へえ、そう……
雅人が家を出た後、座敷童子は鼻歌を歌いながら家事をこなしていた。
「機嫌いいねー、何かいいことでもあったのー?」
夏樹(雅人の実の妹)が座敷童子にそう訊ねると彼女はニコニコ笑いながら、こう言った。
「いえ、別に」
「えー、本当かなー? ねえねえ、本当のこと言ってよー」
今朝、童子ちゃんがお兄ちゃんの部屋にいたのは知ってるんだからさ。
「別に何にもないですよー」
「うっそだー。絶対何かいいことあったでしょー」
仮とはいえ、お兄ちゃんの彼女になったんだから、絶対嬉しいに決まってる。
私だったら、嬉しくて家中走り回るもん。
「本当に何もないですよー。ただ、ちょっと気持ちの整理ができただけです」
気持ちの整理ねー。
「へえー、そうなんだー」
「何ですか? 私の顔に何か付いていますか?」
夏樹は首を横に振る。
「ううん、何にも付いてないよー」
「そうですか」
二人の会話が一旦終了すると、白猫がリビングにやってきた。
「ねえねえ、何の話してたの? 私にも教えてよ」
「えーっとねー。童子ちゃん、今とっても機嫌がいいんだよーって、話だよー」
まあ、間違ってはいませんね。
「へえ、そうなんだ。それで? 二人の関係はこれからどうなるの?」
「二人? それって、私と童子ちゃんの関係ってことー?」
やはり、そういう流れになりますか。
「そうそう。まあ、私が言うまでもなく……二人は恋敵になるわね。というか、もうなってるわよね?」
「そうだねー。もうなってるねー。ねえ? 童子ちゃん」
私に振らないでください!
「そ、そうなんですか? 私、そういうのよく分からないですー」
「えー、分からないのー? とでも言うと思った?」
え?
「私、お兄ちゃんのこと、誰にも渡す気はないよ。だから、せいぜい私に殺されないように気をつけてね?」
「殺される? この私がですか? 自分の髪で相手を刺したり、拘束したりすることしかできないあなたが『文字使い』であるこの私に敵うとでも思っているのですか?」
こいつ、言わせておけば!
「言ったね? もう後戻りはできないよ?」
「覚悟なら、とっくにできています」
へえ、そう……。
こうして、夏樹と座敷童子の戦いが幕を開けたのであった。




