第342話 ミッションクリア
新宿ダンジョン、1層。
異様な緊張感がその場を包んでいた。
颯姫さんが、「あーーーーーー(濁音)」と言いながら壁に手を突いて、なかなか動こうとしないのである。
「これでMAGが119とかだったら、私は1週間くらい立ち直れない」
「それもう20回くらい聞いた」
「1週間ならいいじゃん、また来週LV上げすれば次は確実に120超えるよ」
「このやりとり、もう10回以上してるじゃーん」
緊張が極まってずっと動けない颯姫さんを、ライトさんとタイムさんは宥めたり励ましたりして、バス屋さんはいつもだったら怒られそうなことを言ってるんだけど。
うむ、今回ばかりはバス屋さんに全面同意。
申し訳ないけど、往生際が悪い!
「颯姫ちゃん」
ママが優しく声を掛けて、颯姫さんの肩に手を置く。颯姫さんは涙目になりかけながらもママに向かって振り向いた。そして――。
「今更結果は変わらないから! 行くわよ、外へ!」
ママがとうとう、容赦なく颯姫さんを引きずって外へ向かう。まあ、ママが優しいだけの時なんてないんですよね!
「あーーーーー! ごめんなさいごめんなさい! 自分で歩きます!」
凄い悲鳴を上げつつ、出入り口ギリギリのところで颯姫さんは体勢を立て直した。
それに続いて私たちもぞろぞろとダンジョンを出る。
「うわー、LV82まで上がってる! ヤマトのLVも……えっ」
せっかく地上に出たんだしと私もダンジョンアプリでLVをチェックしてみたら、私のLVは82でヤマトは69まで上がってた。まあ、それはいいんだ。
驚いたのは、スキル欄に【威圧】が増えてたこと! LVアップで増えたんだろうけど、どのタイミングで増えたんだろうか。
威圧ってアグさんも持ってるあれだよね。どうしよう、ヤマトがますます強くなっている!
「ほら、ステチェックして!」
「さっさとしないと今日の夕飯俺が作るぞ!」
「やだっ、勘弁してください」
一方の颯姫さんはタイムさんとライトさんにせっつかれていた。それにしてもライトさん、「夕飯俺が作る」が脅しになるレベルなんだ……。
「あーーーーー、緊張する。吐きそう」
「吐いてもいいから、ステータスチェックしなさい」
ママまで厳しいな。新宿の路上で「吐いてもいいから」とかかなりエグい事を言ってる。バス屋さん含む私たち歳下組は、何も言えずに見守ってるけど。
「うっ……MAG……122! あー、やっとここまで来た」
目標クリアだ! 私は思わずガッツポーズをしたけど、当の颯姫さんはそれほど嬉しそうではない。むしろ今までより緊張が増してしまったのか、本当に顔色が白くなってしまった。
「はい、はやく魔法取得して」
「できないなら俺がやりましょうか?」
新宿の路上でスマホを握りしめたまましゃがみ込んで動けなくなってる颯姫さんに、ママは容赦なく詰め寄り、蓮は気遣わしげにしてるけど割と酷い一言を放つ。
困ったね、10年間の積もり積もった感情が一気に来てるんだろうけど、このままここでしゃがみ込んだままにしておけるわけもないし。――あ、そうだ。
「颯姫さん、これ奥多摩ダンジョンで宝箱から出たんですけど、みんなの意見で颯姫さんにあげようってことになって」
梔の髪飾り、まだ渡してなかったんだよね。リザレクションを覚えてからの方がいいかなって思ってたから。
アイテムバッグから白い花の形をした髪飾りを出すと、ほんのりと甘い花の香りが漂った。夏の夜の匂いだ。
「私に?」
顔色が悪いながらも、颯姫さんは顔を上げてくれた。その目の前に髪飾りを差し出すと、パチパチと彼女は瞬きをする。
「……綺麗ね。でも、宝箱から出たのにどうして私に?」
「これ、梔の髪飾りっていうんです。装備してると一度だけ死亡状態から復活させてくれるって。だから、颯姫さんが持ってれば一番いいかと思って」
ひえっ、と颯姫さんは喉の奥で声を詰まらせた。うん、死亡から復活ってアイテム的に破格だもんね。多分オークションに掛けると数億円以上になる奴。
「そ、そんなものもらっていいの?」
颯姫さんの白かった顔色から、もう一段血の気が引いた気がする。
私の手から彩花ちゃんが髪飾りを取り上げ、颯姫さんの耳のすぐ上に付けた。
「わー、似合う。うん、これは颯姫さんが持つのが正解だよ」
「これは普通の人がそのまま使ったら一回限りのアイテムだけど、颯姫さんが持てば意味合いが変わってくるんですよ」
彩花ちゃんはパチパチと拍手して、聖弥くんが一言添える。それでやっと颯姫さんはハッとしてこちらを見た。
「私がリザレクションを覚えれば、このアイテムを持ってることで他の人の命のリスクが更に減るのね。……なるほど、朽ちなしに掛けて梔か」
「あっ、そういう意味だったんだ」
朽ちないって意味で梔ね! それは気づかなかったよ。なんでこんな付ける人を選ぶ可愛い髪飾りなんだろうって思ってた! 偶然だけど、ほぼ颯姫さん専用と言ってもいい装備品じゃない?
「なんか、いい香りがする」
「梔の香りね、本物はもっと凄くきつい香りよ。これくらいだったら、多分付けてたらすぐに慣れちゃうと思うけど。隠密性には欠けるわね」
乙女心が欠片もないママの言葉に、颯姫さんはちょっと笑っていた。そして、よし、と呟くと唇をきゅっと結んでスマホを操作し始める。
「出た、ワイズマン。それで、最上級魔法が雷属性のジャッジメント――雨のように雷が降り注ぐ魔法だって。ユニーク魔法は」
一度言葉を切って、颯姫さんははぁ、と息をついた。
「――本当に、リザレクションだ」





