76話 面倒な冒険者ギルド
俺達は、王都一歩手前の街、イベリスへやって来ていた。
非常に大きな街で人口も多い。この街で1泊する事にしたのだが――どうせ泊まるなら皆で一緒に泊まりたい。
だが、獣人達と一緒に泊まれる宿屋というのは、余りないという。それを探すために冒険者ギルドへやって来てみたのだが……。
受付の赤いベストを着た女子職員に宿の事を聞いてみる事にした。
「少々聞きたい事があるんだが」
「ギルド証をどうぞ」
赤い髪を肩辺りまで伸ばした女が、事務的に答える。
「いや、この街のギルドには登録していないんだが、宿の場所だけ教えてほしい」
「ご利用するなら、登録をしてからにしてください」
嫌そうな顔をして、そんな事を言うのだが――何という、つっけんどんな職員なのか。多少美人でも、こりゃムカつく。
ダリアやアストランティアでも、登録しないとこんな感じなのだろうか?
その前に登録すると銀貨1枚(5万円)も取られるだろうが。要は、それを寄越せって事なんだろうけど。仕方なくギルド証を出す。
「登録料は銀貨1枚です」
やむを得ず、言われる通りに銀貨も払う。
「少々お待ち下さい」
職員が奥へ引っ込むのを見て、溜息をつく。
「登録しないと、どこのギルドもこんな感じなのか?」
「まぁ、こんな感じだけど、ここはちょっと酷いねぇ」
「そうだにゃ――でも相手が獣人だと、こういう対応される事多いけどにゃー」
それも、ちょっと酷い話だな。シャガを退治した時に、獣人の男達がギルドに鬱憤をぶつけるような事を言っていたのを思いだす。
獣人達と話していると、慌てて女子職員が戻ってきた。
「あの! ケンイチさんは、極悪野盗のシャガを討伐なさった方なんですか?」
ちょっと待て! 人の個人情報を――。
「そうだけど、人の情報を余り漏らさないでほしいな」
「申し訳ございません!」
「それで、国王陛下から呼ばれて王都に行く途中なんだが、この街で宿を探している」
「ええっ! 陛下から?!」
俺がアイテムBOXから、国王の蝋印が押された羊皮紙を取り出して、女子職員に提示する。
「あの! 少々お待ち下さい!」
その手紙を持って、女子職員が奥に引っ込んだ。おいおい、ちょっと……。
そして、しばらくすると戻ってきたのだが、奥の部屋へ来てほしいという。
「なんなんだ」
皆にロビーで待ってもらい奥の部屋に通される。
中は木造だが、結構良い造りになっているようだ。使っている木材も良い物だと思う。
応接間らしき部屋に通されると、赤い革が張られた木製のソファーに男が座っていた。
土色の上下に、腰にはベルトと短剣。金髪の短い頭をした俺と同じぐらいの歳の男。そして机には俺の手紙が置いてある。
「このギルドのマスターをしております、テイカと申します」
「ケンイチと申します、よろしく。何か問題でもありましたか? その手紙も、ユーパトリウム子爵様経由で頂いた本物ですよ」
「いいえ、この蝋印に疑いなど抱いておりません」
そりゃ、こんなの偽造したら首が飛ぶどころじゃ済まないし、疑えば国王への忠誠を疑われる事になる。
まぁ地方のギルドマスターにどのぐらいの忠誠心があるかは解らんが。
「それでは……俺は、なんでこんな部屋へ呼ばれたんです?」
「そちら様は、どのようなご用件で、このギルドへ?」
「この街へ泊まろうと宿屋を探そうとしたのですが、仲間に獣人がいるので、彼等と一緒に泊まれる宿屋はないものかと――それじゃ、ギルドで聞いてみるかという話に」
「そいつは難しいですね……木賃宿などの素泊まりならありますが」
俺は、席を立つと窓からギルドの裏庭を覗く――結構いいスペースがある。
「ちょっと、あそこの裏庭を使わせてもらえませんかね? あのぐらいの広さがあれば、家が出せる」
「家?」
俺が口に出した単語に訝しげな顔をする、ギルドマスター。
「アイテムBOXに小さい家が入っているんだ」
「ああ、アイテムBOX持ちだという噂も聞いてます」
もう、こんな所まで話が伝わっているのか、そりゃ居場所がバレたら王都から手紙が来てもおかしくはないよなぁ。
「まさに、噂千里を走るだな」
「そういう事でしたら、条件次第では、裏庭の使用を認めてもよろしいですよ」
「なんだ、その条件ってのは?」
「依頼を受けていただきたい」
「俺に、利点が全くないな。街を出て外で野宿する事にするか……」
「ギルドマスターの権限を使って、強制する事も出来るんですよ?」
「そんな事を言われてもな。シャガ討伐の時には、ダリアの腕利きの冒険者達も多数参加していたが、今は家族だけだし」
「ケンイチという魔導師は、強力な鉄の召喚獣を使用出来るとの報告を受けておりますが?」
「む……」
くそ、面倒だな。そこまで知られているのか。
ここで依頼を断って、後々ギルドの使用に制限が掛かったりすると面倒だ。有名になると、こういう面倒事も増えるのか。
「……とりあえず話を聞くが、俺は国王陛下からの呼び出しを受けているんだぞ?」
「それを押してお願いしたい」
ギルドマスターの話では、街から少々離れた所にある小さな森に遺跡があると言う。
その遺跡にゴブリンが住み着いているらしい。森から付近の村々を荒らしながら辿り着き、50匹程の子鬼が、そこを根城にしているようだ。
森から離れているこのイベリスの街には、対処出来る腕利きの冒険者がいないらしい。
ゴブリンというと、元世界では雑魚のイメージがあるが、小柄ながらパワーもスピードも普通の農民などを上回っており、中々厄介な存在のようだ。
つまりは、シャガの連中と同じぐらいの脅威度か。
「ダリアやアストランティアから、腕利きの冒険者を呼び寄せればいい」
「ゴブリン退治に、そんな予算は出せませんよ」
そうなれば、報奨金にプラスすることの往復の旅費まで捻出しなければならなくなるらしい。
多分、それだけで赤字――しかも依頼主は農民達だ、金など持っているはずがない。
シャガの時は被害が甚大過ぎて、報奨金の金額もかなり上がっていたが、ここはまだそこまでいっていないのだろう。
「ここの公爵様に泣きつくのは?」
「ゴブリン退治ごときに予算や兵力を出せないと、断られました」
ギルドマスターが首を振る。一応、やる事はやっているようだ。
「領民が困っているんだ、それを助けるのが領主の務めだろう?」
「それが、討伐をする程の被害が出ていないとの判断のようでして……」
村が全滅しているわけでもないし、被害は農作物と十数人って感じらしい。元世界なら、これでも大騒ぎになる事件だけどなぁ。
それにゴブリンなどを退治しても名誉にならないって事か。相手がドラゴンなら名誉になるのかもしれないが……丸焦げになって終了だと思う。
民が少ない領であれば、すぐに対処しないと拙いだろうが、これだけ大きな貴族領だ。代わりはいくらでもいる――そんな感じなのだろう。
「話は解った。だが俺の一存では決められん。仲間と相談してみる」
「よろしくお願い致します」
高圧な感じもしないし、マジで困っているだけだと思われる――しかしなぁ。
報酬は金貨10枚らしいが、10人で行ったら金貨1枚(20万円)だぞ。
相手は50匹の子鬼達――脅威度はシャガ戦と同等、命がけで20万円……これじゃ、やる奴がいないのもうなずける。
廊下を歩き、皆の下へ戻ってきたが、ホールが騒がしい。
「一体いつになったら、ゴブリン共を退治してくれるんだ!?」「女や子供もさらわれているんだぞ!?」
「ただいま、検討中でしてぇ……」
受付の女がカウンター越しに、粗末な服を着た沢山の男達に囲まれている。
つぎあてだらけで土で汚れた服――ベルトの代わりに荒縄を腰に巻いているのだが、恐らくは農民だろう。
大人だけではない、小さな子供までいるではないか。
「いつも検討中じゃないか! どうせ金にもならない農民の依頼なんて無視するつもりなんだろ!」
「そんな事はありませんが――あっ! あの方は凄腕の冒険者さんです!」
おいこら、まて! コッチに振るな!
「あんたが引き受けてくれるのか?!」「おおっ!」
「待て待て、まだ決めたわけじゃない。これから仲間で話し合いをしなくちゃな」
とりあえず農民達を押しのけて、皆の所へいく。
「旦那、こりゃいったいどうしたんだい?」
「なんにゃ?」
「どうしたの?」
「何のお話だったんですか?」
「にゃー」
待ちわびていたのか――ベルが黒い身体をスリスリと俺に擦りつけてくる。
「それがなぁ――ゴブリン退治をしてくれって言われたんだよ」
彼女達に、ギルドマスターからの依頼の内容を伝える。
「そりゃ、旦那とアネ嬢がいりゃ、ゴブリンの50匹ぐらいは平気だと思うけどなぁ……」
「そうだにゃ」
歴戦の彼女達が分析してもウチのパーティの戦力はかなりの物らしい。
まぁ、上手いことゴブリン共を一箇所に纏められれば、アネモネの爆裂魔法か、俺の圧力鍋爆弾で一発だが。
しかし戦いに侮りは禁物。なにせ、ガチで命がけの戦闘なのだ。
「依頼を断ってもいいけど、後々のギルドの使用に制限がついてしまう」
「そりゃ面倒だな――脅されたのかい?」
「まぁ、そんなところだが――どうする? あまり危険な事はしたくないので、このままバックレてもいいんだが……」
「ケンイチに任せるにゃ」
「う~ん……」
俺が悩んでいると、農民のリーダーらしき男が俺の所へやって来た。
「頼む! お願いだ! このままでは離農者が続出して村が崩壊する」
そうなれば、街の外にいたような貧民窟の人間がまた増えるのだろう。
「そうは言われてもなぁ――命がけの割には金は安いし……」
だが、俺の言葉を聞いて、子供達がトコトコと前に出てきた。
「これ……」「僕のお小遣い全部……」「……」
それぞれに、銅貨を差し出して潤んだ瞳で見つめてくる。
手に持っている硬貨の価値は、大体500円~1000円ぐらいなのだが、農民の子供にしてみれば大金だと思われる。
「ケンイチ、助けてあげないの?」
アネモネも俺を見上げてくる――クソ~っ! 止めてくれ、その攻撃は俺に効く。
威力絶大の子供達のお願い攻撃である。お前等、オッサンの弱点を突きやがって、これじゃ断れねぇじゃねぇか!
「解った、解った――引き受けよう」
「本当か?」「やった!」「これで村は救われる!」
「ちょっと待て! 気が早過ぎるぞ。人手不足なんだ、お前等にも手伝ってもらうぞ?」
「戦闘はやった事がないが、できる事があれば、なんでも言ってくれ! これ以上は犠牲者は出したくないからな」「そうだ! 俺もやるぜ!」「仇討ちだ!」
まぁ農民だからなぁ。でも教えればボウガンを撃つ事ぐらいは出来るだろう。
「よっしゃ! 決まりだな。それじゃ旦那、俺は助っ人を集めるためにギルドに来てる連中に声を掛けてみるよ」
「ニャメナ、頼む――ふう……すまんなプリムラ」
「いいのですよ。ケンイチがいつも言ってるじゃありませんか、『情けは人のためならず』――と」
一応、俺の家族は、依頼を受けるのには反対はしていないようだ。
「ミャレーは、『また、ケンイチのお人好しが始まったにゃ』って言わないんだな」
「思ってるけどにゃ。でも賢者のケンイチのやる事には、間違いはないと思うしにゃ」
まったく賢者はやめてくれ……受付のカウンターへ行く。
「おい、ここのギルドマスターにゴブリン退治の依頼を引き受けると伝えてくれ。それで裏庭を貸せって伝えろ。それからなぁ――」
「なんでしょう?」
「人の個人情報をペラペラと話すのは止めろ。次にやったら魔法で血液を沸騰させるぞ?」
受付の女に思いっきり顔を近づけて、脅しを入れる。ダリアとアストランティアの冒険者ギルドは何の問題もなかったが、ここはちょっと酷い。
「きゃん! も、申し訳御座いません!」
青い顔になった受付の女が慌てて奥へ消えていく。
すぐにギルドマスターの使用許可が出たので、20人の農民と子ども達を連れて裏庭へ向かった。
裏庭の隅にアイテムBOXから家を出す。
「おおっ! 魔法?」
「アイテムBOXだよ」
「これが、アイテムBOXか……」
どうやら、ここにいる農民達はアイテムBOXを見るのは初めてのようである。
「なんでもすると言ったんだが、手勢になってもらうぞ? 武器は俺が貸してやるから心配するな」
「は、はい……」「でも、戦いに参加した事などは……」
「まぁ、剣を持って戦えとは言わないから大丈夫だ」
それを聞いて農民達もほっとした表情を見せる。
「ここで皆で泊まって、明日そのゴブリンがいるという遺跡へ連れていってやる」
「え? いったいどうやって……」
「おれの召喚獣の背中に乗せてやるんだよ」
「し、召喚獣?」
「馬なしで動く車にゃ」
「馬なしで馬車が動くんですか?」
とりあえず、アイテムBOXから薪を出して火を焚く。料理にはコンロ等があるが、夜はそれなりに冷え込むからな。
まずは腹ごしらえの準備だ。
「プリムラ、アネモネ――沢山人がいるから、カレーがいいかな?」
「そうだね!」
「わかりました」
アイテムBOXから、大型の鍋とコンロ――そして野菜と肉を引っ張りだす。
子供達にも手伝わせて、野菜の皮を剥き次々と鍋へ入れる。そして、肉もたっぷりだ。戦いに向かうなら栄養を付けた方がいい。
それに、もう圧力鍋も必要ない。アネモネの魔法で加熱すれば、肉にも野菜にも簡単に火が通るのだ。
鍋ごと電子レンジに入れてチンをするようなものだな。
料理は彼女達に任せて、俺達は軍事訓練をする。
ニャメナが連れてきた助っ人は獣人が2人――背の高い三毛の女と、黒白の大柄な男。
男の方は白い手袋が可愛いのだが――ミャレーの話では結構年寄りらしい。獣人の歳は全然解らん。
首に、何かの牙らしき物を繋げた首輪をしている。多分、今まで仕留めた獲物の物だろう。
粗末な上着に、丈の長い半ズボンのような物を履いている。獣人の男は大体こんな格好をしているな。
女は、ベストのような上着に、ミニスカ――女は、こんな格好が多い。
ファッションや流行りなんて無い世界だ。とりあえず、手に入る物を着る、それで精一杯なのだろう。
助っ人代は1日金貨1枚(20万円)だ。結構いい稼ぎのように思えるが、命がけだからな。
結局、この2人しか手を挙げてくれなかった。なんだか獣人と少なからず縁があるのだが、決して俺の趣味ではない。
それに獣人達が寄ってくるのは、俺が森猫を連れているせいもあるのだろう。
「爺さん、大丈夫にゃ?」
「ここしばらくは戦いからは遠ざかっていたがな、まだまだやれるぜ?」
声は凄い低くて渋い声だ。この爺様獣人に声優をやらせてみたい。
「それにな――今度、孫が生まれるんだ。何か買ってやりてぇじゃねぇか。それに森猫様と一緒に戦えるなんて、孫に自慢が出来るぜ」
「それはめでたいな」
「そうだろう」
女の獣人は中年のようだな。やっぱり歳は解らない。
「よろしくね。ここらでちょっと稼ごうと思ってたところさ。森猫様と一緒に戦って、あたいも肖りたいねぇ」
爺様獣人と同じように、こちらも低くて渋い声なので、獣人は歳を取ると声が低くなるのかもしれないな。
助っ人獣人には、ポリカーボネート製のバックラーとカットラス刀を貸す。
「残念ながら、鎧の類はないんだよ」
アーマーも、獣人用となるとサイズが全然違うからな。売ってる事が少ないので、彼等は自作する事が多いようだ。
「いやぁ、こんな立派な武器を貸してもらえるだけで十分さ」
女は、カットラス刀を構えると、凄いスピードで振り回している。
「なるべく近接攻撃はさせないつもりだからな」
「それじゃ、どうやって……」
獣人の男が、疑問の声を上げるのだが、俺は黙って農民達を指さした。
「農民達には、飛び道具を使ってもらう」
俺はアイテムBOXからコンパウンド式のクロスボウと、以前刈った草の束を取り出した。
こいつを的にするために、建物の壁にコンパネを2枚重ねて立てかけ、その前に草の束を置く。
とりあえず農民達に手本を見せる。
「こうやって構え――この筒を覗いて引き金を引く。簡単だろ?」
俺が引き金を引くと、デカい音を立てて矢が発射され、草の束に深く突き刺さった。
「「「おおおっ!」」」
「やってみろ」
クロスボウはニャメナが一台使うから、手持ちが9台――後11台必要だな。
購入ボタンを押すと、シャングリ・ラからクロスボウが11台落ちてくる。アイテムBOXから出した分を入れると合計で20台だ。
それぞれに、クロスボウを持たせて射撃訓練をさせる。
10人ずつに二手に分かれて、射撃と装填を繰り返せば、それなりに連続した攻撃が可能になるだろう。
よく話に出てくる3段撃ちのようにするのは、訓練が必要だしな。それに、あれは創作だって話もあるみたいだし。
弦を引いて矢をセット、構えて引き金を引く――簡単だ。農民でもすぐに手順を覚えた。
皆は鍬を振り回して農作業をしているので、それなりにパワーはある。
スコープもついているので、そんなに外れる事はない。
「筒の中に十字が切ってあるだろう。そこへ向けて矢が飛んでいくから、狙い易いはずだ」
「こりゃ、すげぇ!」「こんなの公爵領の軍隊でも使ってねぇ!」
「どうだ? こいつを使って離れた所から攻撃するのなら、お前等でも出来るだろう」
「やれますよ!」「これなら、女房の仇が討てます!」「よっしゃ! やるぜ!」
1人当たり、20本ぐらい射撃をしただろうか。アイテムBOXから透明なポリカーボネートのタワーシールドも出して訓練をする。
2人1組になって、盾に隠れつつ、装填と射撃を繰り返す訓練だ。悪戦苦闘する皆の様子を香箱座りしたベルがじっと見つめている。
そんな俺達の様子をギルドの職員達が覗いていたのだが――その報告でも受けたのだろう。ギルドマスターが見学しにやって来た。
「弩弓ですか? 私にも見せてくれませんか?」
興味深そうに見ているギルドマスターにクロスボウを渡す。
「おおっ! これは……なんという見事な弩弓!」
ギルドマスターは鮮やかな手並みで矢を装填すると、放った矢を的に命中させた。
やはり、ギルドマスターともなると、それなりに手練のようだ。
「それに、素晴らしい威力と精度!」
「あいにく非売品だからな。いくら金を積まれても売れないぞ?」
「それは残念……それにしても、アイテムBOX持ちだとは聞いていましたが、これほどの物とは。王都から呼び出しが掛かるのも道理ですね」
「なるべく、バレないようにしていたのだが、色々と派手にやり過ぎたな」
そりゃ何もしないで、ひたすら森の中でじっとしていれば、バレなかっただろうが、そんなのツマラナイだろう?
せっかくの異世界とチートだ。楽しめるところは楽しまないと。だが、バレると同時に色々と面倒事が増えたのも事実だな。
まぁ物は考えようだ。王都まで行って、国王を味方に付ける事が出来れば、他の貴族共は一切手出しは出来なくなるだろう。
だが問答無用で徴発されたりするのなら、逃げるけどな。
とりあえず金は出来たので――そうなったら今度こそは、何もせずに森の中でひっそりと暮らすのも良いかもしれない。
なんだかんだで、アイテムBOXには2億円近くの商品が詰まっている。
後40年生きるとして、年間500万円――1ヶ月40万円以上金が使えるが、食料だけで毎月そんなに使う事もないだろう。
農民への簡単な軍事訓練が終わり、辺りが暗くなる頃には、いい匂いがしてカレーが出来上がっていた。
人数が多いので、皆で地べたに座って食事を取る。メニューはカレーとパンだ。
パンは量が多いので、アネモネが焼いたのでは間に合わない。シャングリ・ラから買ったパンを出している。
「いっぱい食べて下さいね」
「美味しいよ!」
プリムラとアネモネの声と共に、皆がカレーを食べ始めた。
「うめぇぇぇ! なんじゃこりゃ!」「美味い!」「香辛料料理か?」
叫ぶ農民の男達と一緒に子供達も、カレーを食べている。
「こりゃ! 美味すぎるだろ! こんな美味い物、孫にも食わせてやりてぇ!」
「あたいも、こんな美味いものは、生まれて初めてだよ!」
口の周りをカレーだらけにしている獣人達を横目に、黙ってカレーを食べている子供達に声を掛ける。
「美味いか?」
黙って頷く子供達は黙々と食べているのだが、食べるスピードが落ちないので美味いのだと思う。
酒を飲みたい者には、1杯ずつ酒も出してやる。一番安い焼酎だが。ボトルで出すと、獣人達が全部飲んでしまうからな。
「しかし、よろしいのですか? こんな高価な香辛料を使った料理なんて、食べさせていただいて……」
「それに、これは銀の匙じゃ……」
スプーンは、いつものようにステンレス製なのだが、説明してもわかるまい。
「そんなに色々と気にしながら飯は食うな。とりあえず食っとけ。明日は戦闘になるんだ、栄養を付けないとな」
「そうそう、せっかくこの旦那が奢ってくれるんだ、景気付けって事で、ありがたくゴチになりなよ」
助っ人の獣人の女が、盃を掲げている。
飯は食わしてやるが、討伐で得た物は全て俺の物という話になっている。
カレーに舌鼓を打っている皆と一緒に、訓練を見学していたギルドマスターも料理を食べている。
「この料理といい、素晴らしい弩弓といい――貴方はいったい……?」
ギルドマスターが、カレーの皿を持ったまま神妙な顔をしている。
「普段は、アイテムBOXを使った商売人なんだよ。どうだ? 貴族様から、お墨付きを頂いた香辛料料理は?」
「全くもって、実に素晴らしい」
建物の陰から、あの受付の女が、料理を食いたそうにチラチラこちらを見ているのだが――。
そいつのところへ――小さな器に盛ったカレーとパンを一個だけ子供達に持っていかせた。
全く俺も、大概お人好しだよな。





