第346話 上野の10年
マナ溜まりからアカシックレコードに接続できることを赤城さんが知っていた!?
そんなことってあるの!?
「待ってください、じゃあ、赤城さんもマナ溜まりに入ったことがあるんですか?」
私が驚いて尋ねると、上野さんは首を傾げている。
「それはわからないけど、赤城さんはマナ溜まりのことを知っていて、危険はあるがうまくいけばとてつもない見返りが得られると言ってたよ。それで、俺は赤城さんに手助けしてもらって病院を抜け出した。――あのままでは死をゆっくり待つだけだったから、危険があってもその僅かな可能性に賭けたかった」
少し続けてしゃべったせいか、上野さんが咳き込む。颯姫さんはその背中をさすり、水を差し出しながら「少しずつしゃべってください」とフォローしてる。
そして上野さんは、ゆっくりと10年前のことを語った。
赤城さんに連れられて横須賀ダンジョンのマナ溜まりに向かったことと、そのマナ溜まりの中でアカシックレコードから知識を得て、膨大な情報の中から自分が生き延びる可能性を颯姫さんがリザレクションを習得する未来に見いだしたこと。
横須賀ダンジョンのマナ溜まりまで、病気で弱り切った上野さんを連れて行ける赤城さんって何者なの!?
「その道が見えても、俺は飛びついたわけじゃない。むしろ今まで心配させた女の子にこれ以上負担を負わすのかって思ったら、なんとか他の方法はないかと考えたよ。だけど、病気の治癒や蘇生に関する魔法もしくはスキルは、それ以外見つけられなかった」
「……多分ですけど、当時の私が上野さんを救いたいって強く思ったから、リザレクションを習得する未来っていうのが出てきたんだと思います。ゆ~かちゃんと蓮くんを見てる限り、ユニーク魔法はその人の根本の願いが強く影響してるみたいだから」
上野さんにとっては、それは数日前のことでしかないのかもしれない。だから感情も生々しいんだろう。俯いた彼の顔には苦悩の色が濃くて、上野さんが簡単に颯姫さんに泣きついたわけじゃないってことが窺えた。
よかった。自分の生死なんていう重い物を簡単に颯姫さんにぶん投げてたとしたら、「何様のつもりだ!」って往復ビンタするところだったよ。
とりあえず、「なんで赤城さんがマナ溜まりの真実を知っていたのか」はわからなかったけど、上野さんがダンジョンの生成コードを使ってこの新宿ダンジョンを作り、颯姫さんをMAG120まで育てるための場所としたことは裏が取れた。
なんでこの場所なのかって聞いたら、ここはマナ溜まりの大元のエネルギーである地脈の力がすぐ近くを取ってて利用しやすかったんだって。あと、上野さんと赤城さんが勤めてる会社がすぐ側だとか。
「怖くなかったわけじゃない。俺は何をしてるんだろうって何度も思ったよ。一時期同じ病院に入院してて交流があったとはいえ、傍から見たら本当に薄い繋がりでしかないはずの10歳も歳下の女の子に自分の生き死にを預けるなんて。――でも、颯姫さんが助けてくれなければ死ぬ、それでもいいかと思ったんだ」
ああ、それは、聖弥くんが前に言ったことに似てる。そのままでも死ぬなら、賭ける価値はあるって。
「颯姫さんを信じてたんですね」
きっと聖弥くんは上野さんに同調できたんだろう。聖弥くんが確認するようにそう問いかけると、上野さんは深く頷いた。
「俺が生きたいと思ったのは、颯姫さんが花を持ってきてくれたからだった。逆に言えば、これで見捨てられるくらいなら、そのまま死ぬのと同じだと思った。俺は、颯姫さんを好きになってたから」
上野さんの告白の言葉で、全員の視線が颯姫さんに向いた。颯姫さんは少し眉を寄せて、自分を見る上野さんを見返している。
「私も、あの時は上野さんのことを好きでした」
「あの時は」
「あの時は」
「あの時は」
みんなが続々とそこを復唱するね! 上野さんは心臓押さえてひっくり返りそうになってるけど!
「い、今は、そうじゃないってこと?」
「わかりません」
力ない上野さんに、やはり颯姫さんはふるふると頭を振って力ない声で答えた。
「最初は、上野さんが好きで、助けたい一心で戦い始めました。……でも、それはだんだん『ここで私がやめてしまったら、人がひとり私の諦めのせいで死ぬ』っていう呪縛のようになっていって。好きとかそういう気持ちよりも、自分が罪悪感を負いたくないから戦ってた。惰性でした」
「……俺たちもほとんど惰性でしたよ。ここはLV上げには最適だけど金が入らないから普通のダンジョンと交互に潜って、装備を調えたりして。このダンジョンの攻略は日常になってた。それはもう惰性なんですよ、他人事の俺たちでも惰性だったんだから、姫が10年掛けて惰性でも続けたのは凄いことなんですよ」
「姫」
上野さん、そこをツッコむのか……!
ライトさんが颯姫さんを姫呼びしてることで、上野さんが眉をピクリと上げる。私の心中は、「そこか」というツッコミと「嫉妬するくらいなら気持ちは本物かな!」っていう安堵で複雑だわ。
「今更だけど、そちらはみんな俺のことを知ってるみたいだけど、俺はそちらの事情を知らないから自己紹介してもらっても?」
上野さん……目が、笑ってないです! 視界の隅で蓮が頬を引きつらせてるよ!
そういえば自己紹介してなかったよねって、みんな納得したからいいけどさ。
改めて、こっちはこっちで颯姫さんのゲーム仲間で構成されたパーティーであるライトニング・グロウと、LV上げを手伝ってもらった御礼に攻略をお手伝いしたY quartetとその関係者だと説明した。
颯姫さんのゲーム内での名前が「フジヒメ」だから同盟チャットの頃から「姫」「藤さん」って呼ばれてることを知って、しかも直接会うまではタイムさんもライトさんも颯姫さんを男だと思ってたという話を聞き、上野さんの表情がいくらか和らぐ。
今更だけど、藤堂颯姫の最初と最後を取ってフジヒメか。しかも同じゲームの同じ同盟の中に「オニヒメ」さんがいてそっちは正真正銘の男性だったらしい。じゃあ男性と思われても仕方ないかもね。





