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第7話:ジャストール領領軍魔法部隊部隊長ベックの場合

「では、本日より僭越ながらルークおぼっちゃまの魔法の教師をさせていただきます、ベックと申します」

「よろしくお願いします。若輩の身でありながら、当家が誇る魔法部隊をまとめる、才ある方に教えてもらえるなんて幸せですね」


 思わず変な顔をしてしまったかもしれない。

 目の前のこの幼子は、私が仕えるゴート・フォン・ジャストール様の次男であらせられるルーク様。

 わずか7歳にして、奥様の出産時に起きたトラブルの際、治療術師に魔力譲渡を行った方。

 そして、その際に治癒魔法の技術を理解し、即座に発動させたお方。

 魔法の才などという言葉は、この方のためにあるだろう言葉だ。


 そして、7歳児らしからぬ言動。

 いえ、兄のアルト様もですが、この2人は早熟というか。

 おもにルーク様の方が先だった気がする。

 おかしな……大人顔負けの言動を始めたのは。

 それに対抗するようにアルト様が、家庭教師の授業を熱心に受けはじめ。

 お互いに競い合うように成長をした結果が、いまのこの子供かと思うような子供に育ったのだろう。

 そう思うことにしておこう。


「いえ、私の方が幸せだと思いますよ? 将来この国を……いや、世界を代表する大魔導士になれるかもしれないお方の師を務められるのですから」

「買いかぶりすぎですよ」


 まあ、私も奥様の治療に立ち会ったわけではないので真偽のほどは確かではないが、治療にあたった者の怯えよう、その後の畏敬の念を湛えた彼のルーク様に対する態度を見れば、真実だったのだろうと思える。


「お坊ちゃまは、魔力譲渡を使えるとのことですが」

「ええ、相手の魔力の質に同調させて、相手の魔術放出に合わせて送り込むことで、割り込む形で相手の魔力の消費を抑えることができるのはご存知ですよね? その際に、対象の魔力を押し込む勢いで魔力を送り込むというちょっと強引な方法を今回はとったのですが、魔穴や直接体内に送り込むよりも発動中の魔力に割り込む方が、こちらの魔力量が多い場合使用中の魔法に対して「申し訳ありません。まったくおっしゃってることが分からないというか、その知識はどこで?」


 正直言って、何を言ってるかさっぱりわからない。

 いや、いわんとしてることはわかるし、理解できる部分も多いが……

 それが幼子の口からスラスラと、それこそ呪文のように漏れ出るのを聞いていると何か別の言語のように思えてきて。

 半分も頭に入らなかった。

 いやいや、俺が教えてもらってどうする。


「えっと……普通に知ってる知識かなと」

「普通……普通ですか。私の知ってる普通とルーク様の普通は違うようですね」


 俺の言葉に、ルーク様がどこかをジッと睨んでいた。

 怖いから。

 見えちゃダメなものが見える系ですか?

 ルーク様の視線の先を見る。

 何もないけど、何かいる。

 感じちゃだめなやつだ。

 それにお坊ちゃまが気付いていることにも、触れちゃだめなやつだ。

 見なかったことにしよう。


「さ、授業を始めますよ」


 授業はとりあえず、最初の一か月は毎日3時間ほど指導。

 旦那様よりは早急にといわれたからだ。

 その後は、週に3日間1時間。


 とりあえず、魔法の成り立ちから……


***

「いいですよ、ルーク様! 素晴らしいですよ!」

「えっと、ありがとうございます」


 なぜ私は、ルーク様に外で魔法を見せているのだろうか。

 えーっと、魔法の危険性?

 暴発?

 事故?

 起こるはずがない。


 本当の天才とはこの子のことを……こういう方をいうのだろう。

 詠唱短縮?

 詠唱破棄?

 無詠唱?

 そういうのとはなんかちょっと違うというか。


「次はこの魔法をいってみましょうか?」

「あの、先生……本日は座学で魔法の基礎知識と父からお伺いしたのですが? というか、一か月みっちりと魔法の危険性を教われと「いいのです、いいのです。お坊ちゃまが事故を起こすことはまずありませんので! 覚えていただくのは、人に向けて使っていい、使ってはだめだけです。あっ、悪い人は人にカウントされないので、そこは重要ですよ」」


 私の言葉に、ルーク様が首をかしげている。


「いいからいいから、それと私のことはもうベックとでも呼び捨てにしてください。お父様の部下でもあるので」

「いや、それは……いまは私が教えてもらう身で、ベックさんは先生ですから」

「ええ、もうお坊ちゃまに教えることはありません。私が魔法を使うのでそれを見て使ってもらうだけでいいので。私じゃなくてもできる仕事なので」


 私の言葉に、ルーク様が変な顔をしている。

 たぶん、私が来たときにお坊ちゃまに見せた顔はこんな感じだったのかもしれない。


「じゃあ、いきますね? 私に魔力同調してくださいね? いきますよ! ファイアーストーム!」

「わかりました」


 ほら! 

 見ただけで、すぐに中級魔法を発動。

 しかも、私の放ったのとまったく一緒。

 強さも自由自在と。

 こうやって、真綿が水を吸うかのように魔法を覚えられるとついつい……


「ベック? 何をしておるのかな?」

「だ……旦那様!」


 急に後ろから声を掛けられたの振り向いたら、鬼の形相の領主様が立っていた。

 すごく怒っている。

 仕方ない。


「旦那様! お坊ちゃまは本当の天才です! いや、もう天才なんて生ぬるい。なんというか……形容しがたいナニかです!」

「お……おおう」


 全力でルーク様の現状を伝えたら、怒りが和らいでいってるのが分かる。 

 やはり、旦那様は私がルーク様を独占してたのが気に入らなかったのだろう。

 そんな小さな価値観で物事を図っては、領主として大事な時に見誤りますよ。


「おまえ、それは流石に主に対して失礼だろう」


 あっ、最後の一行は声に出てましたか。


「部下だとか、主だとか、領民だとか、領主様だとか、貴族様だとか関係ありません! ルーク様はそういった地位や名誉の垣根を越えてこの国の国民すべてで……いや違いますね、むしろそういった枠を超えた逸材なのです! まさに王国どころではありません。世界の至宝ですよ!」

「いや、主だとか領主だとか関係あるだろう。それ以前に私の息子だぞ? 勝手に世界のものというか、共有するみたいなこと言われてもな」

「ちっ、ちっさー」

「おまえ……もう無礼とか、減給とか解雇とかじゃなくて、反逆罪とかで実刑でもいいレベルの暴言だぞそれは」


 うちの領主様がこんなに小さい方だったとは。

 そうだな、解雇上等じゃないか。

 いっそのこと、クビにでもなってお坊ちゃまに仕えた方がいい気がしてきた。

 いや、いい。

 いいはずだ!


「はあ……無駄だな。なにがベックをおかしくしたのか知らな……あそこで炎の竜巻を小さくして困っている我が息子のせいか」


 領主様が深くため息をついた。

 私のせいで、お坊ちゃまが疑われている。

 これは、まずい。


「とりあえず、今日の授業は終了だ。1週間休みをやるから、落ち着いたら出てこい。再度弁明の機会を与えてやろう」


 そう言われて、旦那様に追い出されてしまった。

 とりあえず、退職願でも用意しておくか。

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