99話 ゴーレム、大地に立つ!
峠の街道を埋めてしまっている土砂を取り除く作業をしている。王都から一緒にやって来た王女も一緒。
俺に戦いを挑んできた女魔導師も一緒、これが本当の呉越同舟。
新兵器のホイールローダーも購入して、順調に土砂の除去が進んでいた。
――だが目の前に、巨大な岩が大量の土砂と共に埋まっているのだ。
ちょっと手前から土砂の上に頭が出ていて、嫌な予感はしていた。
アイテムBOXから取り出したレーザー距離計によれば、高さ約15m。
この大きさでは俺のアイテムBOXにも入らないし、メリッサのゴーレムでもびくともしないだろう。
アイテムBOXを使って取り除いた巨大な岩でも、やっとという感じだったし……。
「ひゃ~っ、でっけぇな!」「そうだにゃ!」
獣人達が掌で庇を作り、岩の天辺を眺めている。
「ケンイチ、どうするのじゃ?」
「う~ん、どうしましょうかねぇ。下を掘って転がすか?」
いや、こんな巨大な岩の下を掘るとなると、街道全部を崩さないとだめだ。
そうなると、コンクリートもないこの世界で、復旧出来るかどうか。
「その大穴の復旧で、かなりの時間と労力がかかるぞぇ?」
「いっそ、岩をそのままにして、脇を掘り進めるか?」
いやいや、それもとんでもない時間がかかるな。
「其方の鉄の召喚獣であれば、それも可能であろうが……」
「それでは――この巨岩は放置。我々が歩いて土砂の上を渡り、反対側から作業を進めますか――」
難しい問題があったら、それは後回しにして他の問題をやる――テストの定石だ。
「其方達だけで行くのかぇ?」
「リリス様に、この土砂越えは無理でございましょう。それに御身に何かありましたら、大変でございます。家も残しますし食料も置いていきますので……」
「嫌じゃ! い や じゃ! 其方と別れとうない! ここでなんとかするがよい!」
「そんなワガママおっしゃられましても……」
「嫌じゃ!」
「姫様――ケンイチ殿の仰る事も一理ございます」
メイドさん達の説得にも王女は腕を組んで、そっぽを向いてしまった。
あ~、こりゃ困ったぞ。まぁ確かに、魔導師全員が反対側へ行ってしまったら、王女の護衛がいなくなるからな。
それが不安なのかもしれない。それは解るが――しかし、なんとかってどうするんだよ。
「とりあえず、発破でもしてみるか……」
巨岩の周りの土砂を可能な限り除去。アイテムBOXから単管の足場を出す。
足場の上に発電機とハンマードリルを出して、巨岩の真ん中付近に発破用の穴を開け始めた。
この中にアンホ爆薬を入れるので、少し斜めに掘る――合計4箇所。
その穴の中に、ピンク色のアンホ爆薬を注ぎ込む。ゴニョゴニョで溶いてあるので、ドロドロした液体状だ。
作業が完了したので、足場を収納した。
「これから爆裂魔法を使いますので、リリス様は、家の陰に隠れていてください。メリッサは聖なる盾でも使って防御をよろしく」
家を設置した場所から、かなり土砂の除去が進んだ。ベースと巨岩がある場所とは40~50m程、離れている。
「解ったわ――でも岩を崩すのに爆裂魔法じゃ……それに、あの変な色の物は……?」
普通は、岩の表面で魔法が爆発するからな。それじゃ、中までダメージが入らない。
爆裂魔法ってのは爆発によって対象を破壊するというよりは、生み出した衝撃波で広範囲の敵をなぎ払う魔法だ。
皆を下がらせ、俺とアネモネだけが巨岩の正面へいく。アイテムBOXから透明なポリカーボネートの大盾を出して、地面へ伏せる。
発破作業自体は、崖から薔薇輝石を掘り出す時に、アネモネと一緒に何度もやったので問題はないはずだ。
アネモネが双眼鏡で覗きながら、ピンク色のアンホ爆薬に爆裂魔法を使って点火する。
「お~い! いくぞぉ!」
手を振って、皆に知らせる。爆薬が何かをしらなくても、爆裂魔法は知っているからな。
アネモネが点火地点を双眼鏡で覗いている。
「アネモネ、大丈夫か?」
「何回もやっているから平気」
「よし、それじゃ頼む」
「む~爆裂魔法(小)爆裂魔法(小)爆裂魔法(小)爆裂魔法(小)」
彼女が連続で魔法を唱える。巨岩の岩肌に白い埃を伴った爆発が4箇所起こると、それに伴った爆風で辺りに破片がばら撒かれる。
もくもくと白い埃が上がり、岩が隠れてしまったが――徐々にそれも晴れてきた。
爆発があった場所には、深さ1m直径3m程の円錐状に開いた穴が4箇所。
穴は飛び飛びになっているので、繋がっていない。これを繋げようとすると、後3~4回の発破が必要だ。
「これを使って、岩を割るのも可能だろうが、10日以上は掛かるな……」
俺がその場で思案していると、メリッサが走ってきた。
「今のは、何なの?!」
「やっぱり、こんな感じか――もっとデカいハンマードリルを使って奥まで穴が掘れればなぁ」
「ちょっと! 今のは何なの!? 答えなさいよ!」
「爆裂魔法だよ。見ただろ?」
「あんな連続で、しかも4発も使えるはずないでしょ?!」
「それが使える方法があるんだよ。奥義だよ、奥義!」
「――もしかしたら! あの変な色の水に秘密があるのね!」
「極秘の奥義で教えられません」
メリッサが教えろとしつこいが、教えられるはずもないし、教えても解らんだろう。まして同じ物を作れるはずがないしな。
そんな事より、もっと上手い方法は――何も思いつかないようなら、発破をし続けるしかないのだが。
メリッサのゴーレムでも、動かないとなると――もう一体核を作って、アネモネに動かしてもらうか?
デカいゴーレムが2体いれば、岩も動くかもしれない。
その前に、そんなデカいゴーレムをアネモネが動かせるかどうかなんだが……。
――いや、もっとデカいゴーレムが作れないかな?
ゴーレムの核は、俺が作ってもいいんだ。メリッサの核より大きな物を作れれば、もっと巨大なゴーレムになるはずだ。
メリッサのゴーレムが、ボ○ムズ級なら、こちらはガ○ダム級って事になるか。
そいつをメリッサに動かしてもらえば、あの岩も動かせるかもしれない。
よし、物は試しだ。やってみるか――実際、俺も巨大ゴーレムが出来るか興味があるしな。
俺はアイテムBOXから一番太い丸太を取り出した。丸太なんて何の役に立つかと思っていたが、こんな使い方をする羽目になるとは……。
「ケンイチ、何をする気じゃ?」
「リリス様の言う通り、なんとかするのでございますよ」
「そんな丸太でか?」
「これで、もっと巨大な核を作って、もっとデカいゴーレムを作れないかと思いまして」
「なんじゃと?!」
「なんですって?」
王女とメリッサが驚くが、凄腕の魔導師も試した事はないようだ。
「まぁ物は試しってやつよ」
丸太の長さは以前に切ったままの10mだ。これを8mに切断して。更に半分に切れば、それが胴体と手になる。
そいつを加工して、十字に組み合わせれば核の形になるってわけだ。
勿論、ちゃんと核の形に合わせた加工はするけどな。要は、俺がアネモネに作ってやった形を、そのまま拡大コピーすりゃいいんだろ。
そうすれば、メリッサが持っている2mの核の2倍の大きさの物が出来上がるって寸法。
2mの核で10mのゴーレムが出来るのなら、4mなら20mの巨体を作り出す事が可能なはずだ。
だが、あくまで予想ってやつだが。しかし何事もやってみなくっちゃ解らん。
先ずは、丸太を切断して4mにする。アイテムBOXからチェーンソーを出した。
けたたましい音を出して、丸太を切断する道具に、王女が何か叫んでいる。
「なんじゃこれは?!」
多分、そんな事を言っているのだろう。チェーンソーの音がうるさいので、よく聞こえない。
ずっと使っていると難聴になるぐらい、うるさいからな。
「ケンイチ、それはなんじゃ?!」
チェーンソーをアイドリングさせていると、王女が近くへやって来た。
「木を切る魔道具ですよ」
「そ、それがあれば、開墾の作業も驚くべき速さで行えるであろう?!」
「残念ながら、独自魔法で作った魔道具なので私にしか使えません」
「なんじゃと?」
王女は放置して、丸太の皮を剥ぐ。以前に買ったチェーンソーに装着するアタッチメントが使える。
このアタッチメントはカンナのように木を削れるので、丸太の加工の仕上げにも使えるだろう。
皮を剥いだら、獣人達に手伝ってもらい、使わない丸太に斜めに乗せ、頭の部分を丸く加工する。
チェーンソーで荒く削り出してから、アタッチメントを使って、カンナを掛けるように滑らかに丸めていく。
俺は元々絵描きだからな。こういうのは得意だぜ。フルスクラッチでフィギュアも作った事もあるしな。
そして、脚へいくほど胴体は細くなり、最後は小さく二股に分かれている――いい感じに出来た。
次は手と腕だ。これは簡単――両端が細くなっているだけなのだ。
チェーンソーで大きく削ってから、アタッチメントを付けて、仕上げをしていく。
そして、胴体と腕に凹型の切れ込みを入れて、十字に組み合わせる。
これは獣人達のパワーでも持ち上げるのが大変だったので、コ○ツさんで吊り上げて合体させた。
最後に、ハンマードリルで穴を開けて、貫通ボルト4本で固定する。
材料に金属が混じっても、核としての使用に問題がない事を確認済みだからな。
「さぁ、メリッサ一発頼む!」
「こ、こんなの無理に決まっているでしょ?!」
「やりもしないで、無理っていうのはどうなのよ?」
「そんな事を言われても……」
彼女は腕組みで大きな胸を持ち上げて、核の大きさに戸惑っているようだ。実際に、こんな大きな物は見た事がないのだろう。
「それじゃ、私がやってみる!」
名乗りを上げたのは、アネモネだ。
「アネモネ、こんな大きなものを動かすなんて、大丈夫か?」
「あの岩を動かせれば、いいんでしょ?」
「そうだ、岩が動けば短時間でいい」
俺の言葉にアネモネが、核をイニシャライズする作業に入ると言う。
「ちょっと! 危険よ! 子供に無理をさせないで!」
「子供じゃないから!」
止めに入ったメリッサの言葉に、アネモネが反発して、ムキになってしまったようだ。
やると、言って聞かない。再度確認して、作業を続行する。
コ○ツさんで、核を引きずって土砂の所へセットする。
核の大きさが大きい程、より多くの魔力を必要とするようだが、至高の障壁という大魔法を使える彼女なら、魔力の量も十分にあるものと思われる。
だが、こんな実験に子供のアネモネを使っていいのだろうか?
後ろめたさが、巨大なゴーレムを動かすという好奇心にすっかりと負けてしまっている。
「いく!」
彼女の周りに青い光が集まってくると、胸の前に出した掌の間へ光球となって光りだす。
何らかのパワーが膨れ上がり、彼女の黒髪や青いスカートを巻き上げる。
『大いなる万物に連なる者よ、この石の礫に仮初の命を与え給え――』
核に次々と瓦礫がまとわりつき、徐々に大きな塊になってくる。
最初は胴体と頭。次に腕が伸びて、最後に脚が伸びて胴体が持ち上がる――。
本当に、高さ20mと思われる土砂で出来た巨人が立ち上がった。
「「「おおお~っ!」」」
「なんと巨大なゴーレムじゃ!」「あんなの、王都でも見た事がないぞ!?」「信じられん」
「あの子供が操っているのか?」
かなり離れた所で見物していた商人達が騒いでいる。
「アネ嬢すげぇぇ!」「アネモネ凄いにゃ!」
「なんじゃこりゃ?!」「ちょっとまっておくれよ? これって夢じゃないよね?」
獣人の女達も、巨大なゴーレムを見上げて叫んでいる。
「なんと!? このような巨大ゴーレムが本当に作れるとは! 信じられぬ!」
「ば、馬鹿げているわ。こんな事が本当に可能だなんて……」
王女の言葉は純粋な驚きだが、メリッサの呟きには――自分が無理だと断言した事に、アネモネがあっさり成功した事に対する、嫉妬のようなものが含まれているように感じる。
ゴーレムが地響きを立ててゆっくりと目標に近づき、巨岩の天辺に取り付いた。
ゴーレムの動きは凄いゆっくりに見えるのだが、人間の感覚で手足を振り回すと、終端が凄いスピードになってしまい、身体を構成する物質が飛び散ってしまう。
巨大な風力発電機の風車はゆっくりと回っているように見えても、ブレードの先端は音速に近いのだ。
それと同じ現象が起こってしまう。
多分、このゴーレムで腕を振り回して、ロケットパンチを繰り出すと速度は音速を超えるかもしれない。
だが、ゴーレムが巨岩を引き倒し、地面が揺れると同時にゴーレムがガラガラと崩れる。
そして俺の目の前で巨大なロボを操っていたアネモネも倒れてしまった。
「アネモネ!」
俺は慌てて、彼女の下へ駆け寄って、身体を抱え上げた。
見れば鼻血を出している。おそらく、巨大なゴーレムの操作を行なったフィードバックが彼女の小さな身体を襲ったのであろう。
俺の心は後悔の念で一杯になった。やはり、無理をさせるべきではなかったか……?
「アネモネ、大丈夫か?!」
「……大丈夫」
「鼻血が出ているじゃないか、本当に大丈夫なのか?!」
「ズズッ! 大丈夫」
鼻血をすすろうとした彼女を制し、アイテムBOXからウエットティッシュを取り出す。
鼻の周りを拭いてあげると、ティッシュが橙色に染まる。
「ごめんな! 子供にこんな事をさせるべきじゃなかったよ」
「……子供じゃないから!」
おっと、この言葉は使わない方がいいな。
「頭が痛いとかないか? 他に身体で痛いところは?」
「大丈夫だから!」
俺のしつこい問に、アネモネが声を荒らげる。
「御免よ。でも、今日はもうお休みにしような?」
「…………解った……」
俺とアネモネの所へ皆も駆け寄ってきた。
「アネ嬢、大丈夫か?」「大丈夫にゃ?」「アネモネ、大丈夫ですか?」
「大丈夫だから」
皆から一斉に「大丈夫?」と質問されて、アネモネが少々ムッとしている。
「いやはや――妾もかなり驚いたが、身体に負荷が掛かったのじゃろう」
「いきなり、あんな物を動かしたら、術者への跳ね返りがあって当然でしょう?」
魔法の専門家、メリッサの目には、俺達の行為がかなり危険な物に映ったようだ。
そりゃ、皆が素人だからな。それに、アネモネの下地と才能が凄いので、俺も彼女の才能に頼ってしまっていた。
自己流でも、なんとかなってしまっていたので、イケイケドンドンだったのだが、もっとステップを踏むべきだった。
「御免な、アネモネにこんな事をさせて……」
「ケンイチは悪くないの! 全部、私がやるって言ったんだから!!」
「しかし……」
「むう!」
「はははは……」
いきなり王女が腹を抱えて笑い出した。
「リリス様――」
「其方の姿を見ると、まるで我が父のようじゃぞ? 鬱陶しい事この上ないから、止めてやるがよい」
「……」
じっとアネモネの顔を見る。
「お姫様の言うとおり」
「解った――だけど、今日の作業は止めような」
「……解った」
アネモネをお姫様抱っこして、テントへ行くと寝袋の上に載せる。
「悪い、メリッサ。使えるならアネモネに回復を掛けてやってくれ。金なら払う」
「バカ言わないで。こんな子供に働かせて、金なんて取ったら、『優美なるメリッサ』の名前が泣くわ」
「子供じゃないから!」
皆から子供扱いされてむくれるアネモネに、メリッサの回復が掛かる。アネモネは身体が小さいからなぁ……やっぱり、皆がそう見てしまうようだ。
だが見たところ、アネモネの身体にそれほどダメージはないようだ。
テントの中にいる獣人達に、魔道具を指して頼む。
「今日の作業は中止だが――悪いが油の生成だけは、やっててくれ」
ついでに、追加の油もシャングリ・ラから購入した。
「解ってるよ旦那。この油はいくらあっても困らないんだろ?」「あの召喚獣は本当に大食らいだにゃ」
「よろしく頼むよ」
病中病後といえば――桃缶。やはりこれだろう。シャングリ・ラから桃缶を購入する。
「アネモネ、これを食べよう」
「いらない」
くっ! これはもしかして――アネモネが反抗期? これって反抗期なのか?
まぁ、自分自身でも経験があるが、こういう時は無理やり食べさせようとしても逆効果なんだよね……。
反抗期が訪れたって事は、自立し始めたって事。これだけの大魔法を使いこなし、苦難を乗り越え経験値を積めば、自分に自信がついても当然。
ガリガリでボロボロの、物言わぬ子供だったアネモネが……。
いつの間にかやって来たベルが、前脚を俺の肩に乗せた。
「にゃー」
「おおっ! お母さんもそう思うか」
俺がアネモネのお父さんだとすると、ベルはお母さんだ。
「よし! 今日はめでたい、俺は基本飲まない人だが、今日は飲もう!」
アイテムBOXから赤ワインとカップを取り出すと、少量注いだ。
ベルには、シャングリ・ラから猫用のジャーキーを買ってみた。
「さぁ、ベルも食ってくれ」
「にゃー」
俺は、桃缶を食べてワインで流し込む。
だが、その様子を後ろで見ていたニャメナ達が騒ぎ始めた。
「あ~旦那! 飲むなら俺にもくれよ」「ウチはその森猫が食べているのを食いたいにゃ」
「肉は干し肉だぞ?」
確認すると、干し肉でも食いたいというので、普通のジャーキーを買ってやった。
ニャメナにはワインを一緒にやる。
「にゃんだー! この干し肉は美味いにゃ!」
「干し肉なんて硬いだけだったり、塩辛いだけだったりするけど、これは美味いな! 酒の肴にピッタリだぜ!」
ニャメナとミャレーがジャーキー食っている場所へ、商隊にいる獣人の女達――3人組がやってきた。
「ちょっと、トラさんよ! 何食ってんだよ、美味そうじゃん」「あたい等にもおくれよ」「食べたい」
「ダメに決まっているだろ、これは旦那の女になったやつだけ食えるんだよ」「そうにゃ」
「それじゃ、あの王女様や魔導師様も、旦那の女なのかよ」
その台詞を聞いた俺は、桃を喉に詰まらせた。
「ぶっ! おいおい、とんでもない事を言うなよ。誤解を招くだろ」
「なんだよ、このトラ公! 違うじゃねぇか! 俺達にも食わせろ!」
「ははは、だが断る!」「にゃにゃ、断るにゃ」
喜ぶミャレーとニャメナの後ろで、獣人達が騒ぎ始めた。
「ふざけんなよ! てめぇ等ばっかり美味いもん食いやがって!」
しかし、ニャメナ達に言っても無駄だと解ったのか、獣人達は直接俺の所へやって来た。
「ねぇ旦那ぁ! 後生ですから、ちょいと分けておくれよぉ。あんな美味そうに食べられちゃ我慢できないよぉ」
「あたい達の事を好きにしてもいいからさぁ」
「私達、ちょっとボサボサですけど、旦那さんに撫でてもらえば、あの人達みたいにピカピカになりますから」
獣人達に抱きつかれて、毛皮の匂いをクンカクンカ――なるほど、匂いにも個性があるような気がするな。
鼻が高性能な獣人達なら、もっとはっきりと解るんだろうな。
だが、俺に擦り寄ってきた獣人達に、ミャレーとニャメナが毛を逆立てた。
「あ~っ! お前等、何やっているにゃ!」
「てめぇ等も懲りねぇな!」
「まぁまぁ、今日はめでたい日だから、お前等にも奢るよ」
商隊の獣人達にもワインとジャーキーを出してやった。
「ひょえー! こりゃ何て美味い干し肉だ!」「うめぇ!」「本当に美味しいね」
獣人達の様子を見ていたプリムラが、ジャーキーに興味を示したようだ。
「私にもください」
「はいよ」
そして、一口食べて驚いた。
「これは確かに美味しい干し肉ですね! 味がしっかりとついていて、噛めば噛むほど旨味が口の中に広がります」
「味を付けたタレで肉を煮てから、干しているんだよ」
だが、王女の事をすっかりと忘れていた。
「リリス様。干し肉と果物、どちらをご所望ですか?」
「妾は甘い方がいいのう……」
メリッサも桃缶が良いというので、深皿に盛ってやる。王女には1缶丸ごとだ。
「なんで、皆で美味しそうに食べてるの!」
皆で楽しそうにしているので、アネモネが不機嫌になっている。
「だって今日は、アネモネが自立して大人になった日だから」
「私は、ずっと大人だから!」
「よしよし、解った大人だな。それじゃ好きな男が出来たら、お父さんとベルお母さんに会わせてくれよな」
それを聞いた、ニャメナ達が立ち上がった。
「何?! アネ嬢に男が出来たって?! よっしゃ俺達にも会わせろ! アネ嬢に相応しい男かどうか、俺が確かめてやる」
「にゃー! ウチも確かめるにゃー!」
「あら、経済的にも女を十分に養えるか、私も試験をしなくては……」
「ははは! アネモネを娶る男は、大変そうじゃのう」
皆で笑っているとアネモネが大声を上げた。
「だれもそんな事を言ってないから! ケンイチがいるのに!」
「だって俺の事を嫌いになったようだから、だれか好きな男が出来たんだろう?」
「そんな事ないから!」
「じゃあ……桃缶食べる?」
「要らない!」
アネモネは再び横を向いてしまった。
「え~? もう、こんなに美味しいのになぁ……ぱくぱく」
彼女が俺の方をじっと見ている。
「…………ケンイチがチューしてくれたら、食べてもいい」
「本当か? じゃあ! おでこにチュー! ほっぺにチュー!」
アネモネを抱き寄せて、おでことほっぺにキスをした。
「口には!?」
「それは、もっと大きくなってから」
「もう!」
アネモネは桃缶が入っている深皿を取ると、勢いよく食べ始めた。
魔法を使うとカロリーを消費するので、腹が減るはずなのだ。
なんにせよ、身体にダメージがないようで良かった。
そのまま夕方になり――プリムラの作った食事を取る。
アネモネも普通に食べているので、問題はないようだ。
だが、アネモネは疲れたのか、暗くなると早々に寝てしまった。
テントで、2人用の寝袋の中、アネモネと一緒に寝ていたのだが、俺は眠くないので、タブレットを使ってお城の書庫でコピった本を読んでいた。
これは、シャングリ・ラじゃ買えない貴重な本だからな。
タブレットを見ていると、誰かがやって来た。
テントの入り口を見れば――白い寝間着を着た王女。
「王女殿下が夜這いに来てよろしいので?」
「妾のワガママに巻き込んでしまって、悪いと思っておる」
「俺達が、街道の反対側へ行く話でしょうか? まぁ――魔導師が全員、リリス様の下からいなくなるのが不安なのは解りますよ。やっぱり、騎士団を連れてくれば良かったですかねぇ……」
「人数が増えれば、その分また其方に負担を強いる事になるじゃろう?」
「その前に、騎士団の連中が、私に養われて良しとしませんか――はは」
「勿論、それもある」
王女が何か言いたそうなのだが、こんな所を人に見られたら、何を言われるか解ったもんじゃない。
彼女の手を引っ張り、家に向かおうとするのだが、抵抗するので――抱き寄せて抱え上げた。
家の前で寝ている商隊の獣人3人組の横を通り、玄関のドアを叩く。
「メイドさ~ん、すみません~」
「……!」
家の中でバタバタした後、ドアが開いた。
顔を出したのは、メイド長さんだ。髪がボサボサで、メガネもズレている。
もしかして、メイドさん達も寝ていたのかもしれない。
「王女が外をウロウロしていたので、お連れいたしました。何もいないとは思いますが、危険ですよ」
「姫様! ウトウトしてしまい、申し訳ございません! さぁ中へ!」
王女が家の中に入るのを確認すると、テントに戻る。寝袋の中に脚を突っ込み、隣で寝ているアネモネの頭を撫でていると、奥から声が聞こえる。
「旦那、夜這いに来た女をそのまま帰すなんて……」「そうだにゃ」
「起こしてしまったな、すまん」
獣人達は、ちょっとした物音にも反応して目を覚ます。
下手なセンサーより感度が良い。
「何を言ってるんだ――王族に手を出せるはずがないだろ。首が飛ぶぞ」
俺は再びタブレットを点灯すると、本を読み始めた。





