狩人の涙
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「なんでこんなことになってるんだろう……」
エリアルは、馬車の窓から夕方のせわしない街並を眺めながら、小さく呟いた。
「なにか言ったか?」
「いえ、何も」
非常に居心地が悪かった。無言でエリアルの前に座るアルフォードも楽しそうではない。昼間のような怖ろしい気配はなかったが、静か過ぎて、ある意味不気味だった。
アルフォードの率いる西方騎士団が、エリアルを部屋から馬車着場まで送るという話は聞いていた。
セリナは先に帰ったエリアルを責めることも、問いただすこともなく、落ち込んだようなエリアルを励ましてくれた。愚痴も聞いてくれて、お茶をして、そのうちにクレインが来て、そうセリナに了解をとっていた。
夕方になり、部屋に迎えにきた騎士をみて、エリアルは息をのんだ。まさかトップが来るとは思っていなかった。
「アルフォード様……」
アルフォードが一人で部屋にやってきて、セリナに許可をとる。セリナは昼間のこともあったので少し迷っていたが、断ることができるはずもない。
「エリアル、先程は失礼した」
座るエリアルに手を差し出したアルフォードは、昼間とは全く違う雰囲気だった。だから、なんとかその場から逃げることは留まった。
エリアルは、
「いえ……」
と、声は出せたものの、他に何も言うことが出来なかった。
馬車までの間だと思っていたのに、何故か一緒に乗りこんだアルフォードにエリアルは戸惑いを隠さずにはいられなかった。。
「悪かった……」
アルフォードがジッとこちらを見ているのに、エリアルはずっと外を眺めていた。夕暮れのリスカスは騒がしく賑やかで人々の暮らしが豊かだとわかる。
エリアルを見つめたまま、アルフォードが謝罪の言葉を発した。
「あの……私こそ、噛み付いたりしてごめんなさい……。それで怒ってらっしゃったんでしょう」
エリアルはアルフォードのほうを見ることが出来なかった。自分の膝にある手を見つめる。
「いや、それは……怒ってない。本当にわかっていないのか……?」
アルフォードの中で、エリアルに噛まれたことは怒ることではなかった。
自分に好意を寄せてくれていると、あれで気付いたのだ。あんな激しい愛情表現をこれまでの人生で寄せられたことなどないし、もちろん不快に思うこともなかった。
応えれないことにもどかしさや自分への情けなさが溢れはしたが、それをエリアルにぶつけるつもりもない。
ただ、何故自分が怒っていたか全くわかっていないエリアルには少し苛立ちそうになる。だが、ここで怒ってもエリアルは逃げるだけで、クレインはエリアルを領地に帰してしまうだろう。
アルフォードは、出来るだけ自分の苛立ちを出さないように、ゆっくりとエリアルに自分の気持ちを伝えようと思った。
「怒ってない。ただ、自分を大切にしてほしい。エリアルが酷い目にあったのだと思ったんだ……。エリアルが酷い目にあったのなら、俺は、きっとその相手を許さないだろう」
アルフォードは怒ってはいないという。けれど、その紺碧の瞳は真摯で、怒っているかのように強い眼差しだった。エリアルは、ゾクリと震えた。
心の底から逃げたいと思ったが、必死に踏みとどまった。
心配してくれたんだ――。と、心が浮き立つ。
「ごめんなさい」
「俺も悪かった……」
二人は同時に謝った。
エリアルは、次第に笑いがこみ上げてきた。あんまり緊張しすぎたからかもしれない。
「なんだか私達、謝ってばっかりね」
エリアルが笑っているのをみると、アルフォードは安心する。そうだ、この瞳がみたかったんだと思った。知らずアルフォードも笑っていた。
「今度はいつ来るんだ」
笑いの波が去るとアルフォードは、そう聞いてきた。
「五日後です」
「わかった。屋敷まで迎えにいく」
当然のことのように言うアルフォードに呆気にとられる。エリアルが王宮に訪れるのは昼前だ。朝から仕事で登城しているアルフォードが来るとなれば、少しではない時間が必要だろう。
「あの、大丈夫です。お仕事してください」
「仕事だと思ってくれて構わない」
アルフォードは、平然と嘯く。
「仕事ではないと思います」
エリアルも譲らない。
「王太子妃様のご命令だろう。これは立派な仕事だ」
「では、私は王宮には行きません」
「なぜ?」
戸惑ったようなアルフォードの声にエリアルははっきり言った。
「私はあなたのお仕事の邪魔をしたくはありません」
エリアルは自分のことは自分で出来るように育てられた。自分が遊ぶために忙しい人の時間を奪うことはエリアルの理解の外でしかなかった。
「邪魔なんかじゃない。俺が、エリアルに会いたいと思っている」
またか……と思う。この人は女たらしだ――。性質の悪い。
こんな低い声で、こんな瞳で言われたら、誤解するなというほうが無理だと思う。
「どうして、そんなことを言うんですか。私のことをいらないっていうのに、そんなことを言われたら、愚かなことだとわかっていても、期待してしまうじゃないですか……」
エリアルの声は悲鳴のようだった。アルフォードは、泣きそうになったエリアルを抱きしめた。
さっきまで笑ってくれていたのに、なんでこんなことになったんだと自問する。
抱きしめたエリアルは、身体を強張らせて腕でアルフォードを押し返そうと突っ張っていた。それがとても悲しくなる。
「好きなんだ……」
アルフォードの言葉がエリアルの身体を縛る。固まったエリアルの髪をそっと撫でると、必死に逃げようとしていた腕から力が抜けた。
「うそつき……」
エリアルが泣いていた。自分の胸の中で、何度もアルフォードを嘘つき呼ばわりしながら。
もっときつく抱きしめると、息を飲むのがわかった。エリアルはジッとアルフォードの胸の中で泣くのだった。
あ~、言っちゃいました。自分の中でアルフォードが一番思い通りにうごいてくれませんw。




