表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
巫女の住まう都市  作者: 花ゆき
最終章:危険種と巫女
28/33

特別 白い彼女 彼女という人

 


 どうしょ、どうしょ、どうしょう!?

 私何であんなこと言っちゃったのかな。

 私、変だ。


 今までになかったどろどろとした感情が体を蝕んでいく。

 知らない、こんな感情。

 怖い……。





 落ち着くために陽花は暖かい日の射す中庭へ。

 ベンチに座って一息をつく。


「陽花ちゃん」


 背後からかけられた声に陽花の体は強張る。

 よく知った人の声、直人の声だからだ。

 反応のない陽花に直人は軽く笑い、隣に腰掛けた。


「さっきは、どうしたの」


 優しい声が陽花に届く。

 陽花はスカートをぎゅっと握り締める。


「ごめんなさい、あんなこと言って」


 下を向いたまましゅんとしている陽花を見て、ふっと微笑んだ。




「君の願いはね、何でも叶えてあげたいんだ。

 どんなに小さなことでも、無理なぐらい大きなことでも。

 だから、いいよ」


 そっと陽花を気遣うように、陽花の頭をなでる。

 なでられた陽花は気持ちよさそうに瞳を閉じている。


「それにさっきのアレは、嬉しかったから」



 陽花の大きな目がぱちっと開かれて直人を見る。

 直人の言葉の続きを促しているようだ。



「さっきの、ヤキモチだよね」

「ち、違うもん」

「じゃあアリアの所に戻ろうかな」


 腰を浮かしかけた直人の服を掴んで引き止める陽花。


「や!」

「クス……何が?」


 服を掴んで下を向いたままの陽花は懇願するような眼差しで直人を見た。




「私だけがいいの。

 私だけに笑ってほしいし、私だけに触ってほしいの」



「……それは無理だよ、僕はナイトだから」


 陽花の瞳が揺れる。


「でも君だけに、特別をあげる。

 条件があるけどね」


「何?」


「僕だけに笑って、僕だけに触るコト」


 ぷっ、と陽花が笑った。


「直人さんだけ、トクベツだよ!」

「よく出来ました」




 こつん、とおでこが触れ合う。

 そして二人で笑い合って。

 気がついたら直人さんが真剣な目で私を見てた。

 目が離せなくて、次第に大きくなってピントすら合わなくなった頃、私は瞳を閉じた。






 私はベンチの上で直人さんに抱きしめられていた。

 暖かい温もり。そして、ドキドキと音を立てる心音。


「好き……だなぁ」


 さらにぎゅっと強く抱きしめられた。


「僕も、君が好きだよ」




 不思議だ……。

 直人さんに抱きしめられてるとさっきまであったドロドロが消えていく。

 代わりにあるのは暖かくて甘酸っぱい気持ち。


 すき。


 陽花は直人の背に手をのばした。





夕方、日も沈み始める頃、神殿に危険種の来訪を示す放送が流れた。

内容とは裏腹に穏やかな音色の音楽が。


それぞれがそれぞれの場所で聞く。

水翡は裏庭で、ティーナと。

陽花は直人とまったりティータイムを楽しんでいる時に。

そして葉咲は……。





ふぅ……。

葉咲は厚い本を閉じてため息をついた。

そして図書館全体を見る。

いつもいたあの人がいない。


珪は今日も来なかった。

いつも約束をして会っている訳じゃない。

けれどまるで約束したかのように集まっていた。

あの珪の巫女――白菊が亡くなる日までは。


ふと、本をたくさん持ち、頼りなさそうによろよろと歩いている女の子が目に入った。

葉咲たちが黒のクラスにいた頃のクラスメイトだ。

そして、確か珪くんの巫女。


「こんにちは」

「あ、お姉ちゃん。こんにちは~」


意識して優しい笑顔で話しかけると、女の子は無邪気に笑い返した。

葉咲は女の子の身長すら越す本を見てどうしたのか尋ねる。


「これは珪さまのためなんだよ。

珪さま最近元気ないから、私が強くなれば元気になるよ。

白菊お姉ちゃんみたいに強く、白の巫女になれるぐらい強くならなきゃ」


女の子の持つ本は“風との触れ合い方”

“風の扱い中級編”

“風の扱い上級編”

その他もろもろだ。

この中にある共通点は――。


「私も風属性ですから、何か質問があればどうぞ」

「じゃあ、あのねあのね!」



女の子はすでに灰色の巫女となっていた。

ここまで進んだのは珪のため。

真新しい灰色の制服が葉咲には痛々しく思えた。




その日、葉咲は戦場に遅れて出た。

そして異様さに気づく。


いつもより数が多い。

その上……



「遅いわよ、葉咲」


細身の剣を握りながら水翡は言った。

それにすいませんと言いながら、葉咲はすぐさま戦闘体勢に入る。

が、葉咲の真後ろから火が上がる。

地面に落ちるのは危険種の燃えカス。


「葉咲ちゃん気をつけて!

今日の危険種、いつもと違う!!」


葉咲の前に立ち、いつの間にか接近していた危険種たちに向け炎弾を立て続けに放つ。

勢いに押され後退する危険種たち。

そしてまたすぐに襲ってくるのかと思えば動かない。


向かい合う時間が続く。

5匹の危険種と3人の巫女。


「っ、きゃぁあああ!!」


少し離れたところで、危険種の爪が深くティーナを抉えぐる。

高く飛ぶティーナ。


「ティーナ!!」


駆け寄る水翡。ティーナにとどめを刺そうとする危険種に持っていた槍を投げつけるティーナのナイト、忍。


「無茶するわね」


ティーナの血に染まった胸元に手をかざす水翡。

淡い水色の光が灯り、傷を癒していく。


「ありがと、水翡」


にっこりと笑顔で返す水翡。

そこで誰もが疑問に思っていたことを葉咲が尋ねた。


「あなたたちいつの間に仲良くなったんです?」

「あ、それ私も思った~」


どうしてどうしてと眺めてくる葉咲と陽花。

そして少し離れているが気になるらしく、見ている祐樹。

2人は笑って答えた。


「「ヒミツ!」」



キッカケはあの中庭。またあの後にそこで会って仲良くなったのだ。

でもこれは一種の、二人だけの秘密で。

くすぐったさを覚え、笑いあう二人。



「すっかり仲良しさんですねー」

「寂しいよぉ~」


じとーっと見る葉咲、寂しそうに水翡を見つめる陽花。

そして疑問は解決したのか忍と話し込む祐樹がいた。


「しかし、私たちが攻撃されず、ティーナさんが攻撃されたということは……、あまりに計算的です。

つまり危険種はより数の少ない巫女、弱い巫女、そして巫女を補佐するナイトまでも狙っています。

この状態での戦闘は危険です。直ちに陣形を変えないと」


「一人は避け、2人~3人でグループを編成すると言いたいのだろう?

これより水翡とティーナ、葉咲と陽花に分かれ、危険種を殲滅する」


先ほどまで忍と話をしていた祐樹が言った。


「ちょっと、祐樹は?あとティーナのナイトも」

慌てたように行こうとする祐樹を引き止める。


「俺達は別で行動する」

「危険種の司令塔を探しますか」

「そうだ」


軽い武装をして遠くなっていく彼らに水翡らは不安を覚えた。





小高い丘に登り、戦況を見極める。

中央の陣営が押されてないのは直人の早い見極めと決断であろう。

ただ、側面がぼろぼろに崩されているため、今回は厳しい戦いになりそうである。

いくら葉咲が気づき、立て直したとしてもそれは一部にしかすぎなくて、遅すぎたのだ。


「祐樹先輩、戦場から離れたところに女性がいます。巫女でしょうか?直ちに保護しないと」


祐樹は忍の指した方向を見る。

すると危険種と巫女の戦いを遠巻きに見ている存在がいた。

その女性はふらりふらりとしながら立っていた。

黒髪が空になびく。


「いや、だが黒い髪では戦場に出されないはずだ」

「そうですよね。黒髪で白い巫女クラスなら私も知ってるはずですし」


そう不思議がりながらも、彼らはナイトだったためにその女性のもとへと向かう。





髪が顔にかかり、顔が見えない。

だが、女性が髪をかきあげたことによって白い顔がのぞく。


白い顔、この言葉だけで形容するのはあまりに短絡的なのかもしれない。

けれども彼女はあまりに白かった。

長年外に出たことがないように。


彼女の黒い大きな目が祐樹と忍を捕らえた。


「貴方達はナイト?迎えに来てくれたの?」


それまで無表情だったのが、嬉しそうに笑う。

そして同じく白い肌が白いワンピースから覗く。

彼女は自分から祐樹達に近づいた。

祐樹も保護すべく近づく。





「帰ろう、母さん」





いつの間にか女性の後ろに青年がいた。

褐色の髪がはっと目につくのに、どうして存在に気がつけなかったのか。

明るい茶の目は祐樹たちを睨む。

まるで敵意があるようだ。


「もう帰るの?」

「うん、もう十分だから」


青年は女性をエスコートして進みだす。


「その人は巫女だろう」


青年がわずわらしそうに振り返る。


「あんな巫女達と一括りにしないでもらいたい」

「しかし分類に分けると彼女は巫女か」

「総裁の信頼が厚いナイト、祐樹。その頭脳に狂いはないようだね」


青年はふっと馬鹿にしたように笑って掻き消えた。

それは葉咲がもつ転移そのもので、女性が巫女だという確信をより一層深めた。






巫女。


あらゆる自然の力を操る力をもつ。彼女らは自然に愛されているのだ。

しかし、その特異な力ゆえに巫女たちは社会の裏へと潜むようになった。

そして隠れて住まう巫女達。

巫女は人にとって不気味な存在。


この偏見を打ち砕いたのが“始まりの巫女”

彼女の妹も巫女で、いろいろ苦労があったそうだ。

始まりの巫女が立ち上がったのは彼女のためである。

いまや人より凄いと言われるようになった。


その偉業を成し遂げた巫女に後悔はなかったのか。

彼女は死する時、お腹に子どもがいた。

本当に後悔はなかったのか。そして危険種になっていないのか。


これは神殿の中枢部のみが抱く危惧である。

ただ総裁だけは否定している。


「彼女はその時その時を一生懸命生きる人だから後悔はないはずだ。

そして強さ故に頻繁に戦場に出されるため、死ぬのは戦場だと言うことを知っていた」


彼女のナイトだった総裁は言う。

それはあまりに重みのある言葉で、中層部は沈黙している。





薄暗い部屋での会話。


「ねぇ、どうして私にはナイトがいないの?」

「それはあなたが他の巫女よりも優れた存在だから」


「私はいつも一人ぼっちだわ」

「僕がいるからそんな顔しないで」

「ありがとう、ジャンはいい子ね」


黒髪の白い服をまとう巫女は褐色の髪をもつ青年を抱きしめた。

子供でもあやすように。





葉咲はあれから毎日のように珪の巫女と会っている。

彼女は図書館で会ったあの日よりも一段回薄い灰色の服を着るようになった。

灰白の巫女へとなったのだ。


制服からのぞく傷が多く目につき、痛ましい。

しかし、その傷があるからこそ彼女は短期間で位が上がったのだろう。



「白の巫女にならなきゃ、珪様は元気にならない」


彼女はうわごとのようにこの言葉を繰り返す。

葉咲は一種の不安を感じた。


白、白灰、灰白の巫女はその位から実力を認められ、戦場へと赴おもむくこととなる。

それが例えその位に成り立てだとしても、関係ない。

そう、珪の巫女であるあの少女も。






葉咲は戦場にありながらも集中していなかった。葉咲は斜め後ろを見やる。

珪が目の焦点を合わせずにぶつぶつ呟いている。その顔色は限りなく悪い。

葉咲は心配するしか出来なかった。


「俺があの時ああしていたら……。そうすれば白菊は死ななかった……」

「珪様?私はどうすれば……。キャッ!」


戦場で隙だらけの二人は危険種によく狙われた。

傷が出来ていく珪の巫女。珪は虚ろな目で空を、いや何も見ていなかった。

葉咲は唇を噛み締める。





「いい加減にして下さい!」





その時珪は虚ろな世界から抜け出した。

気がつくと葉咲が両手で俺の胸倉を掴んでいる。

鋭い目。


「貴方は人を殺す気ですか!?巫女だからいくらでも替えが効くとでも?

あなたの言葉で人が生きるか死ぬかが決まります。

この戦場に必要なのはナイトです!」


冷水を浴びたような気がした。


葉咲が刺すような眼差しで俺を見ている。

それは剣をつきつけられるよりも効果があった。



「どうか、この場ではナイトでいて下さい。生きて……」



葉咲は泣き笑いだった。白菊を殺したくせに、なんて言えなくなる。


ああ、知ってるさ。あの時葉咲は俺のために白菊を殺したことくらい。

そうなんだよ、こいつは人一倍不器用なやつなんだ。


たとえ憎まれても、離れ離れになっても、あいつはそれが最適だと判断したらそうするやつだ。

前あいつが行方不明の時もそうだったじゃないか。

それを、俺は……




「馬鹿だよな」


「何がです?」

「いやこっちの話。早霧さぎり、行くぞ」

「はい!」


下手な謝罪よりも、その言葉が早霧には嬉しかった。





全て危険種を消し去った後、何もない荒れ地に珪は立つ。

爽快感に満ち溢れた顔で戦場を眺めている。


珪は大きく息を吸い込む。


久しぶりに息をしたような感覚がした。

その後ろ姿に葉咲は声をかける。



「珪君」

「ん?」



振り返る間際に葉咲は罠を仕掛けた。

ただ触れるだけの軽いキス。

でもそれは珪にとって威力のあるもので。


「は、ざき?」


きょとんとした顔に葉咲は不敵な笑みを浮かべる。




「珪くんが悩んでいたから遠慮してましたけど、珪君はまた悩みそうだから。

今のうちに宣戦布告です」


そして今度は柔らかに笑う。




「弱いあなたも、強くあろうとするあなたも、大好きです」




珪は体中の血が騒ぐのを感じた。

弱い自分も認められている……ありのままの自分を好きだと言っている。


その姿がたまらなく愛おしい。




「やられたな」


ふっと珪は笑った。力の抜けた笑み。


「ふふっ、まだまだこんなものじゃないですよ。覚悟して下さいね?」

「ああ」




にこりと珪は笑う。もう前回のような拒絶はなかった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ