第302話 聖弥の強さ
フロストジャベリンは、攻撃力自体は高いけど範囲は氷コンボには及ばず、今の蓮の場合は氷コンボの方が広範囲の敵を一気に倒せる事がわかった。
今の蓮の場合というか、「この強さの敵の場合」と言うべきかな。フロストジャベリンは範囲より威力って感じだったね。
1メートルくらいの長さの氷柱がドドドドッとモンスターたちに降り注ぐ様は「さすが最上級魔法」って感じだったし、ママは「まさにジャベリンね! 歩兵運用のミサイルじゃなくて、投げ槍の方! きっとローマ兵の集団運用だったらこのくらい降りそそいだのよね!」って大興奮してた。
……ジャベリンって投げ槍なんだね。今知ったよ。
部屋では氷コンボの後で倒しきれなかった敵を全員でフルボッコにし、通路では「前方のアグさん、後方の蓮」って感じでアグさんがブレスと物理攻撃で突き進み、後ろから挟撃しようとしてくる敵は蓮のファイアーボールで一掃。
通路が広くて敵がちょっと多いときはフロストスフィアだけでモンスターはバタバタと倒れていく。
うへえ、ってちょっと思ったけど、新宿ダンジョンの敵は同じ姿をしていても通常ダンジョンの敵より一段階強かったし、蓮なんてLV64だもんね。
初めて大山阿夫利ダンジョンで毛利さんに会ったときは「凄い高LV!」って思ったけど、そこに追いついてしまってる。
だから、上級ダンジョン下層の敵でも私たちにとってそんなに脅威にならないという事実が確認されただけ。
特に、ファイターのLV64と、魔法特化の蓮のMAG200超えLV64では、対応できる敵の数が全然違う。
更に恐ろしいことに、Y quartetは私と蓮がワイズマン、聖弥くんはジョブウィザードとして、「3人が高ランク魔法を使える上に、ふたりは物理も強い」っていうまさにチートなパーティーになっている。
そこへ加えてのアグさんですよ。だから戦闘はしてるけど、すっごいサクサクと進んでる。敵が全然脅威じゃない。
もうこれはね、今後ダン配をするなら何か考えないといけないレベルだよ。例えばRTAとか、魔法無し物理攻撃縛りとか。
でも今は、一刻も早く最下層に行きたいから、この強さが本当にありがたい。
アグさんの頼もしさ、めちゃくちゃ凄い。ママが数年で何億も稼いだっていうの納得できる。
「うわっ! ドラゴン!」
そんな声が間近で聞こえて、私は驚いてしまった。声の主は彩花ちゃんだったんだけど、嬉しそうなんだもん……。
前方、アグさんで隠れて私の位置からは見えないけど、彩花ちゃんの位置からは見えたらしい。
「四天王じゃなくて普通のドラゴンだよね! 戦いたい! ゆずっちママ、いいでしょ!?」
目を爛々とさせて、戦闘民族がねだっておる……。
まあ、ここまであまりにもまともな戦闘がなくて、「本当にこれでいいのか」感は確かにあったけどね。魔法を使えない彩花ちゃんは尚更だ。
「そうね……今の彩花ちゃんやユズの物理攻撃でも倒せる相手よ。戦ってみなさい。ちょっとアグさんの存在で萎縮してるけどね」
この場の司令官であるママの許可が出たので、アグさんが場所を譲るように壁に寄った。そのおかげでドラゴンが見えるようになったんだけど……ああ、なるほど。
大きさはアグさんよりかなり小さく、それこそ前に足柄ダンジョンで戦ったエルダーキメラと同じくらいだ。先生が「ドラゴンと同じくらいの大きさ」って言うから当時の私はアグさんを基準に考えちゃって間違えたんだけど、存在が全然違う。
「これって、レア敵?」
「ノーマル湧きよ。上級ダンジョン下層だとドラゴンも出るって事。複数同時に出た例は聞いたことがないけどね」
私の疑問にもママはスラスラと答えてくれる。そうか、ドラゴンが普通の敵として出てくるんだ。さすが上級ダンジョンってところかな。
くすんだ赤い色をしたドラゴンはこっちを警戒はしてるけど、彼我の距離が開いているし一番にアグさんを警戒してるから、積極的に襲いかかるつもりはなさそうだ。
「彩花ちゃん、次にドラゴン出たら譲るから、今回は私と聖弥くんにやらせてくれる?」
これこそまさに、「テレポートで強襲」のいい実践相手じゃん!
村雨丸を構えて彩花ちゃんに頼んだら、彩花ちゃんはぶーと唇を尖らせたけど、「次は絶対だよ」とお願いを聞いてくれた。
「聖弥くん、朝のテレポートの練習が実戦で役立つかどうか、これでわかるよ」
「そうだね、単体でしか出ないドラゴンならレア湧き以外での最強クラスだから、相手にとって不足無しだね。――じゃあ、僕は首を」
「なら、私は真正面から心臓狙いで」
攻撃する先が被ったら私と聖弥くんが同士討ちになるから、そこは事前に打ち合わせして。
「テレポート!」
期せずして同時に唱えた魔法は、私と聖弥くんを少し違う場所に転移させた。聖弥くんはドラゴンの頭上、私はドラゴンの真正面で地面すれすれの場所だ。
「ハッ!」
渾身の突きを、胸の中心より少しだけずれた場所に入れる。そう、宣言したとおり思いっきり心臓狙い。
大抵のモンスターは背中側より腹側が程度の差こそあれ弱くて、それはドラゴンであろうとも変わらない。私の力で村雨丸は鍔の寸前までドラゴンの胸を貫き、柄を握った両手に渾身の力を込めれば、鋭い刃はそこから真一文字にドラゴンの肉を断つ。
突然の攻撃を受け、ドラゴンは悲鳴すら上げることができなかった。
刀を振るったのと同時に前転して横方向に距離を取ったら、私がいた場所にドラゴンの首が落ちてくる。危なっ!
ドラゴンの頭上にテレポートした聖弥くんは、やっぱりエクスカリバーを両手で握って全力で落下の勢いと遠心力を利用して振るったみたいだ。そして、その一撃はドラゴンの首を過たずに落とした。
やっぱり、敵が想定している範囲外からの強襲は強い!
それに、聖弥くんも武器の扱いが格段に的確になってる! 片手半剣だからこその、一歩間違うとどっちつかずになる汎用性。でもそれは臨機応変に対応ができればまさに使い道が広がるって事だ。
うーん、こうしてみると、聖弥くんとエクスカリバーってよく似てるというか、まさに適正武器では?
首と胸から血を吹きだし、ドラゴンの体はそのまま前のめりに倒れた。重い音が響いたけど、その音の余韻が消える頃には魔石とドロップ品だけが残された。
「危なかった、血塗れになるところだった」
「ゆずっち、普通はドラゴン倒すときに血塗れになることを気にしてられないんだよ? だからボクは黒い服を着てるわけ」
ぽろっと本心をこぼしたら、よりによって彩花ちゃんに正論を言われた!
いや、だってあいちゃんのデザインしたこの防具、汚れることを想定してないんだもん! それに血塗れになるのは嫌だよ!
トン、と軽い音を立てて聖弥くんが着地した。ドラゴンの首を落とした攻撃の反動で、空中で一回転してた。多分蓮ならそのまま転んでたと思う。
「聖弥くん、首を一撃で落としてたね! 凄いじゃん!」
「アグさんに比べたら細かったしね。長谷部さんに特訓してもらった甲斐があったよ」
「いい攻撃だったわね。聖弥くんのエクスカリバーは切れ味だけならユズの村雨丸には劣るわ。でもうまく力を載せて斬撃を入れたわね。首だから切り落とせたのよ。逆に聖弥くんが胸部担当だったら今みたいにうまくは行ってないわ。うーん、今の一撃だけでご飯3杯いける!」
私が手放しで褒めたら、聖弥くんはちょっと照れながら答えた。そしてママが謎の感心の仕方をしてるけど、まさにその通りだと思う。
聖弥くんは確実に敵を倒す方法として「首か心臓か」となったとき、「自分が向いているのはドラゴンの長い首を切り落とすこと」って咄嗟に判断したんだ。
多分、それが聖弥くんの一番の強さ。ステータスでも技量でもなく、判断力、賢さってことだろうな。
本当に、敵にしたくない人だよね……。





