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その夢を、星空に -Star Observation Society KYOTO-  作者: TOM-F
Sign02 ペルセウス プリンス・チャーミング
20/20

朱雀(後)

 ランチは地下街の天ぷら屋にした。

 香ばしいゴマ油でからりと揚げた野菜や海老が出たあと、コースの締めは苺の果肉が入ったジェラートだった。さっぱりと口直しをしてから、僕たちは伏見稲荷大社に向かった。


 朱塗りの鳥居が延々と立ち並ぶ千本鳥居を、大勢の観光客にもまれながら歩く。

 繋いだ手の感触が、懐かしさとともに、なにかとても大事なもののように思えた。高校卒業までは、あたりまえのようにあったことだったのに。


 綾乃は、ニューヨークの大学で天体物理学を学びながら、ジャーナリズムスクールで記者になるための研鑽も積んでいる。

「休む暇もないんだよ」と、近況を話してくれた。


「そっか。綾乃、がんばってるんだね」


 うん、と綾乃は頷いたが、すぐに首を横に振った。


「がんばったからって、それが必ずしもいい結果につながるわけじゃないけどね。あたし、高校の頃って、そんなふうに考えもしなかった……」


 それから綾乃は、去年の秋から今年の春にかけて取り組んでいた、というか巻き込まれていた事件のことを話してくれた。


「……あたしが振りかざす正義が、誰かを苦しめたり、不幸にすることもあるんだって、そんなことにすら思い至らなかった。でもね、やってしまったことは、もう取り返しがつかない。だったら、それも背負って前に進んでいこうって、思うんだ」


 綾乃もまた、背負っていく、と口にした。

 晴れやかな笑顔で話しているが、その内容は僕にとってはあまりに衝撃的なことだった。いま目の前にいる幼馴染がそんな大事件の渦中にいたということが、まるで違う世界の出来事のように思えた。


「それにしても、すごい数の鳥居だね。これのひとつひとつに、奉納した人の思いやら願いやら祈りやらがこもってるんだよね。それぞれはばらばらで無関係にみえるけど、でもそういうものたちが、重なり合ったり反発しあったり、響き合ったりして、この世界をかたちづくってるんだって思うよ」


 千本鳥居の出口が見えてくると、綾乃は足を速めて僕の手を引いた。

 つられるように日向に出ると、綾乃のチュニックの赤が、鳥居の朱よりも艶やかに輝いた。からだを捻って上半身だけ振り返った彼女が、笑みを浮かべる。

 僕はあわててスマホを取り出し、カメラを綾乃に向けた。

 いまここで何かに残しておかないと、消えて無くなってしまうもののような気がした。

 シャッターボタンをタップする指が震えた。



 京阪電車で三条に出て、涼風と瀬音に包まれながら鴨川を西へ渡る。

 予約したイタリア料理店のすぐ近くにあるお寺で、灌仏会が行われていた。

「寄って行こうよ」と、綾乃は僕の手を引いた。


 境内には、小ぶりな花御堂が設えてあった。

 綾乃は、お釈迦様の像に掌を合わせたあと、柄杓で甘茶を流しかけた。


「天上天下唯我独尊。この広い世界に、自分はただ独り。だからこそ、だれもがそれぞれに、尊い存在なんだよね」


 綾乃は、そう言って大きな目を空に向けた。

 僕は綾乃の言葉に、はっとなった。お釈迦様の有名なその言葉は、そんなふうに解釈することもできるのかと思った。

 見上げた黄昏の空には、この季節にはめずらしい裏御光が差していた。それはまるで、仏像の光背のように綾乃の背後を輝かせていた。



 先斗町の喧騒のなかに、その店はひっそりとあった。

 暖簾をくぐって町家のような建物に入ると、外観とはうらはらな洋風の内装だった。細長くて奥行きが深い店内には、白いクロスがかかったテーブル席が並び、それぞれの席には、ブランデーグラスのような燭台の中でキャンドルの火が揺れていた。

 僕たちが案内された席は、大きなガラス窓が鴨川に面していた。

 ウェルカムドリンクのスパークリングワインのグラスを合わせる。


「お誕生日、おめでとう」

「ありがとう」


 生麩とモッツァレラチーズのサーモンロールのアンティパストから始まり、京野菜のサラダ、イベリコ豚と春野菜のアヒージョ、ボロネーゼのパスタと出て、メインはオマール海老のグリルだった。

 綾乃はグラスの白ワインを口にしながら、目を細めた。


「いいお店だね。智之ちゃんにしては、上出来だよ」


 上機嫌な綾乃に、僕は今日何度目かの問いを繰り返す。


「ほんとに、プレゼント用意しなくてよかったの?」


 うん、と綾乃は頷く。


「いいんだよ。それより、今夜、いっしょにしたいことがあるんだ。事件が落ち着いて、あたし、思ったんだよ。やりたいって思うことは、ちゃんとやっておかないといけないなって。あたし、ううん、あたしたちは、いつ、どうなるか、わからないからね。だから、そのために帰ってきたんだよ」


 綾乃はそう告げて、Buon compleanno!とチョコレートソースで書かれたアニバーサリードルチェのプレートから、ティラミスをフォークですくい上げて口にした。

 彼女のこげ茶の瞳のなかで、キャンドルの炎がゆれる。

 僕は、デザート用に注文した赤のポートワインを口にした。甘さとともに、アルコールがからだを内側から火照らせた。

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