第326話 新宿ダンジョンの日常
結局、凍らせたはいいもののこっちも攻撃できない人が続出したので、蓮は泣く泣く氷を溶かしていた。
「でも、移動封じには効果高いと思うんですよね、RST高い敵に対して」
「それは認めるけど、俺たちの靴が対応してないんじゃ使えないな」
一応私がフォローしてみたけど、ライトさんにすっぱりと否定されてしまった。
やっぱり靴だね! 雪原フロアは日本では青森と北海道の一部しかないらしいけど、スパイクは付いててもいいと思う。連休終わったら寧々ちゃんに相談してみよう。
氷が溶けたところから怒りモードの彩花ちゃんによってガンガン敵が倒されていって、気がつけばフロアからミスリルゴーレムは消えていた。
スリープもバンバン飛んできたんだけど、レジストブーストのおかげか誰も沈まなかったね。
「はい、撤収撤収」
微妙に疲れの滲んだ声で颯姫さんが促すと、みんなは77層への階段に向かって、途中にあるドアから居住区域に入った。
「はああー、魔法を使えないってある意味面倒ー」
ずっと角材振り回してた颯姫さんが、ソファーにぼふんとめり込んでた。
「他のモンスターの間に交じってる程度ならチョロい敵なんだけどなー」
バス屋さんも、蜻蛉切の刃じゃなくて石突きの方でぶったたいてたもんね。
「単純に考えて、残り四分の一だから特殊階層が出てきてもおかしくないけど。上級ダンジョン下層の敵はもう出ちゃったから、次のエリア切り替えではどんな敵が出てくるのか想像つかないなあ」
「パターン的に中級ボスの強化版か、上級ボスの弱い方が出てきてもおかしくないね」
新宿ダンジョンにいい加減詳しくなってるライトさんとタイムさんが悩みながらリビングに入ってきた。そうかー、ボスが普通の敵として出て来ちゃうこともありうるんだ。
「とりあえずお昼にしましょ、おかず作ってきたから。颯姫ちゃんの好きな鶏ハムもあるわよ」
「やったー、果穂さんの鶏ハム大好きです!」
ママが一声掛けたら、沈んでた颯姫さんがガバッと起き上がった。ママの作る鶏ハム美味しいんだよね! 皮も美味しいけど、基本低カロリー高タンパクだからよくサンドイッチにして食べてた。
「レシピ教えてください。いくつか料理サイトのレシピ試したんですけど、あの味にならなくて」
「いいわよー」
キッチンに向かった颯姫さんとママは、和気藹々としゃべりながらアイテムバッグからいろいろ出してる。
ママに使用権付加したままなんだけど、鶏ハムとか入れられてたんだ……気づかなかった。
また「好きなもの挟んで食え」って感じにパンと具材が色々並ぶ。それと一緒にすっごく食欲をそそるいい匂いがする!
「はい、オニオンスープ。塩分取っておかないとね」
「うわ、よだれ出る匂い!」
スープカップになみなみと茶色いスープが注がれていて、次々と回ってくる。美味しそうー!
みんなでいただきますをして、賑やかにしゃべりながら昼食が始まった。
まだダンジョンは1層攻略しただけだし、体力的というよりは精神的に「なにこれ」って展開のせいでどっと疲れただけだから回復が早いね。
「オニオンスープ美味しいです!」
「これ缶詰の。美味しいよねー、このスープのシリーズ好きなの」
「颯姫ちゃん、ちゃんと料理も作れるしうまく手を抜くこともできるのね、よかったわー」
ママがスープを飲みながらしみじみと言う。なんか、親目線だなあ。高校生の時から知ってるとそうなっちゃうのかな。年齢的には親子というほどまでは離れてないんだけど。
それに対して、颯姫さんは物凄い真顔でライトニング・グロウの人たちを一瞥する。
「……この人たち、料理ド下手くそなんですよ。私、自分が作るよりまずいもの食べたくないので、自然と料理は一手に引き受けることになって」
「俺たちだけだと、多分1週間カップラと冷食で全然行ける」
「僕もそう思う」
「体壊すってば! そんなの私が絶対許さないよ! 過労で体壊した社畜助けに行くのに、私たちが体壊すの本末転倒でしょ!?」
キリキリと颯姫さんが目を三角にして怒っている……過労で体壊した社畜助けに行くのに、か。それもそうだね。
「アネーゴ、いつもありがとうございまーす!」
「マジごめん! 今度なんかうまいもの買ってきます!」
「藤さんのおかげで食べられてます!」
ライトニング・グロウの男性3人は、颯姫さんに向かってひれ伏していた。そこはちゃんと自覚してるんだ。いいことだね。
「……まあ、出来合いのデパ地下お惣菜大量に買ってくることもあるし、缶のクラムチャウダーでクリームパスタ作ったり、作るときは作るけど本気はダンジョンに向けるつもりでなんとかやってます」
「それでいいのよー。うちもお寿司買ってきて済ませることあるし」
既に3人の子持ちの風格を漂わせる颯姫さんに、ママがうんうんと頷きながら肩を叩いてる。
お寿司かー……最近食べてないから食べたいな。
「ママー、ダンジョン出たらお寿司食べたいです!」
「じゃあ、コートコに寄って買って帰りましょ。あー、時間停止のアイテムバッグ欲しいわねー。贅沢を言ったら切りがないけど」
時間停止のアイテムバッグか、欲しいなあ。でもあれって青箱産なんだよね。
ライトニング・グロウでは持ってるけど、そもそも貴重品過ぎてオークションに出回ってない。
「寿司か、今度俺たちも買い溜めしておく?」
「1回2回はいいけど、そればっかりはダメだよ。何度も言うけど栄養バランス考えないと。アラサーなんだから! アラサーなんだから!」
「藤さん、その思考が自分の首絞めてるんだよ」
颯姫さんはしっかりしてるんだけど、タイムさんの言うとおり確かにそれを考えて自分の手間を増やしてるんだろうね。指摘されてがっくりしてた。
「……いいよ、多分もうすぐここの攻略終わるし、そうしたら二度とここに潜らないもん。後ちょっとくらい頑張るもん」
颯姫さんはすねすねしながら、キャベツの千切りと鶏ハムを挟んだサンドイッチをバクリと食べた。





