第301話 やっぱり戦力飽和だった
アグさんがいたら、新宿ダンジョンでの特訓ももっと早く終わったんだろうな。
――と思ったことをうっかりそのまま呟いたら、ママに思いっきりため息をつかれてしまった。
「それはそうよ。アグさんがいたら100層も割と楽に行けると思うわよ。でも! アグさんで飛んでって新宿のあんな場所に降りたら、大騒ぎになる上に動画とか撮られまくりよ! それはかなりまずいでしょ」
「ソウデスネ!!」
うん、あまりに後先考えない発言でした!
ここは山の中だから目立たなかったし、もしかしたらママが飛んでる最中にまた通報とかされてるかも知れないけど、そんなに騒ぎにはならないよね。
でも……さすがに新宿はね……。
100層攻略の時にはアグさんは頼みにできないかー。
でもその時にはヤマトは復帰してるはずなんだよね……多分。
「よしっ! 気合い入れてヤマトを早く迎えに行こう! 頑張るのは私じゃないけど!」
「そうね、アグさんね」
「グァ?」
自分の名前が出たから、アグさんが「なあに?」って様子で振り返った。可愛いなあ、もう!
私ですらこんなに可愛い可愛いって思うんだから、マスターで、何年も一緒に過ごしてたママはもっと愛着があるだろうし、離れてるのは辛かっただろうな……。アグさんもママと一緒にいて嬉しそうだし。
本気で、ドラゴンが飼える家計画は考えよう。象が飼える家ってCMで謳ってる住宅メーカーがあるんだからドラゴンもいけるでしょ! 庭に犬小屋ならぬドラゴン小屋を作ったっていいんだし!
本当に20層までは、アグさんの咆吼とブレス、時々威圧で何もしないで下ることができた。
「問題はこの先」
戦闘はしていないけどずっと歩いてはいるので、20層から21層へ下る階段で小休止してスポドリを飲んでいたら、ママがそう警告を出してくる。
「アグさんの咆吼はある程度指向性があるから、挟撃をしてくる敵とかには私たちが対処した方が早くなるの。今までは、指向性関係なく『ドラゴンの咆吼』を聞いただけでモンスターが逃げてたのよ」
「ひえっ……ドラゴンだって同じモンスターなのに、連携しようとしたりしないんだ」
「モンスターの連携は、同種族同士が主よ。たまに異種族でも連携はするけど、ドラゴン四天王ってダンジョンボスより強いのよ? 例えば外国から王族が来てたとして、近くにいたからって『モンポケウォークで一緒にレイドボス倒しませんか』て話し掛ける? 掛けないでしょ? そういうレベルよね」
「わかるようなわからんような例えですけど、『それは普通やらない』ってことだけは理解できました」
蓮が半眼で頷いている。うん……そもそも外国の王族なんていたとしても話し掛けようと思わないよね。
そうか、ドラゴンは単体で強すぎるから、そもそも連携の必要がないのかな。周囲が逃げてるって、巻き込まれるのが嫌なんだろうし。
「つまり、21層以降はバックアタックが来るから、前は突き進むけど後ろに警戒してちょうだい」
「イエスマム! じゃあ聖弥くん、最後尾で指示出しお願い」
「了解」
それじゃあ、私たちもアグさんに頼り切りじゃなくていつものように戦おう。そうだ、せっかくだから私のインフィニティバリアも使ってみないとね。まだ範囲とか確認してないから。
21層からは森林エリアだった。このダンジョン2回目の森林エリアだ。出てくるのはエルダートレントとかダイアウルフ、アルミラージとかだけど、アグさんのブレスがとにかく効く!
小部屋と通路が入り組んだマップの中で最短距離を通りながら、前方はアグさんに任せて私たちは後方を警戒する。
通路は良かったんだけど、大きな広間に出たとき、側面にいた敵に背後を取られて囲まれた! ダイアウルフは群れで来るしAGIが高いから、こういう場面で厄介だな!
「柚香ちゃん、5メートル先の地面にメイルシュトロム。蓮はそれを凍らせて。長谷部さんは側面からの奇襲を警戒」
「OK! メイルシュトロム!」
「フロストスフィア!」
聖弥くんがすかさず指示を出したので、それに従って魔法を撃つ。私がフロアの床に大量の水をぶちまけると、蓮が即それを凍らせた。
氷が私たちとダイアウルフの間にできて、モンスターたちから戸惑いの気配を感じる。オオカミは肉球があるし足の爪もあるから、氷で滑って進めないって事はないんだけど、ダンジョンのダイアウルフは「森林エリアに出現するモンスター」なんだよね。
つまり、氷は彼らにとって未体験のもの。警戒するのもしかたなし。
「蓮、縦方向にファイアーウォールを撃って、一部だけ氷を溶かして」
「道を作るつもりか? ファイアーウォール」
蓮の唱えたファイアーウォールで氷が溶けて、幅50センチほどの道が私たちと後方のダイアウルフたちの間にできた。
いや、道ができたからってそこを通って攻撃を仕掛けてくるなんてそんなこと……そんなことあったー!
もっと賢いのかと思ってたけど、様子を見ながら唸っていたダイアウルフたちは口から粘度の高いよだれを飛ばしながらこっちに向かって走ってくる。
「蓮」
「……ファイアーボール」
もう、聖弥くんが指示をしなくても名前を呼んだだけで蓮が魔法を撃ってるしね!
ロータスロッドから放たれた火球が、先頭を走ってくるダイアウルフに直撃してその後ろに付いてきた奴らごと吹っ飛ばした。
元々威力が高い上に、綺麗に一列に並んだ敵にぶつかったもんね……。ファイアーウォールで故意に作られた通路を通ってこようとしていたダイアウルフは、全部蓮のファイアーボールの一撃で丸焦げになっている。
それを見たまだ通路に入っていないダイアウルフたちは、氷を避けて側面から私たちを挟撃しようと走り出す。
「聖弥くん、インフィニティバリアを試してみたいんだけど」
「いいよ、使ってみて」
「やった! インフィニティバリア!」
私のユニーク魔法、どれだけ使えるんだろうか。ちょっとワクワクしながら唱えると、私を中心に淡い光のドームが半径5メートルほどで展開された。思ったより広いなあ。前方だけを防ぐんじゃなくて、全方位を囲んでるのがありがたいかもしれない。
「ギャン!」
そして、インフィニティバリアを気にせず突っ込んできたダイアウルフが、障壁に阻まれてまた吹き飛ばされている。これって物理なんだ! 「全ての敵対する相手からの攻撃を無効化」だもんね、魔法は多分かき消すだろうけど、ダイアウルフみたいに物理攻撃してくる相手は通さないって事ね!
「私が動くと範囲が変わっちゃうから、左方向の敵を彩花ちゃんお願い、私は右側に魔法撃つ!」
「りょうかーい!」
今まで出番がなくて退屈そうにしてた彩花ちゃんが、急に生き生きとして剣を抜いて走り出す。ダイアウルフたちは氷とバリアに阻まれて唸りながらバリアの際をうろついてたけど、彩花ちゃんが巧みに効果範囲を出入りして個別に倒していく。
私は反対側の敵にファイアーボールを撃った。蓮ほどの大きさはないけど、蓮が特訓以前に撃っていたのと同じくらいの火の玉が出てダイアウルフを巻き込んでいく。
「トルネード!」
聖弥くんには指示されてないけど、その炎の玉を追うように竜巻をぶつければ炎が風に煽られて更に広がり、右側面に展開していたダイアウルフは一掃することができた。
ここまで10秒。何故ならインフィニティバリアがちょうど消えたから。
後方と右方向の敵は倒したので、彩花ちゃんが物理で倒している敵に私と聖弥くんも向かって行って、全て一撃で片付けていく。
広間の敵が全滅するのに、5分も掛からなかった。まあ、大多数はアグさんが倒しちゃってるんだけども。
「……今はいろいろしたけど、広間に入る前に索敵して氷コンボやった方が早そう」
「それだよね」
蓮が言うとおり、アクアフロウをフロストスフィアで凍らせてハリケーンで破片をばら撒く氷コンボの方が範囲が広いし早そう。
フロストジャベリンっていう上位互換の魔法も蓮はゲットしたけど、氷コンボは中級魔法3回で消費MPが30で、フロストジャベリンも1回でMP30消費するんだよね。
でも、フロストジャベリンの範囲次第では、氷コンボの方がコスパが良くなる。
「次はフロストジャベリンの効果範囲を確認してみよう」
「だな」
聖弥くんも私と同じようなことを考えてたみたいで、蓮は魔法の効果確認に同意してた。
あー、あいちゃんが見てたら「何悠長なこと言ってんの!? ここ上級ダンジョンだよ!」ってビンタされる奴かな……。
でもアグさんがいるし、出てくる敵を一撃で屠れるから、ぶっちゃけあんまり命が掛かってないんだよね。
多分、この状況でビンタしてくるあいちゃんは私と聖弥くんの中にいるけど、イマジナリーあいちゃんには許してもらおう。





