グワーッ!」
全身甲冑を纏った竜人が全力でぶつかってきたのである。僕は半ば吹っ飛ばされるようにして地面に転がったが、ジルベルトはお構いなしにギュウギュウと僕を抱きしめてくる。
「主様、本当に主様ですね!? ああ、良かった! よくぞご無事で! もしものことがあったら、このジルベルトは、ジルベルトはぁ……!」
涙を浮かべながらそんなことを言うジルベルトは、そのまま僕の唇を奪った。なかなかに熱烈なキスだった。ウワーッ!? 付き合ってるわけでもないのに積極的が過ぎるだろ!? いや悪い気はしないけどさあ!
「さ、流石はジルベルトさん。情熱的ですね? まあ、わたくしはこういうの、好きですけども」
さすがにかなり面食らった様子のフィオレンツァ司教が、僕たちの隣にしゃがみ込みながら言う。その顔には苦笑が張り付いていた。そちらを見たジルベルトが、顔を真っ青にする。
「し、司教様!? いらっしゃったのですか!?」
「いらっしゃいましたよぉ?」
「う、ウワアアアアアッ!?」
瞬間的に顔を真っ赤にしたジルベルトは、頭を抱えながら地面を転がりまくった。
「聖職者の前でそんなことをしたからには、ね? 責任をとってもらわねば……困るのですが?」
「ハ、ハワ、ウワワワーッ!」
奇怪な叫びを上げながら七転八倒するジルベルトを、フィオレンツァ司教はニヤニヤと笑いつつ追撃している。裸マントの不審者が甲冑騎士を追い詰めるという、大変珍しい光景である。
……しかしよく見れば、ジルベルトはなんだかまんざらでもなさそうな様子だった。僕の脳裏に、彼女の告白未遂事件のことがちらりとよぎった。……この件が終わったら、真面目に結婚について考えた方が良いかもしれんなあ。まあ、ブロンダン家の世継は只人でなくてはならない問題については、一切解決していないんだが。
「なにをやっておるんじゃ、オヌシらは……」
ひどく呆れた声が、僕たちにかけられた。ダライヤ氏である。彼女はキョロキョロと周囲をうかがい、そして木の根元に横たわったヴァンカ氏の遺体を見つけた。その可愛らしい眉が跳ね上がり、小さくため息をつく。我々に何が起こったのか、なんとなく察したようだ。
「なるほど、のぅ。どれだけ狂気に飲まれても、甘さだけは捨てられなかったか……。オヌシらしいといえば、らしいが……」
ダライヤ氏はヴァンカ氏の遺体に向けて合掌し、深々と頭を下げた。彼女らは、幼馴染のような関係だったらしいからな。袂を分かったとはいえ、その死はやはり悲しいのだろう。なんとも複雑そうな表情をしている。
「……まあよい。今はオヌシの無事を喜ぶべきじゃろうな。カマキリ虫人に捕まって、無事に逃げ帰ることに成功するなぞ……ほとんど奇跡のようなものじゃ」
「別に逃げたわけじゃないよ」
カマキリ虫人は天性のハンター……というか、ほぼキリングマシーンだからな。本気で狙われたら、逃れるのはほぼ不可能だろう。無事だったのは、あくまでネェルが淑女的な対応をしてくれたからだ。……いや、拉致した挙句片腕を喰おうとしたのは淑女的な対応といえるのかどうかは、議論の余地があるが。
「なに? では、いったいどうやって……」
その時、森の奥のヤブがガサガサと騒がしくなった。弛緩していた空気から一転、周囲の騎士や兵士たちが慌てて身構える。相変わらずローリング女騎士と化していたジルベルトもばね仕掛けの人形めいて跳ね起き、腰の剣を引き抜いた。
「何者だ!」
鋭い声で、ジルベルトが誰何する。……ヤブの中から現れたのは、案の定ネェルだった。その緑色の甲殻は返り血で派手に汚れ、大変におぞましい事になっている。まるでスプラッタ・ホラーに出てくるクリーチャーのようだ。
「もったいなかカマキリ!」
ダライヤ氏がひどく慌てたような声で叫ぶ。兵士たちが殺気立ち、ジルベルトが僕を庇って前に出た。司教は司教で、「ひぅっ」と奇妙な声を上げて腰を抜かしていた。……フィオレンツァ司教、ネェルがトラウマになってない?
「おや、おやおやおや。これは、これは。ご飯……もとい、お客さんが、たくさんですね? より取り見取り、的な?」
口元から垂れる血を鎌で拭いつつ、ネェルはニヤリと笑った。兵士たちの間から、悲鳴をかみ殺したような声がいくつも聞こえてくる。ジルベルトの身体に力がこもるのが見えた。……あ、これ、ネェルの言葉を真に受けてるわ。
「……ちなみに、マンティスジョークです。本気にしないでね?」
それを見たネェルは、ちょっと困ったような様子で頭を掻いた。しかし、当然だがリースベン兵は警戒を緩めない。……こりゃ、誤解を解くのにだいぶ難儀しそうだなあ。初手でそんなタチの悪い冗談をぶつけてくるんじゃねえよ!




