補充
妹はしばらく僕の頭を撫でていた。
早く風呂に入って寝たい……。
僕の小さな願いが叶ったのは、日付が変わった時だった。
「さてと、もうそろそろ寝ようかな。おやすみー」
「ああ、おやすみ」
夏樹が自室に戻る。
僕はソファに横になる。
座敷童子が僕の額にデコピンをする。
何度も、何度も。
「地味に痛いからやめてくれないか?」
「では、私と一緒にお風呂に入りましょう」
さっきは逃げたくせに……。
「嫌だ、と言ったら?」
「あなたの額に『奴隷』という文字を書いて、一生こき使います」
チートすぎるだろ、お前の能力。
「分かったよ。一緒に入るよ」
「ありがとうございます。では、参りましょうか」
座敷童子が手を差し伸べる。
僕はそれを無視して起き上がる。
僕が風呂場に行こうとすると、座敷童子は僕の行く手を阻んだ。
「おい」
「なんですか?」
こいつ、何がしたいんだ?
「そこを退いてもらえると嬉しいんだけどなー」
「私と手を繋がないと、この先には進めません」
なんだよ、それ。
「分かったよ。ほら、行くぞ」
「はい」
今回は何も起きなかった。
本当に何も起きなかった。
自室に戻るまでは……。
「どうしたんですか? 眠れないんですか?」
「まあな……」
いつのまに僕のとなりに……まあ、いいか。
「あなたは偉いですね」
「え?」
偉い? 僕が?
「毎日、学校に行って、バイトもして、夏樹さんの世話もして、家事もこなして」
「もう慣れたよ」
お前が来てから少し楽になったことは黙っておこう。
「けれど、あなたの中には鬼が宿っています。あなたは彼女がいる限り、普通の人間にはなれません」
「まあ、そうだな」
鬼の力……。
僕は今までそれに頼ってきた。
けど、最近は使っていない。
「けれど、希望はあります。あなたが主導権を握ればいいのです」
「ん? それはいったいどういう意味だ?」
座敷童子の右手の人差し指が僕の額に触れた瞬間、僕の体は動かなくなった。
「文字使いの奥義を一瞬でも目にしたら、文字使いの命令には逆られなくなるんですよ」
そうなのか? 初耳なんだが。
「文字使いは能力を使うと、体内に蓄積できる霊力の量が増えていきますが、減った分の霊力は食事かパワースポットに行って補充します。しかし、実はもう一つ霊力を補充できる方法があります」
それって……まさか……。
「それは誰かの霊力を吸収することです」
ですよねー。
「あなたの血には鬼の血が混じっているので、あまり吸いたくありません。なので、あなたの涙をいただきます」
いや、それは元々、血なんだが。
「眼球を舐められるのは初めてですか?」
舐められたくないです。
そんな経験したくないです。
「大丈夫です。一瞬で終わりますから」
せめて唾液にしてほしいなー、なんて。
「まあ、別に唾液でも構いませんが、それだとあなたとキスすることになりますよ?」
そこはほら、僕の口から出たやつを舐め取ればいいだろ?
「そうですね。それはいい考えですね」
あれ? もしかして、僕が考えていることが分かるのか?
「ええ、分かりますよ。それでは、いただきます」
あまり気持ちのいいものではないはずなのに、彼女に舐められている間、僕はずっとドキドキしていた。
何かに目覚めかけたような気がしたが、それは杞憂だった。
そういえば、主導権がどうとか言ってたな。あれはいったいどういう意味なんだろう。




