第305話 シン・ランバージャック
「ヤマトいたー!」
思わず私が叫んだ瞬間、その声に反応したようにセフィロトが根のうちの1本を鞭のようにしならせて私に向けて振るってきた。
最小限のバックステップでギリギリのところでそれを避け、村雨丸で根をぶった切る。手応えは……あるにはあるけど、これなら、いける!
ヤマトのところに行きたいけど、セフィロトが間を遮るように位置取ってくるから、こいつを先に倒さないとダメだ。邪魔くさい!
「蓮! 私に魔法当てないでよ!」
「えっ、おまえ何する気だよ!?」
今の蓮からフレンドリーファイアーを食らったら命の危機なので、事前に釘を刺して私は思いっきり助走を付けてセフィロトを駆け上がっていく。
枝から枝へ飛び移り、自分の表面を走り回るような私にセフィロトは不快を示したのか、大きく体を揺らした。
でもそんなことでは落ちないよ。補正込み400超えのAGIを舐めるな!
「シン・ランバージャック! キエエエエエエ!」
私の胴体ほどもありそうな太い枝を、全身を使って振りかぶった村雨丸で斬る! 斬ったら下の枝に飛び移ってそれも斬り落とす!
生木を燃やした状態だから私の撃ったファイアーウォールの炎は弱まっていて、自分でやっておいて自分にはダメージが来ない状態。
そうして上からどんどん枝を落としてセフィロトを丸裸にしていく。下に落ちた枝は蓮が次々と燃やしている。
全ての枝を一太刀で落とした私は、セフィロトの真上にテレポートで跳んだ。幹だけになったセフィロトは、まさか私が自分の上にいるとは思っていないようで逃げようとはしていない。
自由落下の間も私の視線はセフィロトの天辺に固定されていた。
「ウインドカッター!」
魔法は反動がない。だからこそ、最初の一撃は魔法。
風の刃で、巨大樹の先端を斜めに切断する。
「イヤアァァァァァェェェ!!」
私の体重は軽いけど、空中で一回転して遠心力も加え、私の持ちうる力全てでその断面に斬り込む!
うん、まさかね、蓄積ダメージの末に倒されるという結末は想像ついても、こんな倒され方をするなんて完全に想定外だったろうね。
先端から根元まで、セフィロトは村雨丸で一文字に切り裂かれた。そして着地した私の、その裂け目を狙った回し蹴りでメリメリと木全体に裂け目が広がっていく。
「聖弥くん! 手伝って!」
「オッケー!」
2回のテレポートで他のモンスターを避けて私がいるセフィロトの裏側に現れた聖弥くんは、一瞬ぎょっとしたみたいだけど言わずとも意図を汲んでくれた。
「でりゃあああああ!!」
「ていっ!」
アグさんを除いて補正込みでSTR2トップの私と聖弥くんの蹴りが、左右真逆の方向へとセフィロトを更に引き裂く。バリバリと雷のような轟音が響き、私たちの蹴りの威力がとんでもないことを思い知る。
「ファイアーウォール!」
とどめとばかりに蓮のファイアーウォールがセフィロトを包み込んだ。既に抵抗力を失った生命の木は、業火に巻かれて見る間に燃え尽きていく。
フロアに残ったザコ敵は、アグさんのブレスと彩花ちゃんとママの攻撃で凄い勢いで数を減らしつつあった。
「ヤマト!!」
それを確認して、私はフロアの端にいたヤマトのところへ駆け寄った。
暴走犬と書かれたTシャツを着た、小さな赤毛の柴犬。あの日別れたときのままのヤマトが横たわっている。
「ちょっと待って、後から文句付けられないために、彼らの『権利』とやらを尊重してあげようよ」
ヤマトを抱き上げて状態異常を解こうとした私に、聖弥くんがにっこりと凄くいい笑顔を浮かべて提案してくる。
うわ、これ絶対何か企んでる奴だ……。
うーん、早く正常な状態に戻して水とかあげたいんだけど、この手の輩は本当に後で難癖付けてくるのが好きだからなあ。聖弥くんの企みに任せるか。
あいつらは、自分たちにヤマトを手に入れる権利があると主張してる。
でも、私は知ってる。ヤマトは私か彩花ちゃんにしか絶対になびかないって事を。
抱き上げたヤマトを見つめると、体を動かせないながらもヤマトは私に目を向けてきた。
「うう……ヤマト、ごめんね、ちょっとだけ待って」
「このためにひとり起こしておいたんだからね。蓮、キュアを掛けてやって。果穂さん、アグさんに階段塞いでもらってください」
「腹黒王子出たー!」
何故か彩花ちゃんのテンションが上がってるよ。彩花ちゃんは聖弥くんを王子としては見てないけど、「腹黒王子」とは思ってるんだね。
蓮がエリアキュアを掛けると、麻痺した上に眠らされていた先着の冒険者たちは唸りながら起き上がってきた。
そのうちひとりはわざと起こされてたから、パラライズのせいで体の向きを変えることもできなかったし、私たちがセフィロトを倒す一部始終を見せつけられていたはず。
「こ、こいつらバケモンだ!」
「第一声がそれかよ」
やっと声を出せるようになった男の叫びに、蓮が鼻を鳴らす。まあね、確かに蓮の魔法は規格外だから、普通の人間が見たら十分化け物に見えるよね。
「あのボスを引き裂いて倒しやがった! とんでもねえ!」
こっちかい……。化け物呼ばわりされてたのは私と聖弥くんか。
「ゆ~かの奴、LV1に戻されたんじゃなかったのか!? あのセフィロトの枝を全部ひとりで切り落としやがった!!」
「私限定か! うっさいわ! ヤマトを探すために血の滲むような修行してきたんだから!」
そう! 新宿ダンジョンでの血の滲むような……血の、滲むような? 3食昼寝つき時には牛丼、それにゲームも有りーで森の中の立体映像を投影したお風呂有りの……とにかく、戦闘は大変だったのは間違いないし!
「モンスタートレインをなすりつけたことは許さないけど、私たちにとってはボス以外はザコモンスだったしィ? そっちが先着してたのは間違いないから、『権利』とやらを一部認めてあげるよ。今からヤマトの状態異常を解除するから、先にテイム試していいよ」
私の動画を見てた割に私からヤマトを奪おうなんて、よく思えたよな。そんな氷点下の感情が普段はしないような挑発めいた言葉になって溢れ出す。
「メスガキが、調子こいてんじゃねーぞ、オラァ」
このパーティーのリーダー格らしい指示を出してた男が歯茎を見せつけるようにして威嚇してくるけど、なーにも怖くない。
「ああ、そうだ。今から生配信しよう。そっちだって正当な方法でヤマトを手に入れたって言い張りたいだろうしね」
私は怒りで顔を強ばらせたまま自分のスマホを操作して、X’sに「緊急ですが今から生配信します」と書き込んでourtubeを起動して配信を始めた。





