第2.5話:2人の勇者
「あのくそじじいが」
リカルドが悪態をつきながら、ポルトガフ邸を後にする。
しっかりと治療をしておいてもらって、この言い様とは。
横に馬を並べてはいるが、少し距離を置きたくなってしまった。
「ジェファードだって、ムカついてたんじゃないのか?」
「あれでも、臣下としては役に立つんだ。真面目過ぎるところが、玉に瑕なのは確かだが」
同意を求められたが、君は他所様の領地の貴族をよくもまあ皇族の前で馬鹿にできるね?
なんだってこんな奴を、勇者になんか任命したのだろうが?
あの女神は。
そもそもが、自身の考えなし行き当たりばったりの行動のせいだろう。
喉まで出かかった言葉を、飲み込む。
こんな奴でも、役に立つことはある。
こと、これから先、ヒュマノ王国への侵攻にあたっては。
まだ切るときじゃない。
そう考え、頭を振って前を向く。
しかし、ここで丸1日の足止めは痛かった。
しかもポルトガフ卿から、アイゼン辺境伯へ先触れまで出すことを認めざるを得なかった。
しかし1日程度で、準備が出来るとも思わない。
そもそも魔王の討伐というのは、あくまでついでに過ぎない。
できることならジャストール領の産業の秘密を、根こそぎ持って帰るつもりだった。
ついでに、アイゼン辺境領を手に入れられたら、なおいいだろう。
そのための名目としても、申し分ない理由だな。
だから、アイゼン辺境伯が抵抗したところでどうということはない。
なぜなら国内外の聖教会が全て、自分たちの味方に着く。
それだけでも、一方的に非難されることもないだろう。
そして自領内に敵を抱えた状態で、私たちの対応が十分に出来るとは思えない。
あとは仮に何か言われたところで、扇動したのは自国の王子だ。
内乱やクーデターの類だ。
後継者争いなんて、どこの国でも起こりえることだ。
自国の恥を晒してまで他国に助力を願うのは……愚かだとしか思わないが。
とくに、帝国のような侵略型の国家に対してとなれば。
懇意にしている国で、その後の立て直しから交易まで含めて保障されているならともかく、魔王を倒したあとでこの馬鹿はどうするつもりなのだろうか。
そんな視線を投げかけると、不意に目が合う。
「なんだ?」
「いや、少しは傷みが引いたかなと思って」
「ああ、そっちはもう大丈夫だ。くそが! これが終わったら、あいつも血祭りにあげてやる」
そう息巻くリカルドに対し、見えないように思わず失笑してしまった。
(お前程度の抜け殻の女神の勇者じゃ、逆立ちしてもあの古だぬきには勝てんだろう)
心の中で小ばかにしつつ、適当に話を合わせて相槌を打つ。
だが、同じ話の繰り返しばかりで、正直うんざりだ。
できることならカースに丸投げしたいところだ。
しかし、それはそうとポルトガフ卿は完全にあちら側か。
あの時、確かに闇の強い波動を感じた。
リカルド王子もカースも、ただの威圧だと感じていたようだが。
あれは脅しだな。
しかし、ポルトガフが闇の眷属の加護を受けたという話は聞いていない。
まさか、この私が足がすくむ程に圧されるとは。
女神の加護も、案外大したことないのかもしれない。
もしくは、それほどの規格外の何かがあそこにいたか。
アークダイ侯爵の話に出てきた、暗黒神の眷属……もしくは本人か?
闇を司る者たちだ。
気配を消して潜むなど、わけないことなのだろうが。
侯爵は、あれは神だと言っていたが。
大神の一柱が、あの時点で出てくるとは考えにくかった。
しかし、あれほどの威圧を込めた魔力を、精霊程度が放てるとは思えないし。
女神も、当時は特に言及されることはなかった。
しかし最近では表に出ることも、ほとんど無くなったな。
いい加減、子守から解放されたいところだが。
指示を仰ぐべき相手がいない以上、任されたことをするしかない。
このアホと2人で、ルーク・フォン・ジャストールとかいう少年を始末する。
勇者としての仕事が、ただの子供の暗殺とは。
魔王とのことだが、私の耳にはそれらしい噂は入ってこない。
女神と聖教会が勝手に言ってるだけだ。
その女神から直接神託を受けた以上、従うより仕方ないだろう。
ふと視線を横に向ける。
あれこれと騎士たちに指示を出すリカルドに、皆だいぶストレスを溜めているようだ。
(彼らは、君の部下じゃないのだけれどね)
こっちに困った様子で助けを求める視線を向ける騎士に対して、首を横に振る。
あっちに集中している間は、自分の方はゆっくりできるからね。
申し訳ないが、そろそろ相手を交代してもらおう。
それにしても……滑稽だな。
確かにある意味で、あいつこそ真の光の勇者なんだけどな……
空っぽだ。
空っぽで惨めな勇者。
女神の操り人形。
せいぜい、役に立ってもらおう。
「おい! どういうことだ? すでに、戦闘が始まっているぞ!」
リカルド王子の声で、意識が引き戻される。
「馬鹿どもが!」
思わず、吐き捨てるように声を荒げてしまった。
聖教会の連中が先走ったか。
私たちが入る前に事を起こして、制圧されたら……
これでは、各個撃破と同じような状況ではないか。
時は一刻を争う。
時間を掛ければ分が悪くなることを察して、騎士たちに急ぐよう指示を出す。
「俺は先に行くぜ!」
くっ、ここにも馬鹿が一人。
たかが、辺境を治める貴族にすら遅れをとるお前が行ったところで。
いまこいつを、相手側の手に落とすわけにはいかない。
「私も行こう!」
罵りたい気持ちを抑えて、馬を駆けさせるリカルドをすぐに追いかける。
できればアイゼン辺境領は、時間を掛けずに押さえておきたかった。
そうすれば、ジャストール領につくまでに後詰の兵が間に合う。
アークダイ侯爵率いる正規軍。
帝国兵5000と、聖教会から借りた聖騎士隊1000。
それだけあれば、いかに加護を持っていようがルークとやらも、獲ることがが出来る。
こちらにだって、加護持ちはいる。
そう考えていたのだが。
ままならないものだ……
近隣から集めている聖騎士たちは、途中途中で合流できている。
これからも、増え続けるだろう。
ただ、アークダイ侯爵の方は、間に合わないだろうな。
歯噛みしながら馬を駆けらせ……国境の町に入った時には、多くの聖教会の手の者が捕縛されたあとだった。
あちらはあてに出来なくなったか。
こちら側が少しでも数が揃うよう、時間を稼ぐしかないか。
光の女神の加護を受けているわりには、ツイてなさすぎる。
思わず、リカルドを見捨てそうになってしまった。
まだ、早い。




