頑張ってね
鉄鼠と戦ったからといって、それでバイトを休む理由にはならないし、無傷で帰還できたのは妹やみんなのおかげだ。
だから、少しくらい役に立たないといけない。
別に罪滅ぼしというわけではないが、体を動かしていた方が気が紛れる。
僕はいつものようにバイト先のファミレスを訪れる。
僕が更衣室に行くと、猫又(店長)がいた。
「山本くん、ちょっといいかな?」
黒い体毛と金色の瞳が特徴的な猫又(店長)はニコニコ笑いながら、僕にそう言った。
いったい何の用だろうと思い、僕が近寄ると店長は僕の胸に飛び込んだ。
僕が店長を落とさないように店長を抱っこすると、店長は僕の頬に手を添えた。
「目の下が赤いよ。そんな顔でお客様の前に出るつもりかい?」
「あっ、すみません。気づきませんでした」
店長はニコニコ笑いながら、僕の頬をポンポンと軽く叩く。
「ここに来る前に何があったのかは知らないけど、ここに来たからには従業員としての務めをしっかり果たしてもらわないと困る」
「は、はい」
叱られるかもしれないと覚悟したが、その必要はなかった。
「ということで、今から少し顔をきれいにするよ」
「はい……。えっ?」
その直後、店長のシッポが僕の目の下をなぞった。
「はい、終わり。いつも通りの君の顔になったよ。鏡で確かめてごらん」
「は、はい」
僕は机の上に置いてあった手鏡で自分の顔を見た。
そこには、いつも通りの僕の顔があった。
「あ、ありがとうございます、店長。僕なんかのために時間を割いていただいて」
「なあに、気にすることはないよ。それより、もうすぐ時間だよ」
時間。そうだ、僕はここで働くために来たんだ。
お客さんが僕を待っている。行かなければ。
「そうですね。では、失礼します」
「いってらっしゃい、頑張ってね」
僕は「はい!」と迷いのない返事をすると、マッハで着替えた後、その場をあとにした。
「店長は彼に甘いですね」
「犬上くん、見ていたのかい?」
突如として店長のとなりに現れたのは黒髪ロングと黒い瞳と頭に生えた犬のような耳が特徴的な女性だった。
「私はこの店の従業員たちのリーダーです。従業員が異性だろうと人間だろうと、ある程度のことは知っておく必要があります」
「君は相変わらず、仕事熱心だね」
「それはそうと、彼は今日の一件に関与している可能性があります。今後、このようなことが多々あれば」
店長は「多々あれば?」と彼女に訊ねる。
「ここでの業務をやめてもらうということも視野に入れる必要があります」
「そうならないことを祈っているよ」
店長がそう言うと、彼女はどこかに行ってしまった。
「さてと、お仕事、お仕事」
店長はそう言うと、その場から姿を消した。




