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第6話:聖剣クラウソラス

「なんだ、それは!」

 

 ジェファードが抜き放った剣は、一瞬眩い光を放ったあと剣の周りを包み込むように輝く。

 それを見た、リカルドが驚愕の表情を浮かべている。

 いや、説明を聞いてなかったのか?

 聖剣らしいぞ?


「俺は、そんなの貰ってない」


 そっちか。

 いや、これどう見ても本命はジェファードの方だよな?


「覚悟しろ、ルーク・フォン・ジャストール!」

「へえ、そこは魔王とかじゃないんだな?」


 俺に向かって突っ込んできたジェファードに向かって、呟くように答えると後ろに飛んで距離を取る。

 ジェファードの剣が空を切ると同時に、彼自身が吹き飛んで行った。


「そんな物騒なものを、弟に向けないでくれるかな?」


 兄が頼りになりすぎる。

 父はジェファードの援軍とぶつかったジャストールの騎士団と、国境警備隊の指揮に取られてしまっている。

 心無し、こちらが押されているように見える。


「噂通り出鱈目な兄弟のようですね」


 片手で地面を叩くようにして弾みをつけて、横に一回転して着地したジェファードが楽しそうに笑みを浮かべる。


「なるほど……先ほどまでとは違うということか」


 対して、蹴りを放った兄の方が面白くなさそうだ。

 見ると、脛の部分から血が流れている。


「兄上!」

「心配ない、ただのかすり傷だ」


 いや、脛の正面を斬られてかすり傷って。


「反応されるとは思っていなかった」


 少し驚いた様子だったが、軽く地面を数回飛んで足の感覚を確かめている。

 特に影響はなかったのか首を左右に振ってコキコキと音を鳴らすと、剣を構える。

 兄の表情から余裕が消えた。

 本気になったみたいだ。


 俺以外の相手に本気になるなんて、初めてかもしれない。

 少しばかり、不安になる。


「なぜ、ジェファードお前ばかり! くっ、離せお前ら! 不敬罪で処刑にしてやる!」


 うるさく喚くリカルドに、その場にいる全員がうんざりしたような顔になる。

 そして、同じことを考えているだろう。

 なぜジェファード皇子と比べて、殿下は残念なんだと。

 本当に……本当に、こいつは光の勇者なのか?


 リカルドを抑えつけている騎士にベゼル帝国の騎士たちが迫ろうとするが、父が指揮する精鋭たちが優秀すぎて攻めあぐねているようだ。

 ただ、思ったよりも攻撃が激しい。

 これでも、加護持ちの騎士たちなのだが。

 国境警備隊に至っては、2人がかりで1人を相手している。


 だめだな。

 数でも質でも負けてるようでは、時間の問題か。

 が、それを解決するのも時間だ。

 少しでも時間を稼げば、また形勢は押し返せるだろう。


 誰か味方を鼓舞するような存在があればいいのだが。

 今この場で、それが出来るような人間は……兄くらいか。

 いや、思ったより早かったな。

 もっと、良い人材が到着した。

 すぐに、こちらに来るだろう。


「本当に残念な子ですね……まあ、まずは貴方から排除させてもらいましょう!」

「出来るならね」


 おお、ジェファードの速度がさらに上がっている。

 剣の輝きも、強くなっている。

 本当に、凄い剣なんだろうな。


「なっ! 急に速く!」

「くっ、しまった!」


 こちらの騎士達からも、悲鳴に近い声が聞こえてくる。

 慌てて振り返ると、ヒュマノ側の騎士たちにけが人が出始めていた。

 特に聖騎士たちの動きが良い。


 なるほど……剣の効果か。

 町の方も、危ないかもしれない。

 

「いいぞお前ら! 俺を助けろ!」

「うるさいなっと!」

「うっ!」


 こうなるとリカルドを取られると面倒なので、とりあえず彼の顎を蹴りぬいて気絶させる。

 これで少しは静かになった。


 聖騎士だけでも、排除しないとな。

 いや、相手がバフを掛けてきたなら、こっちもバフを掛ければいいだけか。


『ジェノス! 使える精霊がいたらよこせ。こちらの騎士たちが劣勢だ』

『ただちに』


 ジェノスに念話で伝えると、すぐに返答があった。

 それから、この辺りに闇の魔力が集まってくるのが分かる。

 精霊たちか?


『リーナは見つかったのか?』

『この町で痕跡はありましたが……完全に、情報が遮断されました。気配どころか、魔力も匂いも残っておりません』

『神が関わっているんだ。そう簡単にはいかないだろう。それでも手は止めるな! 大したことじゃないかもしれないが、嫌な予感がする』


 ここで、リーナが消えた理由を考えても仕方ないが。

 最初の世界で光の聖女だったことが関係しているとすれば。

 相手方に落ちれば、厄介なことになるのは間違いない。

 いや、すでに落ちていると考えて動くべきだろう。

 今世では光の神への信仰心も薄く、どちらかというと暗黒神の狂信者ともいえる彼女が、どの程度の影響を及ぼすか分からない。

 最初の世界のように出鱈目な補助を行うのか、全くの役立たずなのか。

 ただ、連れて行ったからには何かしらの理由があるはずだ。


 最高は杞憂で、どっかに親と観光に行ってたとかか?


 まあ、不安定な要素は全て潰しておいた方がいいだろう。

 すでにアルトとまともにやりあっているジェファードの存在が、想定外だったからな。

 想定外のことが重なると、かならず大きな問題へと繋がるからな。


「面白いですね。弟以外で、私とここまで渡り合えるなんて」

「私のセリフですよ! 神話の剣をもってしてもいまだに貴方を倒せていないどころか、こちらがここまで追い込まれるとは」


 追い込まれていたのか。

 あー、確かによく見れば結構な傷が、ジェファードの身体のあちらこちらに出来ている。


「くっ! なぜ、そこで止まれるのですか! 足腰の力が尋常じゃない」

「いや、コツだよ、コツ。何も力にものを言わせてるわけじゃない」

「嘘を言うな! 普通の人間が、そんな動きをできるわけがない!」


 うん、言いたいことはよく分かる。

 全力で突っ込んできてても、目の前でピタリと止まって見せたり。

 空中で制止したように見えることも、しばしばある。

 こちらの勢いを片手で簡単に止められてしまったり、何より剣の軌道がおかしい。

 まるで何も持ってないかのように、軌道が自由自在に変化する。

 どれだけの腕力があれば、なせる技なのか見当もつかない。


「待たせたな!」


 そして、本当の時間切れ。

 ここで一番影響力のある男が登場だ。


「さてと……お二方には言いたいことがたくさんありますが、リカルド殿下は聞くことはできなさそうですね」


 馬に乗って駆けってきたアイゼン辺境伯が、地面に倒れているリカルドをチラリと見て苦笑いをする。


「ジェファード皇子……宣戦布告もなく、貴殿の騎士たちが我が国の騎士たちに襲い掛かっている理由を、お聞かせ願おう!」


 馬から降りることなく、隣国の皇子相手に言い放つアイゼン辺境伯。

 不敬だとかそういうことじゃなく、すでにもうこれは戦争が始まっていると風に認識したのだろう。

 いや、パフォーマンスか?

 この時をもって、停戦条約の破棄と開戦を事実にしようとしているのだろう。

 魔王討伐という大義名分を奪うために。

 相手が何を言おうが、現場はヒュマノ王国。

 そして、騎士団同士が争っているんだ。

 そう、ジェファードの護衛じゃない。

 一個大隊……いや、聖騎士と帝国騎士の大隊が2つだから連隊編成の騎士達だな。

 軍隊として認められる規模だ。

 それが、他国の騎士と正面衝突しているわけだから。


 何を言いつくろっても、侵略行為と言われて仕方ない状況だろう。


「見ての通り、魔王討伐ですよ」

「勝手に我が国の国民であり、貴族でもあるものを魔王にしないでいただきたい」


 空気を呼んでアルトが攻撃の手を止めたおかげで、ジェファードにまた余裕が戻ってきているが。


「我々は神に選ばれた軍隊なのです。そこに、国などというものはあってないようなものですよ。世界に求められる騎士隊です」

「はぁ……神の加護を得ている相手に、神に選ばれた軍隊が襲い掛かる? これは、神同士の代理戦争かなにかですかな? そんな世迷い事を言ってないで、まずは軍を引かせてください」


 アイゼン辺境伯が連れてきた騎士は、500人。

 町の中には700人は入り込んでいるらしい。

 近隣の領地からの応援部隊も、含まれているとのこと。

 流石に、ご近所さんは行動が早いな。

 コンサル関連で、色々とお世話をしておいてよかった。


 だいぶ恩を売ったんだ。

 こういうときに返してもらわないと。


「人数差では逆転されてしまいましたか。かなり分が悪いようですね」


 ジェファードが剣を下して、溜息を吐いている。

 この状況でも、まだ底が見えない。

 どれだけ、隠し玉をもっているんだ。

 今度は何が飛び出してくる?


 もう、待つ余裕はないか。

 こちらから、仕掛けて潰すか?


「しかし、神の代理戦争ですか。言い得て妙ですね」


 薄ら寒い笑みまで浮かべて、役者掛かった動作で話を続けているが。

 アイゼン辺境伯も、皺が眉間に寄っている。

 何か、感じることがあったのだろう。

 背中に手を回して、部下に何やらサインを送っている。

 一定間隔で何かしらの合図を送り合ったかと思ったら、外側の騎士たちが動き始めた。

 陣形の変形か……いや、回り込んでいる部隊もいる。


「勇者と魔王の戦いなんてのはそういうものなのでしょうね。邪悪な神と正義の神の代理戦争……」


 魔王の背後にも神がいることは、よくある話だな。

 邪神だとか、破壊神だとか、終焉の神だとか……

 やっぱり、俺が魔王じゃねーか!

 いや、そういうことを言ってるんじゃない。 

 

「本当に嫌になる……全然実力が見えない本命を前に、脇役でしかないその兄ごときに全てを阻まれるとは。本当にね……女神の力を疑ってしまいますよ」


 自嘲気味に漏らしたジェファードが、クラウソラスを天に掲げる。

 空から一筋の光が降ってくると、そのまま剣の切っ先に吸い込まれていく。

 

「役立たずどもに力を与えてもどうしようもないですね。私一人の方がよほど、マシだったようです」


 そのまま剣を思いっきり振ると、ベゼル帝国の騎士たちの身体からも光が抜けていく。

 そして、その光すらもジェファードが全て受け止める。

 やはり、剣の力で敏捷強化等の補助効果が、与えられていたか。

 軍隊に対してバフを発揮する武器とか、チート級の武器じゃないか。

 それらの力が全て、ジェファード一人に集められたとか。

 良い予感がしないね。


「くっ!」

「ふはっ! これでも反応できるんだ! なんてやつだ! 君たち兄弟は化物か!」


 直感に近かった。

 ジェファードの目が鋭くなった瞬間に、俺はアイゼン辺境伯を突き飛ばしていた。

 そして、目の前でアルトがジェファードの剣を受け止めて、飛ばされていた。


「さてと、ここからが本当の勇者の力の見せどころですね」


 いや、リカルドを見てたから、だいぶ嘗めていたけど。

 確かに最初の世界のリカルドは、光の如き速さで攻撃を仕掛けて来ていた。

 やはり、このくらいはやるか……


 面倒なことになったと思いながらも、アルトの横に立つ。


「2対1は卑怯じゃないかな?」

「いえ、兄上。神器である聖剣を持ち出す方が、卑怯かと」

「そうかな?」

「あの武器は、色々と効果が笑えない感じのように思えますから」


 聖剣一振に対して人間一人追加……釣り合いがとれるかな?

 

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