吐血
店長(猫又)の話で僕の体の中にいる鬼姫のことがだいたい分かった。
けど、どうして今になって僕の体を使って、こっちの世界を見たいだなんて言ったんだろう。
「店長、一ついいですか?」
「うん、いいよ」
店長(猫又)は手で顔の毛並みを整えながら、そう言った。
「どうして鬼姫は今になって、僕の体を使ってまで、こっちの世界を見てみたいだなんて言ったんでしょうか」
それを聞いた瞬間、店長(猫又)の目つきが変わった。
「それは冗談ではないんだよね?」
「冗談でこんなことは言いません。けど、あいつが何を考えているのか僕には分からないので」
店長(猫又)は小首を傾げると、僕にこう言った。
「彼女はまだ幼い。しかし、世界を一変させてしまうほどの力を持っている。故に彼女はもっとたくさんのことを経験すべきなんだ」
「それは具体的にどのようなことを体験させればいいんですか?」
店長(猫又)は僕の膝の上に乗ると、僕の左胸に右の前足を当てた。
「あ、あの……」
「静かに。聞き取れないから」
聞き取れない?
「……なるほど、なるほど。君と君の周囲にいる者たちは彼女にいい影響を与えているようだね。しかし、それはちょっとしたことで崩壊する可能性があるから気をつけるのだよ?」
「は、はい。分かりました」
今、店長(猫又)は僕の何を聞いたんだ?
「よろしい。それじゃあ、今回はここまでにしよう。ずっと結界の中にいたら気分が悪くなるからね」
「そうですか。では、失礼します」
僕が更衣室を出ようとすると、店長(猫又)を呼び止めた。
「最後に一つだけいいかな?」
「はい、何ですか?」
僕が振り返ると、店長(猫又)は静かにこう言った。
「くれぐれも鬼の力に支配されないようにするのだよ?」
「……できるだけ、そうならないように努力します」
店長(猫又)は「そうしてもらえると助かるよ」と言った。
「それでは、失礼します」
彼が更衣室を後にすると店長(猫又)は突然、吐血した。




