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第16話:クリスタ・フォン・オールバイデンの話 後編

「はー……」

「これが、本場のジャストール料理」


 ジェノスさんの案内でミラーニャの町の食事所に案内された。


「まもなく、主も参られますので」


 料理が置かれたお皿が、テーブルの上に6皿。

 うん、ルークを入れても3つ余る。

 あまり、良い予感がしない。


「ごめん、待たせたね」

「いえ、私たちもいま来たところです」


 いや、確かにその返答は間違っていないけど、

 何か、違わなくない?

 横にスライドさせる窓のような扉を開けて申し訳なさそうに入ってきたルークに、エルザが軽い調子で返しているけど。

 ちなみに、この扉は引き戸というらしい。

 新しい建築様式のようだけど、異国の地の扉らしい。

 なかなかにお洒落だと思う。


 そんなことを考えつつも、エルサの方をチラリと見る。

 確かに、このお店にはいま来たところだから嘘は言ってない。

 けどなんだろう、何かが違う気がする。


「ふふ、一足先にこの町を堪能させてもらっているよ。なかなかに真新しいものが多くて、飽きることのない日々を送らせてもらっている。君たちも、期待していいよ」


 そして、ルークの後から入ってきた青年を見て、思わずフリーズしてしまった。

 ……聞いてない。

 てか……お忍びで来てたんだろうけど。

 隠し切れないオーラを纏った、我が国の第二王子の姿を確認して思わずため息が漏れてしまった。

 同級生の実家に遊びに来ただけなのに。


「殿下、いきなり話しかけたらお二人がびっくりしますよ。私が言うのもおかしいかもしれないけど、よく来たね2人とも。一緒にこの町を楽しもう」


 ……まあ、うん。

 リック殿下の後だからインパクトは薄いけど、アイゼン辺境伯家の次期当主となるであろうビンセント様が苦笑いしながら入ってきたのを見てとりあえず居住まいを正す。

 横でポカンと口を開けているエルザの脇を、肘で軽くつついてみたが効果は無かったようだ。

 彼女の視線は殿下とビンセントをチラリと見ただけで、料理にくぎ付けになっている。


「リック殿下とビンセント様にはお変わりもなく、このような場所で「あら、あなた達もいらしてたのね」」

 

 どうにか再始動して2人に挨拶を返そうとしたら、もう一人……凛とした鈴の鳴るような声で話かけてこられた相手に、思わず頭を押さえそうになってぐっと堪える。

 流れるようにルークの横の席を確保したのは、ヒュマノ公爵家の至宝でもあるジェニファ様。

 えっと……まだ、アルト様は王都にいらっしゃるはず。

 にも拘わらず、彼の同級生であるお三方がすでにここに来られているのは、完全に想定外だったから何も言えずに口を金魚みたいにパクパクさせてしまった。

 金魚か……そういえば、夏の風物詩ともなった金魚もここジャストールの地で生まれた観賞用の魚だったっけ。

 と現実逃避をしてみたけども……

 

「凄い町でしょ? 私が以前来たときから数年しか経っていないというのに、あまりの変わりように時を超えてしまったかと思ったのですよ」


 ルークの横の席を確保してご満悦のようですが、本来ならリック殿下が……野暮なことは言いません。

 リック殿下が笑顔で受け入れていらっしゃる以上、たかだか伯爵家の小娘が何か言えるわけありません。


 ふふ……たかだか男爵家の次男と言ってしまえるルークですが、やはりルーク様と呼んだ方がいいのでしょうか?


「リック殿下達も来られていたのですね。少し驚きました……この町を見た時ほどではありませんが」

「あら、まあ学校では何度も顔を合わせていますからね」

「2人とも、ジャストールに来たがっていたからね。念願叶って良かったね」

「はい、こればっかりはルークと同じ年に生まれることのできた巡り合わせに、神に感謝しております」


 エルザがこの雲上人ともいえる王族の2名に、怖気づくことなく堂々と会話していることに思わず二度見してしまった。

 二度見したけど、二度目に目を配ったときにはすでに料理に目を奪われていたのにはなんというか。

 友人の逞しさに、初めて気づいたというか。

 うん、この子はこういう子だったのか。

 じゃないと、あの状況でルークに話しかけたりしないか。

 こうしてみると、ビンセント様の立場が少し弱い気が。

 辺境伯ともなると伯爵家の中では頭一つ出ている家格ではあるのですが……まあ、この2人を前にしたら霞んで見えるのも仕方ないですね。


「まさに天の配剤ですね。エルザの思いがこの巡り合わせ引き寄せたのかもしれませんね」


 ジェニファ様……ルーク様との距離が近くないですか?

 自分で椅子を少し近づけましたよね?

 椅子というか……座椅子というものらしいですが。

 

 この部屋、靴を脱いで上がる変わった形式のお部屋です。

 でもって藺草を使った畳なるものが敷き詰められているのですが。

 藺草を畳表なるものに使っているのです。

 そう、この床は植物を編んだ床なのです。

 なかなかにクッション性があって、嫌いじゃないのですが。

 人前で靴を脱ぐのに少し抵抗がありましたが、靴を脱いだだけで凄く気が楽というか。

 

「まあ、お話は食事を頂きながらにでもしましょうか」


 料理と参加者の顔を行ったり来たりしているエルザの様子を見て、ルークが苦笑いをしながら食事を勧めてくれます。

 私も気になっていたので有難いのですが、こういった気遣いを自然にできるあたりルークはやはり優良物件ですね。

 流石にジェニファ様と張り合う気はないので、思うだけにとどめます。


***

 料理はただただ美味しかったとだけ。

 お品書きがあったので、なんとなく料理の材料は分かったのですが。

 どれもこれも、ここでしか食べられないだろう物ばかりでした。

 コース形式で出てきましたが、どれも絶品で。

 はい、絶品すぎて何も覚えていないというか。

 お品書きをもらって、それを見ながらじゃないと思い出せないというか。

 もう、全ての料理が衝撃的すぎました。


 そして、食事を終えたあとはルーク様とジェニファ様と4人で買い物に。

 リック殿下とビンセント様は、この町の新しいアミューズメント施設なるものに向かわれました。

 水を使った遊戯施設らしく、人口の川や池がある場所らしいです。

 泳いだり、ボードに乗ったりできる場所とのことでした。

 ルークが少し呆れた様子で眺めていましたが。


「マリア達も来週にはアルトと一緒に来るみたいですよ」

「そうなんですね。にぎやかになりますね」


 マリア様……侯爵家の御令嬢ですね。

 なんていうか、王都以外でこんなに重要人物が集まる場所が国内にあったなんて。

 伯爵領ですら、王族、侯爵家の方が一堂に会する機会なんてありませんし。

 ルーク様の作られる街づくりがいかに規格外かというのを、ただただ実感するだけというか。

 街並みを見た時点で、乾いた笑いしか出てこないんですけどね。

 ぜひ、うちの領地も改革してもらいたいというか。

 そりゃ、みんな別荘を建てたくなるわ!

 と、声を荒げてしまいそうなくらいに、魅力ある建物が多いんですよ。


 そもそも商店の商品の陳列からして、センスが違うというか。

 ショーケースなるガラスケース。

 透明度の高いガラスで、商品を並べるスペースを作るとか。

 確かに防犯対策には、もってこいですね。

 商品を見ることを阻害せずに、簡単に持ち去れない造り。

 手に取りたい場合には、お願いすれば出してもらえます。

 貴金属なんかは手袋をした男性が、丁寧に商品をガラスケースの上に置いた柔らかな布の上に並べてくれます。

 こちらが触れる分には、素手でも大丈夫ですが。

 ふ……触れにくい。

 それを平気でベタベタと触れるジェニファ様とエルザに思わず戦慄を覚えました。


 さらには店と店を移動するのに、常に屋根があるのにも驚きました。

 日を遮ってくれるターフテントなるものが連なっています。

 雨が降っていても濡れることなく、買い物が楽しめます。

 それに日差しを直接浴びないことで、日焼け対策にもなるとか。

 ……真似できそうですね。


「本当は一つの大きな建物に、お店をいっぱい集めたりとかもしたいんだけどね」

「それは、色々と問題がありそうな気が。夏とか人が集まったら、熱が凄いことになったりとか」

「いやいや、水と風の魔石や氷の魔石を組み合わせれば、夏でも快適な空間が作れるからさ……割と大掛かりでたくさん用意できないから一つの大きな建物をそれで冷やしつつ、多くのお店がそこにあれば」

「買い物がぐっと楽になりますね」


 私の疑問にルークが答えていたのを、ジェニファ様が引き継ぐ。

 部屋を涼しくする。

 そういえば、氷の魔石を使って部屋を涼しくする魔道具も、ここジャストール領で作られていた気が。

 そう……ルークの開発した魔力回路は、本当に世界を変える発明だと思う。

 単純に魔石の作用だけの魔道具と違って、かなり複雑な動作も組めるらしいし。


「いまは冷媒を使った、空気の循環装置の開発をしているところかな?」


 また、意味の分からないことを……

 この子の頭の中は、本当にどうなっているのだろう。


「どういうこと?」


 エルザが素直に質問している。

 こういうのは、この子の美点だと思う。


「熱ってのは低い方に移動する性質があるからさ……熱を冷媒に乗せて外に運べば、室内が涼しくなるんだよ」

「冷媒というのがよく分からないのですが」

「まあ、冷たい何かだと思ってもらったら。氷が熱を奪うように、また気化熱を利用したガスによる冷媒も「気化熱?」」

「あー、そうか。液体が気体に変わるときに周囲の熱を奪うというのは、この世界だとあまり一般的に認識されていないのかな?」

「この世界?」

 

 ルークの言葉が全然理解できない。

 とりあえず冷たい何かを使って、部屋の中の熱いのを外に運ぶ装置を考えているところなのだろう。

 

「液体が気体に変わるときに周囲の熱を奪うんだよ。また逆に気体から液体に変わるときには周囲に熱を発するんだ」

「ちょっと、私にも何をおっしゃってるか分かりかねます」


 ジェニファ様も分かっていないようだ。

 したり顔で頷いていたから、てっきり分かって聞いているものと思っていたけど。

 ちょっと難しいかもと話を切り上げようとしたルークに、ジェニファとエルザが食い下がって聞き出していたけど。

 なんとなく分かった。

 この子の頭の中が、おかしいということが。


 どこでそんな知識を。

 圧力を掛けるということ自体が、一般的じゃないと思う。

 いや、この町では割と普通の技術だった。

 スチームパンクがとかって意味の分からない言葉を言っていたけど、工業区を見せられてなんとなく分かった。

 水蒸気がモクモクしてるパイプがいっぱいあった。

 スチーム(水蒸気)が圧力でパンク(破裂)してるってことか。

 と口走ったら、ルークに困ったような変な顔をされた。

 ちょっと違ったらしい。


 気体の中には圧力を掛けることで気体から液体に変わるものがあるらしく、圧力を掛けたり緩めたりすることで熱の移動をと説明が始まり、途中で途切れてしまった。


「まあ、凄く便利な機械が生まれる可能性があるってこと」


 説明を諦めたようだ。

 ふふふ……色々と気になるけど、素直に話を全て受け入れるエルザとジェニファ様が羨ましい。

 私の頭がいままさにスチームパンクだ。

 きっと知恵熱で頭から湯気を出して、脳内がパンクしてるはず……

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