第309話 雑談配信in上級ダンジョンボス部屋
お肉や細切りのピーマンなど火の通りやすいものは焼き上がってきたので、先に焼けたお肉に味付けをせずに紙皿に取り、冷ましたものをヤマトにあげる。
さっきドッグフードを食べたのに、「焼いた肉は別腹ですよ」と言わんばかりにヤマトはガフガフとお肉を食べ始めた。焼いてあるけど野生が刺激されるんだろうか。
「焼き肉のタレ使う人ー」
「あ、俺使う」
「僕は塩かな」
「ゆずっち、そこの焼きおにぎりひっくり返して醤油塗って!」
実に和気藹々とバーベキューが始まっている。お肉を2枚食べたところで予定の時間になって、私は紙皿と箸を持ったままでライブ配信を始めた。
「こんばんワンコー! 奥多摩ダンジョン最下層から雑談配信でーす! みなさんさっきぶり! ゆ~かです、元気です! ヤマトも今ここでお肉食べてます!」
『こんばんワンコー!』
『この挨拶も久しぶりの気がするなワンコー』
『ヤマトにタマネギは与えるなよ』
『うわああああ、ヤマトだああああああ』
『マイエンジェル!』
うわあコメント欄が賑やかだなあ。このマイエンジェルって叫んでる人は瑠璃さんだよね。真似してる人がいなければだけど。
配信をしている私のスマホのカメラは画角を調整して、バーベキューコンロを真ん中よりちょっと左寄りに。私と蓮と聖弥くん、私の足元にヤマト、コンロの向こうにママが映るようになってる。コンロの端っこは切れてて、その更に隣に彩花ちゃんがいる。
「本当に、こういう配信久しぶりだよね」
ちょっとカリカリ目に焼いた豚肉に塩を掛けつつ聖弥くんがしみじみ言うと、一斉に『肉を食いながら言うな』とツッコミが入った。
『てか、おまえら何してるん』
『BBQ?』
『ダンジョンでバーベキューやってる奴初めて見たわ』
『これがゆ~かクオリティだ』
ちょっと! まるで私が発案者のように話が進んでいくのなぁぜなぁぜ!?
くっ、今までの実績が身に染みるよ。確かにベニテングタケの網焼きとかやりましたからね!
「これはね、ママが『ダンジョンのボス部屋でやるお約束だ』って言うから! 私もびっくりしましたよー。アイテムバッグからこの大きさのバーベキューコンロ出てくるんだもん!」
『いいから、その箸に持ってる肉食べてから話して』
『さっきは大変だったね、たくさんお食べー』
『待って、後ろに映ってるのゆ~か母!? サンバ仮面!?』
ママが素顔でガッツリ映ってることに、コメントがざわついてるね。さっきのケンジとのテイム対決動画はまだ見れてないって人がいるんだろうな。
「そうでーす。改めて、ゆ~かの母です。みなさん、いつも娘と可愛い弟子たちを応援してくれてありがとうございます! ははははは、見ろ! ダンジョンバーベキューは最高だぞー?」
分厚くてでっかい牛肉をトングで一旦見せつけてから網に載せながら、ママがノリノリで笑っている。
「可愛い弟子……って、俺たちか」
「僕一応卒業したよね」
ピーマンともやしを食べつつ、蓮が首を傾げている。まず野菜から食べる姿勢、偉いなあ。私なんか欲望のままに肉ばっかり食べてるよ。
『ゆ~か母って冒険者だったの?』
そんなコメントが複数入ったから、ママに「話してもいい?」と一応確認する。まあ、顔も出してるし今更の気もするけどね。
OKが出たので、私自身首を捻りながら、今までの柳川家の経緯をざっと話すことにした。
「えーとね、まずうちはパパがダンジョン発生時からの冒険者でした。で、ちょうどその頃ママが私を妊娠して、それで危ないことはやめようって思って引退したんだって」
「ある意味サラブレッドだよな、冒険者的に」
皿の上のタレをお肉に付けて、かじりつきながら蓮が言う。うん、確かに冒険者的にサラブレッドだね。
「で、ママは私が幼稚園に入った頃に元の職場に復帰しようとしたらできなくて、やけっぱちになってパパの装備を持ってダンジョンにストレス解消に行ったらハマっちゃったそうです。それからずーっと私に隠したまま、3年前くらいまで冒険者して荒稼ぎして、めちゃくちゃな家とか建てたんだって。おかしいと思ってたんだよね、防音地下室のある家とかさー。習い事とかふたつ返事でやらせてくれるし」
「娘課金、娘課金よ」
『防音地下室があるのか……凄えな』
『娘課金というパワーワード』
『いや、常々怪しいとは思ってた。いろんな意味で強すぎて』
怪しんでる人いたんだ……娘の私はまんまと騙されていたのに。
案外、先入観が邪魔をしていたりしたんだろうなあ。本当に、何故ママさんバレーをやっていると勘違いしてたんだろう。
「アグさーん、おいで」
ママがトングに生肉を掴んでアグさんを呼んだ。キュルルルという甘えた声と、ドスドスという重い足音が近付いてくる。ああああああ、やっちまったなあ……今日の配信、ママに乗っ取られたわ。
トングでぶら下げた生肉を器用に舌でペロリと取って、アグさんはグルグルといいながらママにスリスリとしている。
「というわけで、ゆ~かの母のサンバ仮面こと、『かほたん』よ。この子は私の従魔のアグえもん!」
満面の笑みでママはアグさんの頭を抱き寄せ、カメラに向かって紹介した。
『フレイムドラゴンじゃねえか!』
『えっ、ドラゴン!? 可愛い! こんなに可愛いの!?』
『ネーミングセンスが死んでおる……』
『うへえ、親子2代でレア従魔持ちのテイマーか。爆運だな』
『かほたんだと!? 歩く災害じゃねえか! 道理でゆ~かが普通じゃないと思ったぜ』
「待って、私が普通じゃないってどういうこと? そりゃ、いろいろやりましたけども!」
「ゆ~かちゃん、自覚があるなら聞き返してもしょうがないと思うよ」
ははは、と爽やかに笑いつつ聖弥くんが止めを刺してくる。
「とにかく、無事にヤマトを取り返したし、ダンジョン最下層でバーベキューなんかしてるし、面白い状況だから配信しようかってなったんだけど、みんな聞きたいこととかある?」
面白い状況とか言いつつ聖弥くんは焼けたしいたけに醤油垂らして、それがちょっとこぼれて炭火でジュッと音を立てたので「いいなあ」って弾幕がよぎっていった。
「バーベキューしながら雑談配信、レアだよな」
『それ自体ならそんなにレアじゃないけど、ダンジョン最下層でやってるのはレア』
『ソロキャンで酒飲みながら配信してる奴はおるな』
『奥多摩ダンジョン、交通不便って聞いたけど歩いて行ったの?』
お、まともな質問が来たね。こういうのを待ってたんだよ。
「私たちはヘリで上空まで来て、ヘリからダイブして魔法を使って着地の衝撃を和らげました! ママはアグさんの背中に乗って飛んできました!」
空挺作戦ってやつね、と付け足すと、コメント欄を点々が埋め尽くしていく。何故!?
『…………』
『…………』
『なんて?』
『ヘリからダイブしたって聞こえたが?』
『だから、こいつらに普通の行動を求めるんじゃねえ。前代未聞ばっかりやりよる』
「俺、そういう状況に馴れつつあるのがマジで怖い」
ひとりだけ真顔で蓮がぼそっと呟いたら、「それな」という同意が溢れた。
『待って? ゆ~かちゃん魔法使えるようになったの? 回復だけじゃなくて』
「あ」
ひとつの質問に思わず声を上げちゃったよね。
うーん、これは公開すべきかなあ?
「ママ、聖弥くん、私の今のステータスって見せていいものだと思う?」
「私は良いと思うわ。今のゆ~かの強さは、それ自体が干渉の抑止力になり得るし」
「僕も同意。どうせ冒険者協会とかにも報告することになるしね」
そうか、強さが干渉への抑止力になる、か。
確かに、ママの言うことにも一理ある。私は頷くと、聖弥くんのスマホを借りて私自身を「鑑定」した。





