第298話 Y quartetの魔法攻撃・2
氷の圧は一度覚悟したら、次からはなんともなくなった。ひたすらウインドカッターの向きを上部に水平に当てることに注意すれば、尖った質量兵器が完成する。
「もっと練習は必要だけど、とりあえずこれはこんなもんかな。もっといろいろ試したいことがあるから、2層に行こうぜ」
「あー。私のメイルシュトロムで敵を巻き込んで凍らせるって奴?」
昨日の帰りに蓮が言っていたことを思い出す。確かにそれは1層では検証できないんだよね、敵が出ないから。
鎌倉ダンジョンは中級だから、2層はまだ小部屋がない。スケルトンとかがウロウロしている場所を狙って、私は初めてメイルシュトロムを使った。
直径10メートルくらいの水の渦が、ゴゴゴと音を立ててモンスターを飲み込んでいく。そこに蓮の「アブソリュート・ゼロ!」という声が響いた。
途端に、音もなくピシリと渦が固まる。中にモンスターを飲み込んだまま。
うーん……これは?
「これって、水流でもみくちゃにしてダメージを与える魔法じゃないのかな?」
魔法って、基本コンボすることを前提にしてないもん。それ単体で攻撃力があるはずなんだよね。
で、氷漬けになってるモンスがどういう状態なのかを調べるためにアプリで鑑定してみたら、HPが0になってた。これでも倒した扱いになるらしい。確かに、氷の中で身動きできなくなっちゃったら、どうにもならないもんね。
「多分、メイルシュトロム単体で使うより早い。……でも、この大きさだと非効率だよなー。……よし、次は地面にぶつけるようにメイルシュトロムを撃ってみて」
「はいはい」
敵が弱いから緊張感がないね。私たちは今魔法を撃ったのとは別の方向を向いて、私がメイルシュトロムを撃つ。
地面にわざとぶつけた渦は私が撃ったアクアフロウよりも水量があって、ちょっとした津波のようにモンスターを飲み込む。そこを蓮が凍らせると、さっきよりも多くの敵を氷の中に閉じ込めることができた。
「お、これいいじゃん。これ、メイルシュトロム2発くらいの水量があれば大抵の敵は詰むぞ」
私の水魔法と蓮の氷魔法がうまく噛み合うから、蓮はご機嫌だね。確かにこうするとちょっと離れたところの敵も攻撃を封じたまま倒せるから楽だ。
トレントみたいに高さがある敵は全部を飲み込むことはできないけど、これで移動を封じておいてファイアーボールでもぶつければいい。もしくはテレポートで接敵してぶった切ったりね。いくらなんでも氷の上を走る気にはなれない。
あれ? でもこれもしかして……。
「これって、経験値は入るかもしれないけど、ドロップ出なくない?」
私の一言に、蓮と聖弥くんがハッと固まった。
氷に閉じ込めて倒す作戦は、ドロップが元々出ない新宿ダンジョン限定ということになった。
さすがにね、ダンジョン潜って儲け0は悲しいよね……。
後は、もっと地面に水が広がるようにしてから凍らせて、それこそ移動を封じるためだけに使うとかね。でもそれなら蓮の魔法で倒しちゃった方が早いんじゃないかな。
「そうでもないよ。例えばミスリルゴーレムみたいに普通の魔法が効果ない敵も、『足元を氷に巻き込んで移動を封じる』なら効果はある」
「ミスリルゴーレムはそんなことしなくても、普通に殴った方が早いよ」
「だから、ミスリルゴーレムじゃなくて、『ミスリルゴーレムみたいな』敵のことだよ。僕たちはまだ飛び抜けてRSTが高い敵はミスリルゴーレムとアースドラゴンくらいしか遭遇してないけど、この先そういう敵が出てくる可能性は高いよ」
聖弥くんが冷静に分析したことを私がぶち壊し気味に否定したら、根本から考え方が違ったみたいでした。Oh……。
確かにね、新宿ダンジョンの最下層近辺とかどんな敵が出るかわからなくて怖いもんね。
「あと、僕も試したいことがあるから、また上に戻っていいかな」
聖弥くんの提案で私たちはまた1層に戻った。そこで私が頼まれたのは、さっきと同じようにメイルシュトロムで大量の水を出すこと。
「プリトウェン!」
その水の上を、聖弥くんが盾に乗って滑るように移動していく。おお、これはこれで面白いかも? 使い道はいまいち思いつかないけど。
「うん、行ける。よかった」
「これは……どこで使うの?」
「溶岩多めエリアとか、移動が厳しいところだね。溶岩の場合先に氷張っておかないと駄目かもしれないけど。新宿ダンジョンはずっと普通の地面フロアだけど、ヤマトを探すために溶岩エリアがあるダンジョンも行くかも知れないでしょ?」
率直に疑問をぶつけると、聖弥くんは「当たり前だけど」という顔でさらりと答えてくれた。
もしかして、私が昨日寝てる間にいろいろ考えてたのかなあ。
「とりあえず、パッと思いつくことは一通りできたかな。後は精度を上げたり、戦闘の中でタイミングを合わせる練習だけど、こればっかりは実戦じゃないと効果無い」
蓮がダンジョンアプリの魔法一覧を見ながら、目標をまとめた。
「そうだね、オーバーフローには気を付けながら実戦でやるしか」
「……あれ、聖弥だったら起こすかも知れないけど、柚香のMPだとまず起きないと思うぞ」
「……ぐう! 私の方がワイズマンなのに!」
私の補正込みMPは331、一方聖弥くんの補正込みMPは418なんだよね!!
なんか……なんか理不尽!! 村雨丸がガチ物理攻撃用補正だし、聖弥くんは補正付き装備が3つだから仕方ないんだけど!
ちょうどMPも尽きたし、休憩しようかと話しているところで私のスマホが思いっきり鳴った。
何事かと思えば、彩花ちゃんからだ。
『ゆずっち! 防具できた! 今から奥多摩ダンジョン行くよ!』
「えっ!? 紡績、そんなに早くできたの!?」
凄い勢いで話す彩花ちゃんの後ろからママの声も聞こえる。なんか「ぎゃー!」とか「いいから!」とかもみ合ってる声も聞こえる。――これは、ママと彩花ちゃんでスマホの奪い合いしてるのかな……。
『法月紡績さんに、総ヒヒイロカネの布があったのよ! 彩花ちゃんの防具を作るにはちょっと足りなかったから、その分だけの紡績で済んだの! それを織って、すぐ寧々ちゃんにクラフトしてもらったのよ!』
彩花ちゃんとの奪い合いに勝ったらしいママの叫びが、スマホからキーンと聞こえてくる。
そ、そうか……考えてみれば、法月紡績さんに布のストックがある可能性も否定できなかったんだ。1着に足りないくらいだと使い道がないから、それこそストックしておくしかないわけだし。
『私たちは装備を取ってから向かうから、あなたたちは先にヘリポートに向かって! ヘリはいつでも飛べるようにパパがずっと準備してたって!』
「ナイスパパ!」
スマホで時間を確認すれば、まだ10時半だ。これからダンジョンに向かっても十分に活動できる!
「蓮、聖弥くん、これから奥多摩ダンジョン行ける!?」
振り向いて尋ねれば、蓮はちょっとニヒルに笑って、聖弥くんは満面の笑みで、揃って「もちろん!」と答えてくれた。





